おもしろ神話

十弥彦

第一話 ヴィラコチャ様と世界の始まり

 洋の東西問わず、人が集まる所にはさまざまな物語や神話が語られるもの。

 それは、はるか昔氷河の終わりに旧大陸との交流が絶えた南米でも例外ではありませんでした。

 場所は南米、時はインカの御世。アンデスの山々から海へとかけて栄えた人たちが伝えた神々や精霊の物語の中に、一柱のとても偉い神様の物語がありました。

 名前はヴィラコチャ。どの位偉いかと言うと、世界を創ったとされている程。

 それでは、ヴィラコチャが如何にしてこの世を創ったか耳を傾けてみましょう。


 昔々、人間が生まれる前のこの世はチチカカ湖のほかは何もない真っ暗な空間でした。大地が出来上がる前にどうやって湖が存在したのか謎ではありますが、まぁおそらくは世界一面が水に覆われていたのでしょう。神話のお約束です。気にしてはいけません。

ある時チチカカ湖の水が騒ぎ出すと、湖の中から一人の神様が出てきました。誰隠そう、その神様こそがみんなご存知の創造神ヴィラコチャ様です。


 水中から現れたヴィラコチャ様はまず光り輝く円い物を幾つも作り出すと、空に放り投げてそれぞれ決まった路を歩くようにしました。円い物は、太陽と月と星と呼ばれるようになりました。昼と夜の始まりです。


 次に彼は大地を造りました。大地がないのに、今まで何を足場にしていたんでしょうかね。大方水面に立ってたのか宙に浮いてたのかしたのでしょう。どちらであれ驚くほどのことではありません。何しろ相手はヴィラコチャ様ですから。

 とにかく大地が出来上がると、

「せっかく大地を造っても、何もいないんじゃ寂しいよね。この上に住むものを造んなきゃねー」

 とひとつの石を取り上げました。


 しかし急に生き物を造ると言ってもどんなものが良いか、なかなか思いつかないもの。

ヴィラコチャ様、石を持ったまましばらく悩みます。が、

「そっか、おれと同じ姿にすればいいんだ」

 そう思いつくと鼻歌交じりに最初の人間を造り出しました。道具? そんなものいりません。なんたってヴィラコチャ様ですから。ともあれ、こうして作られた最初の人間こそインカ族の祖アルカ・ヴィサです。


 こうして最初の人間を造り出したヴィラコチャ様は、次々と人間を造り出していきます、石で。

やがて大量の人間を造り上げると、

「みんな、黙っておれに着いてこーい」

 と人間どもを引き連れて移動を始めました。ゲルマン人ならぬインカ族の大移動です。


 最初の人間集団をぞろぞろと引き連れてクスコと言う地まで来ると、

「さぁ着いた。今日からみんなでここに住むんだ」

 と人間たちに言いました。そして、

「良いかい、今日からお前がリーダーだから、みんなが仲良く暮らせるように気を配るんだぞ」

 とアルカ・ヴィサに言い聞かせました。


 こうしてクスコ<臍(へそ)>という意味の地名のとおり人間たちを世界の中心地まで導くと、みんなにさまざまな知恵を伝えて一仕事を終えたヴィラコチャ様は水をかきわけながら再びチチカカ湖に沈んでいったのでした。

めでたしめでたし。


おまけ:

クスコという言葉は、ケチュア語で臍と言う意味であるとともに、「世界の中心」という意味も持ちます。

他の地域の神話同様、インカの人達も世界に人間は自分達だけで自分達が住む場所こそ世界の中心と考えていたようです。

交流はなくとも、人間は似たようなことを考えるのかもしれませんね。

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