【電撃銀賞:公募原稿版】バケモノのきみに告ぐ、【1~4発売中】
柳之助@電撃大賞銀賞受賞
プロローグ
城壁とは本来、外側から内側を守るためにあるものだ。
視線の遠くに見える大きく長い壁を見ながらノーマン・ヘイミッシュはそんなことを思った。
城塞都市バルディウムはその名の通りに外周全てを大きな壁に覆われた街だ。
端から端まで歩けば、急いでも半日以上は余裕でかかる。
後ろを振り向けば建物の向こう、街の中心部に一際背の高い塔があるが、城壁はそれよりも高い。
それだけ大きな城壁を作り出すのにどれだけの時間と労力がかかったのかは想像しきれないものがあった。
バルディウムに来て1年半、ノーマンは街の歴史なんて調べていないので知らない。
興味もなかった。
ただ、この街には風がほとんど吹かない。
それは街を囲む城壁のせいなのかなと、フェルトハットを抑えながらぼんやり思う。
風なんてどこからか吹いて、どこにでも吹きそうなものだけれど。
ちょっとした空気の流れはともかく、風と呼べるようなものを感じたことはほとんどなかった。
まるで、この街が世界から取り残されたみたいだ。
大通りから外れた路地の人気はない。
石畳とほぼ隣接しているアパートかなにかの建物に囲まれた道をノーマンは進む。
肌寒く着古したコートの首元を寄せて、寒さを和らげる。
「―――ん」
やはり履き古したブーツに何かを踏みつけた。
それはしばらく前の新聞だった。
最近は雨が降っていなかったから、誰が捨てたものがそのまま残っていたのだろう。
どうやら一面らしく、最近バルディウムをにぎわせた事件が派手に記載されている。
『ウォールウッド家密室殺人事件の真相に迫る!』
『ヘルカートの通り魔の正体とは!?』
『怪盗ティスルの大胆不敵な手口!」
『エメラルド特急脱線事故! 最新列車の事故の原因は!』
「…………はぁ」
ため息が一つ。
陰鬱な気分をそのままに、新聞記事を蹴り飛ばした。
こんな記事を見て気分が良くなる方が、どうかしているけれど。
●
「来ましたか、愚かなる弟よ」
「来たよ、優秀なお姉様」
陰鬱な道のりのゴールは陰鬱な言葉で出迎える姉へとため息交じりに返答した。
一目で華やかな印象を受ける姉だった。
ウェーブが掛かった綺麗な灰色の髪。整った顔立ち、自信に満ちた表情。スクエア型の高級眼鏡。室内だが白いスーツの上に同じ色のコートまでしっかり着込み、胸元は豊かに膨らんでいる。
眼鏡の奥には鋭く透き通ったブルーの瞳。
どんなところにいても目立ち、人の注目を集めるような、自然と集団の中心に立つような、そんな女。
スフィア・ヘイミッシュ。
ノーマンの四つ上の義理の姉。
髪色も顔立ちも似ているのにノーマンには華やかさの欠片もないのは表情や身なりのせいだろうか。
別に不潔ではないが、かといって特別綺麗だったり整っていたりもしていない、言うなれば普通だ。
よく言えば柔和な、言葉を選ばなければぼんやりとした表情のせいもあるかもしれなかった。
開口一番愚かと言われたが、しかしそれを否定する気にはなれなかった。
代々医者の名家であるヘイミッシュ家の長男だが、親の反対を押し切って軍に入ったのが五年前。
西部戦線で死にかけたのが二年前。
やっと怪我を直したが軍からは除名され、家にも帰れず、行き場のないノーマンを拾ったのは他ならぬスフィアだった。
ついでに言うと仕事も、下宿先さえも斡旋してくれたのだ。
感謝しかないし、愚かと言われても仕方のない経歴なので何も言えなかった。
「私は常に優秀です」
自信過剰のようなセリフだが、しかしスフィアにはそんな驕りのようなものはなかった。
事実だから、そう言っているだけ。
だからノーマンはスフィアに愚かと言われても別に気にならなかった。
それはただの事実だから。
美人の義理の姉に馬鹿にされるのが楽しいわけではない。
基本的に。
姉に促され、彼女の執務机の前にぽつんと置かれた椅子に座る。
窓のない部屋。
扉は一つだけ、その正面に執務机。
凡そ来客に適しているようには見えなかったが、これが姉の仕事部屋だ。
来客を迎えるには適していない。
適しているのは―――椅子に座った相手の話を聞き出すくらいだろう。
「さて、愚弟」
呼びかけながら、姉は机の上で何枚かの書類を並べた。
四人の女の顔写真と報告書のようなものだった。
「
フードを被った白髪の少女。
正面から取られているが視線はそっぽを向いている。
つまらなさそうな表情はまるで世界の全てを見放したような、そんな視線。
「
長い金髪と背の高い女。
首を傾けて控えめに微笑む彼女は、両目を白い布で覆っている。
こんな自分が写真を世界に残すのは申し訳ない、そんな仕草。
「
褐色の肌に黒い髪の女。
左右非対称な髪は自分で適当に切ったらしいのだが、しかし顔の良さと不敵な笑みのせいでそういうスタイルと錯覚させてしまう。
世界の全ては自分を中心に回っている、そんな雰囲気。
「
色素の薄い桃色の髪をサイドテールにした少女。
いたずらっぽいウィンクと手の甲を向けたピースサインを顎に添えている。
世の中にどんなことがあっても彼女は笑っていそうな、そんな笑顔。
「―――≪アンロウ≫たちだ。こいつらの説明は……必要ないでしょう。貴方が一番よく知っているのですから」
「ああ、残念なことに」
「全く」
ため息交じりにノーマンは返し、スフィアは笑みと共に頷いた。
別に、面白いわけでも楽しいわけでもないのだろうけれど。
「この一月、貴方はこの女たちと行動を共にした。そしてバルディウムを騒がす事件に遭遇し、解決をしたわけですねワ・ト・ソ・ン・君・」
「…………本を書く気はないよ、姉さん」
「書かれても困ります。貴方が書くべきは報告書ですから」
とんとん、と机の上の書類を叩く。
そして、彼女の笑みが濃くなった。
面白いわけでも楽しいわけでもない。
じゃあ、なんなのかと言われるとノーマンには解らなかった。
「ついでに言えば貴方の相棒は名探偵ではなく―――バケモノです」
城壁とは本来、外側から内側を守るためにあるものだ。
バルディウムの以外ならそうだろう。
けれどこの街は違う。
内側のものを、外に出さないための檻に他ならない。
「私たちの生きる世界に魔法はありません。奇跡も、幻想も」
謳うように姉は言う。
そりゃそうだと思いながら、ノーマンは聞いていた。
魔法なんてない。奇跡は起こらない。幻想なんて見えない。
或いは物語のような勇者も、英雄も、魔王もいない。
「ですが、バケモノはいる。困ったことに」
あるのは現実と条理とただの人間と―――――≪アンロウ≫呼ばれる『何か』だけ。
『潜伏者インサイター』。
『変貌者メタシフト』。
『逸脱者ディヴィエイター』。
『歪曲者ディフォーム』。
そう四つに分類される『何か』。
それを纏めて≪アンロウ≫と呼んでいる者がいる。
即ちスフィアであり、ノーマンであり、この街の一部の人間だ。
ヘイミッシュ家は医者の家系だが、しかしスフィアもノーマンも医者ではない。
≪アンロウ≫に対する組織の一員で、スフィアはそれなりの立場にあり、ノーマンは言うなればちょっと特別な下っ端だ。
「姉さん」
「なにかしら」
「あんまりバケモノとか、分類で呼ぶなよ。4人ともちゃんと名前あるんだから」
「うふふ」
不満気なノーマンに、今度こそ面白くてスフィアは笑った。
美しい唇が弧を描く。
「私の分まで、貴方が呼んでやればいいでしょう。4人とも、それだけで尻尾を振るくらい喜ぶのですから」
「…………」
言い返す気にはなれなかった。
よくよく考えても口喧嘩で姉に勝てたことなんて一度もないのだから。
「さて」
机の上でスフィアが指を組む。
「名前が大事ならそれぞれの名前で呼んで、この一月の話を聞かせてください。四つの事件。四人の犯人。四体の化け物を。貴方という一人の語り部が」
「…………解ったよ」
姉の言う四つの事件、四つの犯人、四つの化け物を。
「ミステリーなのか、サスペンスなのか、或いはアクションか。楽しみですね」
「言っておくけれど……どれでもないよ」
そう、全て違う。
ミステリーでも、サスペンスでも、アクションでもない。
じゃあなにかと聞かれると、ノーマンは答えたくないのだが。
ただ最後だけはノーマンは訂正する。
彼は必ず四人をそう呼ぶのだ。
彼女たちこそがニンゲンだと。
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