ヘルカート通りの魔犬 2


 風の吹かないバルディウムは真円状の城壁に囲まれた街だ。 

 ざっくり言えば城壁内部は二重の円心になっており、外円部は概ね農場や牧場、或いは工場などがぐるりと置かれている。街の外、北には大きな湖がありそこから流れる川が街を南北に縦断している形だ。

 中心部には行政機関や郵便局、銀行、警察署のような街の機能を担う建物や大手の商店、或いは劇場や博物館や図書館がある。

 北は貴族を始めとした金持ち向けの高級住宅街。

 東西は中間層の住宅街、南は貧困層と言う風にざっくり別けることができる。

 あくまで大雑把に別けた話であり、多くの店や多くの人、金持ちも貧乏人も、買う人間も売る人間も混在している。

 ノーマンの下宿だって街の中心部に近い西側だ。

 基本的に最低限のことは城壁の中で完結されている街なのだ。

 勿論、それだけで全ての物資を賄えるわけでもなく、鉄道が街の外に伸びている。

 街の中も線路が張り巡らされていて、大半の人間は移動に鉄道を使っていた。

 ノーマンも概ね徒歩か鉄道なのだが、


「うぅむ、やはりいいねこれ」


「はい! とても素晴らしい時間でした!」


 今日は件のヘルカート通りまでバイクで来ていた。

 背にエルティールを乗せて、つまりは彼女がノーマンの背中にしがみ付いているというは極めて魅力的な時間だったが、それを置いといても便利だなと思う。

 フェルトハットが飛びそうになるのは少し困るけど。

 一般層ではまだ普及していない交通手段だが、今日は偶々マスターが貸してくれたのだ。

 普通、下宿しているほとんど無職の相手に貸す代物ではないがここはマスターの懐の広さというものだろう。

 排気ガスの匂いとエンジンは喧しいがそれを差し引いても便利だなと思う。


「匂い大丈夫だった?」


「えぇ、ノーマン様の首筋に顔をうずめていましたから」


「そっかぁ」


 それはそれで大丈夫なのかと思ったが、大丈夫と言っていたので良いだろう。


「はい」


「ありがとうございます」


 自然な動きでノーマンはエルティールの手を掴む。

 エルティールは空いた手で白杖を。

 本来問題はないが、一応彼女は盲目ということにしているので外に出る時はいつもノーマンがエスコートしていた。

 まだ朝のヘルカート通りには誰もいないので必要ないとも言えるが、それでもエルティールは手を繋いでノーマンに導かれることを喜んでいるようだった。


「むふー」


 ご満悦のように息を吐く彼女の手を引くのはペットの散歩のようだった。

 尤も。


「ここだね、事件現場」


 散歩の道は通り魔が好き勝手している場所なのだけれど。

 十字路だ。

 二階建ての建物と等間隔に並んだ街灯以外に特筆するべき物はない。

 どこにでもあるような、通り過ぎても記憶に残らないだろう道。

 人の気配がないのはここ数日は警察が封鎖しているから。

 ノーマンは空いている手でコートの内側からファイルを取り出し、エルティールも自然に手を放す。

 ファイルから抜き出したのは一枚の写真。

 五件目のバラバラ死体だ。


「十字路のちょっと北か。流石に血痕とかは警察が洗浄しちゃってるね」


「バラバラ死体ということでしたけど、凶器は推定できたのでしょうか?」



 もう見えなくなった死体があったであろう石畳を軽く触れながら、事件の詳細を思い出す。


「1人目から4人目小型から大型の刃物だろうってことだけど、5人目に関しては意味が分からないらしいね。バラバラっていうと何を想像する?」


「はぁ……えぇと、鋸、とかでしょうか?」


「うん。僕もそう思う。ただ、この場合は違うみたいだね」


 写真を見る。

 食い散らかされたような―――バラバラの死体。


「凄い力で無理やり体をもいだっていうか引きちぎったっていうか。とにかく刃物ではできないし、勿論人間の腕力でもできない」


「≪アンロウ≫」


「そうだね」


 できないことができる。

 だから≪アンロウ≫。

 だからノーマンたちに仕事が回ってきた。

 

「やはり『変貌者メタシフト』か『逸脱者ディヴィエイター』でしょうか」


「かもね。このバラバラの成り方だと『歪曲者ディフォーム』は違うかもしれないし、他人の脳のリミッターを外す『潜伏者インサイター』みたいなのと実行犯が別にいたりしてもおかしくない。解んないけど。連続通り魔ってのは『逸脱者ディヴィエイター』か『歪曲者ディフォーム』ぽいけど……はっきりしてることは1つ」


「おぉ。それは?」


「犯人は成り立てで通り魔を始めて4件目の後から異能が安定したんだろうね」


 1人目から4人目は人間にもできることだったが、5人目でいきなり箍が外れた。

 1人目は偶然だったのかもしれないが、それ以降は段階を踏み、できることの規模が大きくなっていくあたり4人目の後以降に異能が安定したのか、安定させたのだろう。

 ≪アンロウ≫の異能はよく分らない、説明がつかないものだ。

 訓練すれば応用が効くし、使い方の幅も生まれるようになる。

 ただし、そのためには異能自体の基本骨子を確定させ、安定させる必要がある。


 例えば―――名前。


 どういう理屈でそうなっているかは分からないけれど、とにかくそうなるもの。

 だから一先ず名前を付けて、そう扱えば異能は安定する―――らしい。

 ≪アンロウ≫の研究者はそう言っていたし、ノーマン自身の経験則でもそう。

 よく分らないから。

 せめて名前を付ける。

 よく分らないものは怖いけど。

 分かるものなら怖くはない。

 それはノーマンも同じだし、犯人だって同じのはず。


「事件は3週間かけて5回。1回目から3回目までは1週間づつ空いてるけど、それ以降は4日おきで合わせて3週間。解りやすく間隔が短くなってるからそういうことだろうね」


「異能に慣れて来た、と」


「或いは楽しみ方を覚えた、とか。我慢ができなかった、でもいい」


「……なるほど」


 エルティールが少し困ったように首を傾ける。

 覚えがあるのかないのか。

 そこに関してノーマンは触れるつもりもなかった。

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