第44話 フルーツポンチ
ゴシャ!
エレナに握られた俺の右手。殻を割った時のような音に乗じて、電流の如く激痛が襲ってくる。
「……っっ」痛みは限界値。俺は大声も出せなかった。さらに呼吸の仕方も忘れて、俺は息を吸うことしかできない。
「変な音したけど──」エレナは繋いだ掌を開け、俺の右手を見る。
そこには原型のない、白い骨と赤い液体のフルーツポンチ(俺の右手だったもの)が出来上がっていた。
「……え? なにこれ?」エレナは困惑した声を用いる。
そんなエレナをよそに、都合の悪い展開はまたもや降りかかる。俺の頭頂部、何か熱い物体を押しつけられた。
「ふーうっ。……灰皿ねぇからお前でいいや。」男の声とタバコの煙。
俺はわけのわからぬまま、右手の痛みと頭の熱さに挟まれる。熱いとか、苦しいとか、そんな感想なんて出てこない。ただ理解したかった。
「クソ野郎! アストから離れなさいよ!」エレナの怒鳴りは俺の背後に届く。
また、エレナがそのまま攻撃をしたのだろう。背後から人の気配が消え去った。
ドオンッ!!
豪快な音は、エレナに殴られた哀れな男のものだ。多少のイラつきを持ってても、やはり相手を気の毒に思ってしまう。パンチを喰らったあの二人は一番の被害者だ。
ゴシャ!
「グウッ……」俺は再度骨が折れる痛みに襲われる。
前言撤回、一番の被害者は俺だ。おそらくエレナの攻撃力に、俺の体がついていってない。この貧弱な体ではエレナが人を殴ってもダメージを受けてしまう。
「エレナっ、もう、殴らないで……」俺は声を振り絞ってエレナに懇願する。
ぐちゃぐちゃのフルーツポンチを両手にぼやけた視界。俺はその中でエレナと目を合わせた。
「また?? 何でそんな事になるのよ!?」エレナの思考は一歩遅れている。
「エレナのっ、パンチがっ、強すぎて……俺に、、帰ってきてる」
俺も一歩遅れた解説を挟み、本題に入る。エレナにはおそらく制約についての知識がない。このまま攻撃されれば、俺の両手が吹っ飛んでしまう。
「実は、蘇生の誓約があって──」
「あっ、制約のこと忘れてた! アスト、本当ごめん!」
「なんでっ、知ってるの……」俺はエレナの不自然な言い回しに疑問を呈した。
しかし事態は質問どころじゃなくなる。語気の強い怒鳴りが少し離れたところから俺に届く。
「畜生が! また変な役回りじゃねぇかよ! クッソ、クッソ、クッソ!」
エレナの右手で殴られたチビ小僧。傷一つついていないのに、地面をガシガシと荒らしている。その姿はまるで狂犬。人間にしては気性が荒すぎる。
「……なんだこの茶番は」今度は左手側。
背の高いスーツの男も無傷で立っている。エレナのパンチを受けたにしては余裕の表情。余裕がないのは俺の両手だけ……。
「……あれ? 治ってる????」頭はグルグルと、本当にワケが分からず。
痛みが引いたと思ったら、なぜか全回復している俺のフルーツポンチ。試しにグッ、パッとしてみる。不思議なことに痛みを伴わない。
「アストくんっ! どうですか!? 私、ヒールの練習とかいろいろやってて……」そう言えばと、思考の中心に現れる少女。
マリオン先輩の存在は、ヒールをしてもらってから思い出した。それにしても急成長、彼女の努力が突然発揮され、俺の涙腺が揺れる。
「すごいです、すごいですよ先輩! ううっ、涙が出てきました……」
マリオン先輩は俺の前に立っていた。であるからして、俺の嬉し涙や笑顔を直接摂取できる。
「そんなことぉ、言われたらぁ。私も……嬉しいです」
だが感動の共有は長く続かない。ここはガードの堅い不良と攻撃全振りのエレナ、ちょびっとヒールのマリオン先輩と……ザコな俺。
極限までカオスを目指した末の状況。まさにフルーツポンチ。
「ああもう! 私以外の女の子と喋らないで!」
エレナは俺とマリオン先輩を引き離す。さて、これは女の戦い?
「にいちゃん! 俺めっちゃムカついたんだけど!? あの女だけ殺していいよな!?」
「黙れ、タバコが不味くなる」男はタバコを一本取り出し、一瞬で落とす。
いつの間にか不良達が合流している。それに二人が並ぶと、年齢差が顕著になった。青年と中年、兄弟なのか?
アイツらを敵対視するべきか、同情するべきか。
「アストを傷つけやがって……」エレナは親の仇の如く彼らを睨んでいる。
「私も腹が立ちます! アストくんを傷つける奴は──」
『……絶対に許さない』マリオン先輩の一言で背筋が凍る。
早い、早い。事態は山の天気みたいにクルクル変わってゆく。ここは、俺が状況整理しようにも、それを上回るスピードで情報が流れ込んでくる戦場だ。
ドーン!!
「アスト! 助けに来たぞ!」空から美女が降ってきた。……綺麗な着地。
ちなみに初対面。彼女はスーツを着こなし、高身長にスラっとした手足。しかし背中から翼が覗いている。
俺は彼女の真っ赤な翼に不快感を覚えた。
「おい! あまてっ……アマ! 今のタイミングじゃねぇだろ! 俺が合図したら来いって言ったじゃねぇか!」
「ドンパチやり合うなら私を呼ばぬか! 死人が出たらどうする!?」
俺達と不良の間に着地したスーツ姿の美女はおそらく敵。ガキと美女の発言から俺は察する。
「アストくん、後ろに下がってて。私達がなんとかする」
「そうよ、絶対に離れないでね。もし死にかけたら、私が殺すから」
二人は背中で語る。俺の前に立つその姿……惚れてまうやろ。
「アスト! 私と番いになってくれー!」美女が俺達の方に突進してきた。
「なんで??????」俺の思考はシェイクされる。まるでフルーツポンチ
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