第30話 5月6日 決戦の日(2)

 俺たちは優理の家に行き、昼ご飯を食べた後にさっそく動画の編集に取り掛かった。

【中堅youtuberが、中学生を食い物に? 第一弾】というタイトルを付け、やり取りしたメッセージをテキストで表示しつつ、音声合成ソフトで作った声で読み上げる。


 第二弾は次第に過激になる発言、三弾で河川敷に現れた本人の動画と怒濤のDM攻撃を晒す内容だ。

 【花咲ゆたか】さんは確かにイケメンですので、学生世代の食いつきがいいようです。特に中学生(笑)。

 そんな煽り文を入れておく。きっと再生数がぐんと伸びるだろう。


 うーん。しかし、である。

 動画を作るための資料集めを優理とした。その結果、やはりというか、被害を受けたっぽい女の子のアカウントを何人か見つけてしまった。

 その多くはSNSなどで体調を崩したり、精神的に不安定になっているようだった。絶対的な証拠にはならないけど、文脈から【花咲ゆたか】が元で間違い無かった。


 動画がちょっと悪辣で過激になってしまったので手心を加えようと思っていたのに、いざ病んだ被害者のアカウントを見つけるとその気が失せる。

 千照がそんな目に遭ったかもしれないと思うと、どんなに叩いても、あるいはどんな手段を使っても良いような、そんな気がしてしまった。


 作業を終えると夕方になっていた。まだまだ日が高く、夜までは時間がある。

 あとは順次拡散し、調べたり声を上げる人が増えればいい。


「はあー疲れた。優理もお疲れさま」

「はい。たつやさんもお疲れさまです。うまくいくといいですね。本当に」


 そうだ。これが絶対うまく行くとは限らない。

 これでダメなら、何か別の方法を考えなければいけないだろう。


「私はあまりお手伝いできなくて、残念に思います」

「いやいや、さっき河川敷の土壇場で、身体を張ってくれたし。それだけで十分だよ」

「でも……ほとんどたつやさんが考えていて……もっと私も色々知って、力になりたいです」


 ここまで純情な優理にどこまで汚い奴らのことを教えたものか……。

 例えば、昨日会った須藤先輩のような、人の弱みにつけ込み自分の思い通りにする、そんな奴の話とかしてもいいのかな。


 まあ、それは追々考えれば良いし、それを教えるのは俺じゃなくて、もっと優理にふさわしい男なのかもしれない。

 などと考えると、ちくっと胸が痛んだ。


「うん。まあ、それは追々でいいんじゃないかな」


 俺は机の椅子から床に移動し座って答える。


「そうですね。これからも、たつやさんが教えてくれるんですよね?」


心の中を覗かれたみたいでどきっとした。そろそろ、復讐に優理を利用するのはやめた方がいいんじゃないかと思っていた。

 こうやって、家にまで上がり込んで……俺は一体、何をしているんだ。


 もっとも、タイムリープ前と違って有利と一緒にいることで、ゴールデンウイークが極めて充実したのは間違い無いことだ。


「優理、そういうことを教えるのは俺で良いのかなって、最近考えているんだ」

「え……? どうしてですか?」

「だって、俺と優理って——もともと、クラスでもほとんど話をしたことがなかった。住む世界が違うとすら思っていたんだ」

「そんな、どうしてですか? 今一緒にいるじゃないですか?」


 珍しく優理が声を荒げていた。その様子に俺は少し驚く。


「……ま、まあ、そうだけど。あの日、川に落ちそうなところにたまたま近くにいただけで、こうやって一緒にいていいのかなって」

「もう。たつやさんは意外に分かってないんですね」

「へ?」

「私は、私が一緒にいたいから、こうしているんです。どうして? って言われると……その、まだ答えは出ていないのですけど、一緒にたつやさんといると楽しいです。正直に言うと、たつやさんがここから帰るとき、もう少しいて欲しいって思っています」


 そうか……俺が変えた未来では、こんな風に俺に対して考えるようになっていたのか。

 なんだか嬉しくなったけど。でも、それは俺の力でも何でもなく、ただ「都合よく」俺が未来を知っていた、というだけなんだよな。


 実際、タイムリープがなければ俺と優理の接点はなかった。


「そうか。嬉しいけど、素直に喜んで良いのかな」

「えと、その、多分いいと思います。たつやさんが私と一緒にいて苦じゃなければ」

「そういう意味では、全然苦じゃないよ。正直楽しかった。今日だって……今でさえも」

「じゃあ、それでいいじゃないですか?」


 そう言って微笑み、俺を見つめる優理。俺が深く考えすぎなのかな。

 でもなあ……ヒナのこともあるしなぁ。ラブホに行ったとか今朝ヒナの家に泊まってたとか知ったらドン引きじゃないのか?


 これは避けられない問題だな。


「でもさ、俺は——」


 俺は「やっぱり、会うのはできるだけ控えようかと思う」と口に出そうとした瞬間……。


 ニャア!


 突然怒るようなクロの鳴き声が聞こえた。同時に、世界が歪むような気配を一瞬感じる。

 ふと、頭の中に——何者かに襲われ泣き叫ぶ優理の映像が浮かび、俺は戦慄した。

 ……もしかして、ここでそう言うべきで無いのか? この感じは覚えがある。ヒナの誘いを断り、時間がまき戻った時と似ている。


「どうかしましたか? 顔色が悪いです」

「い、いや、大丈夫」


 俺は、さっき言おうとしたを飲み込む。


「そっか……じゃあ、これからもよろしくってことでいいかな?」

「はい! よろしくお願いします!」


 確かに、まだ須藤先輩の姿がちらつく今、優理と距離を取るのは得策ではないのだろう。

 俺はもう優理の不幸を見て見ぬ振りをすることはできない。

 彼女の内面に触れ、応援したいと思うくらいには親しみを感じている。


 優理と、ヒナ、そして千照……みんなが不幸にならないのであれば、俺の気持ちは後回しで良い気がしてきた。

 誰か一人を選べと言われたら……俺は——。

 もともと、俺はそんなに人間が出来ていない。嫌な目に遭ったからといって、復讐を考えた上、実行に移すようなそんな人間なのだ。


 だったら、もう開き直って悪者になっても良いのだろう。

 複数の女の子と親しくしても、彼女らが不幸にならなければ。


 もし間違った選択をしそうなときは、時間がまき戻のだろう。

 やっぱり、クロ、お前が何かしているの?

 そう思いクロに視線を向けたが、黒猫は知らんふりをして去っていった。



「そういえば、優理って何か教えて欲しいって言ってたけど、具体的に何のこと?」


 話題を変えるため、気になっていたことを聞くことにした。


「……えっとですね。その……」


急に歯切れが悪くなる優理。どうしたんだろう? しばらくもじもじした後、意を決したように俺に言う。


「あの、手を握って……いただいて……その……」


 消え入りそうな声でつぶやく優理だが、後半はほとんど聞こえなかった。

 手をつないで欲しいと聞こえた気がするのだが、気のせいだろうか?

 教えて欲しいって……何をって感じだけど、そんなに気に入ったのかな? 変な声出していたような……。


「うん。いいよ」


 俺は手を差し出す。すると隣に座り、そっと触れてくきた。優理の手のひらの感触を感じる。

 人前だと恥ずかしくてハードルが高いけど二人きりなら気にならない。


「やっぱり、たつやさんの手って温かいです。その、さっきみたいにしていいですか?」

「うん」


 優理はおずおずと細い指を俺の指と指の間に滑らせる。恋人繋ぎだ。

 女の子の手ってこんなに柔らかいんだなあとぼんやり思う。


「ありがとうございます……」

 戸惑いながらも、その手の感覚に浸る優理の顔はとても可愛くてドキッとする。

 俺は意地悪をするように、指を動かし、マッサージするように優理の指を弄ぶ。


「んっ……」


 さっきと違い、声を漏らすことに我慢をしないようだ。

 うっとりとした表情で、俺に身を任せる優理。

 もの凄い背徳感があるけど、俺はそれを楽しむことにした。


「優理、声が出てるよ?」

「……はい……どうしてでしょう?」

「気持ちいいからかな」

「そうですね……あっ……んっ」


 手を繋いで、触れているだけでこんなに反応する優理。敏感なのかもしれないな。よく見ると、足をもじもじとしているし、恐らく——。

 俺は手を動かすのを止めた。


「ふーっ……ふーっ」


 優理は少しだけ、優理の呼吸が速くなり汗をかいている。甘い女の子の香りがした。


「どう? 気持ちよかった?」

「はい……。何て言ったら良いか分からないけど……ドキドキして……あっ……その……ちょっとお待ちください」


 そう言って、何かに気付いたような様子で優理は部屋を出て行った。多分、下着を替えに行ったのだろう。

 彼女にとって、手を握るだけでも刺激が強すぎたかもしれない。大切にしないといけないな。


 部屋に取り残された俺とクロ。

 撫でていると、クロは俺の膝から離れ部屋から出て行く。


「本当の黒幕は……お前なのか? クロ」


 もちろん、クロは俺の疑問に答えることもなく、ただ単にニャンと鳴いただけだった。


 それから少しして戻って来た優理と話す。

 明日はどうするかという話になった。優理は、明日は朝から同じクラスの友達、雪野さんと遊ぶらしい。

 あの、ポニーテールの陽キャ女子だな。

 彼女も優理のことを心配している一人だ。


 午後は空いていると言うことなので、その後は今日作った動画がどうなるか見届けると共に、今後、【花咲ゆたか】に対してどうするか、二人で決めようとなった。


 優理が積極的に絡んでこようとするウチは、妙な距離を取るのをやめて、積極的に関わって貰おうと俺は考え方を改めることにしたのだった。


「今日、楽しかったよ。優理」

「はい。私も、とても楽しかったです。明日でゴールデンウイークも終わりですね」

「うん。あっという間だなぁ」

「あっという間でしたね」


 そんな他愛もない話をして、俺たちは解散したのだった。


 そうしている間にも、順調に今日投稿した動画が拡散され……そして大手アカウントに取り上げられていた。

 たまたま帰り際開いた時、【花咲ゆたか】の暴露動画の再生数がリロードする度に増えていくという状態になっており、俺は少しだけ興奮してきたのだった。


 さっそく、優理に連絡する。

 念のため、関連動画を彼女にもチェックしてもらうことにした。


 優理自身にも積極的に関わって貰おう。チェックする目は多いほど良い。

 何かあれば、すぐに俺に連絡するように強く念を押しておく。


 そして、それが次の展開を引き起こしていく——。


————

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