第4話『童貞相手に、露骨な挑発行為はお止めくださいません!?』




  



  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■



 ACT-4『童貞相手に、露骨な挑発行為はお止めくださいません!?』




「ご馳走様でした」


「ふぅ、食った食った」


「コンビニのご飯って、初めて食べたわ。

 これはこれで結構美味しいものなのね」


「お気に召して良かった。

 ホントに、コンビニとか使ったことないの?」


「うん、知識では知ってるけどね。

 ボク達、出荷されるまでは専用の施設から外に出して貰えないし」


「そうなんだ……なんだか、結構辛い生活してたんだなあ」


「あ、そ、そういうわけじゃなくて……」


 卓也が買ってきたものを食べながら、二人はなんだかんだで打ち解け始めていた。

 エロ挑発行為すらなければ、澪は普通に楽しい会話が出来る相手だし、女装者だからといって特段嫌悪感を抱かせるような要素もない。

 それどころか、オポンチンを直接見た上で尚、そういう女性も居るのか……と錯覚させるほどに、澪からは男っぽさがまるで感じられないのだ。


 声も仕草も、細かな表情の動かし方なども、正に女性そのものでしかない。

 良く手入れされていることが判る長く美しい黒髪も、漆黒のメイド服も似合い過ぎていて、完璧な佇まいとしか言いようがない。



「ねえ、ご主人様?」


「え、俺?」


「そうよ、あなた以外の誰がいるのよ」


「う~ん、なんかその、くすぐったくなるんだよなあ。

 その呼び方、変えない?」


「お気に召さないの?

 じゃあ……旦那様?」


「なんだか凄く偉くなったような気がしちゃうな」


「お館様」


「安マンションの間借り人に、それはグレード高過ぎ」


「上様」


「時代劇かよ」


「我が主」


「大仰過ぎるだろそれ」


「親分さん」


「時代劇のヤクザでしょそれは」


「Majesty,Takuya」


「ごめん、英語わからん」


「おおぉ、御子みこよ!」


「地球が悲鳴上げそうだからやめたげて」


「殿下ー」


「そのタマネギみたいなカツラと眼鏡、どこから出したの?」


 交渉は、なかなかまとまらない。


「う~ん、結構注文多いわね」


「いや、普通に行こうよ。

 名前で呼んでくれればいいよ」


「名前って、その……た、卓也様?」


「“様”は要らないよ」


「え、もしかして、呼び捨てってこと?」


「うん、それで」


 平然と頷く卓也に、澪は必死になって首を横に振った。


「そ、それは無理よ!

 ボク、あなたの奴隷なのよ? それなのに呼び捨てなんて出来ないわ!」


「奴隷って何だよ。

 あの契約のこと?」


「う、うん」


「そんなん気にするなよ。

 第一、ここに来たらもうイーデルの管轄関係ないんだろ?」


「そ、そうだけど」


「だったら、俺のお願いを聞いてもらうってことでいいじゃん。

 代わりに、俺も君のことを“澪”って呼ぶから。

 それでいい?」


「は、はい。

 う~ん、なんだか、すっごく抵抗感が……」


 妙にしおらしい態度が可愛らしく、卓也は思わず微笑んでしまった。


 とはいえ。

 これで、卓也と澪の主従関係が確定したわけではない。

 それどころか、まだ状況が明確になってすらいないのだ。


 卓也は、自分の状況を冷静に分析しつつも、澪の言う事も嘘には思えなかった。

 ということは、何か奇妙な事態が起きていることは間違いない。

 夕べ電話で会話した、父親を自称? する人物は誰なのか。

 そもそも、その人物はどういう意図で、澪を寄越したのか。

 卓也は、そこから地固めをしていくべきだと考えた。


 ――今日の予定は、特に何も決まってないし。


「それはいいけど、本題いい?」


「どうぞ」


「何かおかしなことになってはいるけど、ボクは、本当にここにご厄介になってもいいの?」


「だって、行くとこないんだろ?

 別にいいよ」


「あ、ありがとう。

 じゃあ、その代わりって訳じゃないけど、しっかりお仕事はさせてもらうからね」


「お仕事? 性的なのはご勘弁だぜ」


「それもお仕事のうちだけど……一応ボク、本職のメイドなので。

 家政婦として、精一杯頑張らせていただくわ。

 構わないかしら?」


「な、なんか悪いな」


「何言ってるのよ、あなたはボクのご主人様なんだから。

 もっと堂々と、命令していいのよ?」


「命令? どんな風に言えばいいんだろう?」


「たとえば――服を脱いで跪いて、お尻を突き出せとか」


「おいおい」


「目を閉じて、舌を出して口を開け、とか」


「だから、なんでそうなるんだよ!」


「そういうのでもいいよって一例よ。

 気が向いたら、いつでも命令してね、ボクだけのご主人様♪」


 チュッ☆


 立ち上がったと同時に、澪は、またも卓也にキスをした。


 素早く絡み付いてくる舌に、卓也は抗う術を知らなかった。






 午前十時を回った頃。

 いつの間にか掃除機を見つけ出した澪が、リビングに仁王立ちしていた。


「実は昨日からずっと気になってたんだけどね」


「は、はい」


「このお部屋、汚すぎ!

 よって、只今よりお掃除を始めさせて頂きます」


「え、なんか悪いよ。

 俺がやるから、澪は座ってて」


「いきなりメイドの仕事を奪わないでよ!

 大丈夫、直ぐに終わるから」


 そう言うが早いか、澪は一旦掃除機を床に置くと、そこらに散乱している小さなゴミや読み捨てた本、雑誌などを片付け始めた。

 その手際はとても素早く効率的で、みるみるうちに床の露出面積が広がっていく。

 卓也も、一応それなりに片付けてはいるつもりだったのだが、それでも「こんなに散らかってたのか!」と自覚させられるほどだ。

 床から移動させたものを一時的に玄関への廊下に置き、次に移動させられる家具を動かす。

 カーテンと窓を大きく開き、埃が積もっていると思しき部分にワイパーシートをかけていく。

 いつの間に装着したのか、大きな白いマスクで顔を覆っている。

 

「はいはい、しばらくお部屋に退避しててくださいねー」


「うわっと! って、何その、大掃除みたいな」


「みたいじゃなくて、大掃除ですっ!」


「ひぃっ、ごめんなさい!」


 急いで自室に引っ込もうとしつつも、卓也は何度もリビングを覗き込んでしまう。

 しゃがんだり、屈んだり、上体を下げたり。

 動く度にミニスカートの裾からはみ出すお尻や太ももに、どうしても目が行ってしまう。

 男だとわかっているはずなのに、それでも、抗うことが出来ない。

 だが、一向に下着が見えない。

 どんなに大きく動いても、お尻のほっぺや割れ目は見えるのに、それを覆っている筈のパンツが見えないのだ。

 そこまで無理して見たいというわけではなかったが、卓也はそれが気になって仕方なかった。


「ねえ、何処見てたのぉ?」


 突然、真後ろに立った澪が、背後から抱きついてくる。

 

「い、いつの間に?!」


「ぬふふ、後ろを取ったぞ!」


 茶化すような口調で、更にぎゅっとしてくる。


「ボクのお尻見てたでしょ。

 そういうの、わかっちゃうんだから」


「ご、ごめん、つい」


「ふふ♪ いいのよ。

 ボクはあなたの物なんだから、いつでも、いくらでも見て」


「あ、いや、それは」


 ふと、自分の太ももの裏側に、何か固いものが押し付けられていることに気付く。

 その意味を察した途端、卓也は、慌ててホールドから脱出した。


「な、な、な、なんだ今のは?!」


「ふふ♪ ボクだって、男の子だもの」


「そ、そ、それは、どういう意味かなぁ?」


「あのね、お掃除が終わったら、ボク、シャワー浴びてくるから」


「あ、ああ、どうぞ?」


「その後で――しよ?」


 そう言いながら、澪は、先程見せた妖艶な微笑みを浮かべつつ――スカートの前を持ち上げる。


 そこには、ここではとても描写出来ないような状態になっている、オポンチンが……


 卓也は、ホッとする気持ちと、背筋を迸る悪寒と、貞操の危機感による恐怖心を、瞬間的かつ同時に味わった。

 バタン! と大きな音を立て、ドアを閉じる。


『け、け、け、結構です! そういうのは、そういうのはァ!』


「え~っ? そんなぁ~」


 スカートを捲り上げたまま、澪はプリプリ怒り始める。

 だがそれも、既に賢者のエンチャントを失った卓也に伝わることはない。



(な、な、なんなんだ、あの性欲過剰のオカマメイドはぁ?!

 いったい俺をどうするつもりなんだぁ?)


 ドアに鍵をかけると、卓也は、ドアに耳を当てて外の様子に聞き耳を立ててみた。


 すると




『……あん』


(えっ?)


『あん……やっ、あぁっ……』


(な、なに?)


『はぁ……はぁ……あぁぁ……』


(こ、これって、もしかして)


『たく……や、駄目ぇ……そんなとこ、触っちゃ……イヤ』


(えっ、お、オレ?!)


『はぁ……あ、そ、そんな……指、ダメぇ……!』


(え、ちょ、待っ)


『はぁ……はぁ……あぁん、もっとぉ……』


(こ、これはもしや、賢者降臨の儀式?!)


 どうやら澪は、ドアのすぐ向こう側で何やらやらかしているらしい。

 ここでは書けないような何かが展開する予感に、卓也の胸は無駄に高鳴った。

 だが、彼の冷静な部分も、同時に反応した。


(い、いや、そんなとこでその、そういうことをされたらさぁ……)


『あ、もう……ダメ、出――』


「ちょ、ちょっと待てぇい!!」


 思わず、卓也はドアを開けた。






「はい、お帰りなさい」


「へ?」


「名づけて、“天の岩戸作戦”」


「え? え?」


「どうしたの? 顔真っ赤にして」


「え、あ、あ、あの……」


「うふっ、前も突っ張ってるわよ?」


 澪は、到って普通な様子で佇み、やや前屈みになっている卓也に微笑む。

 いったい何が起きたのか、脳の演算処理が付いて行かず、混乱した。


「召還の儀は?」


「何よソレ?」


「も、もしかして、もうぶちまけた?」


「何言い出すのよ、急に」


「え、だって、さっき――」


「卓也って単純で面白いわね。

 そういう反応も、可愛くて好きよ♪」


 チュ♪


 また、不意打ちで唇を奪われる。

 今度は、唇同士が軽く触れ合うだけの軽いものだ。


 クスクス笑いながら踵を返す澪を見て、卓也は、ようやくハメられた事に気づいた。



「うがぁ~! なんなんだコイツはぁ!!」



 カイザーソードは、いまだ天空を指し続けていた。



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