ドラゴンに転生したら魔王から仲間になれってオファーがきたけど、俺は人間世界で普通に生きていたいんです。
渡邊裕多郎
序章
その1
序章
「あ、目が覚めた?」
という澄んだ声が聞こえたのは、一分前だったのか、一時間前だったのか。時間の流れがわからない。言葉の内容から判断するに、たぶん十秒くらい前だったんだと思うが。
気がつくと、ギリシャ女神みたいな服を着た、金色の髪で青い瞳の、ハリウッド映画にでてきそうなすごい美人がこっちを見ていた。俺はいままで目をつぶっていたらしい。
というか、ここはどこだ?
「えーと」
訳がわからないまま、俺は周囲を見まわした。青空が見えて、床は真っ白い――大理石かこれ? なんでこんなところにいるんだ俺は? しかもちゃんと立っている。気絶してたおれていたって訳でもなさそうだった。
「あのう」
どうしていいのかわからないまま、俺は目の前の美女に声をかけた。その美女の表情がおかしいことに気づいたのはこのときである。苦笑いというのか、なんだか困ったような、それでいて楽しんでいるような感じだった。
「まさか、あなたもこっちにくるとはね」
俺を見ながら美女がひとり言のようにつぶやいた。さっきの声と同じである。とりあえず日本語は通じるらしい。それはいいけど、初対面のはずだ。こんな美人とリアルで会った記憶なんかない。
ただ、美女は俺に親しみを持っているような表情をしていた。どうしたらいいのかわからない俺の前まで、スーッと美女が近づいてくる。
「この顔じゃ、わからないか」
美女が笑いながら自分の顔を指差した。
「ほら、私よ」
言うと同時に美女の顔が変わった。というか、白い霧が顔を覆ったと言ったほうが正確だろうか。その霧に覆われた美女の顔の上に、べつの顔が浮びあがる。黄色い肌に黒い髪の、俺と同じアジア人である。あれ、どこかで見たような、と思って首をひねりかけ、俺は仰天した。
「まさか、小百合姉ちゃん!?」
俺の前に立っている女性は、去年、交通事故で死んだ、俺の親戚の小百合姉ちゃんだったのである!
小百合姉ちゃん――の顔が、すぐに霧散した。さっきの白人美女の顔がふたたび俺に笑いかける。
「懐かしいわね。一年ぶりくらいかしら」
「うん、その通りだ。つか、生きてたのか? なんなんだよその顔?」
きちんと葬式もあげたはずなのに。あれは夢だったのか? いや、いま見ている、この光景が夢なんだろうか。質問する俺を見ながら、小百合姉ちゃん――だった美人が苦笑する。
「死んだわよ。いろいろあって生き返ったんだけどね。それから、いまはこっちの顔が本当の顔だから。さっきのは、前世の顔を再現させただけよ」
「は?」
「あと、いまは小百合じゃなくてサリーって名前だから。サリーって呼びなさい」
「はあ」
何がなんだかまるで理解できなかったが、とりあえず俺はうなずいた。昔の小百合姉ちゃんは、小さいころは俺と一緒に遊んで、アニメや漫画のイベントにも行って、高校にあがってからは、理由は聞いてないけど、なんでか急に退学して、ひきこもりになって、それから夜に外へでて、そしてトラックにひかれて死んだはずなんだが。
「あのな。生き返ったんなら、なんで逢いにきてくれなかったんだよ? 伯父さんと伯母さん、葬式で泣いてたぞ」
死んだ人間が生き返るわけがないと思いながらも、俺は小百合姉ちゃんに訊いてみた。夢だと思うには、この状況はリアリティがありすぎたのである。
小百合姉ちゃんが困った顔をした。
「実は、いろいろ制限があってね。私、そっちの世界には行けないのよ。女神も全知全能ってわけじゃなくて。でも、そうか。お父さんたち、泣いてたか」
と言ってから、どうしたらいいのかわからずに突っ立っている俺に気づいたらしい。
「あ、そうそう。私、いま女神やってるから」
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