第27話 5月5日 対決(4)
まさか優理のお父さんに「猫と仲良くなる方法」を聞かれるとは思わなかった。
俺は餌やりの方法を簡単に教える。もっとも、特に変わったことは教えられないのだが……。
「おお、ありがとう。……クロちゃーん、美味しい美味しいおやつですよ〜」
……。俺は思わず笑いそうになるが、本人は大真面目だ。でもなんとなく口調は優理がクロと遊ぶときと似てるな。親子だからか?
クロは、目の前の「おやつ」をなぜかしぶしぶ舐め始めた。おい、クロ無理しなくて良いぞ。
「おおぉ。素晴らしい。西峰君、見向きもされなかったのに」
まあ、どちらかというと俺がどうこうというより、クロが頑張ってるだけかもしれない。俺の顔を立ててくれているというか。気のせいか?
まあ、こういうことは黙っておこう。
「さっきは済まなかったな、西峰君。まさかこんなに猫が可愛いとは……。それでだが——」
手のひらくるっくるなんだけど、大丈夫か?
少し話をして、安心したということなのだろうか。
「君はなかなか信頼できる男だ。優理のことを君に任せてみようと思う。たのむぞ」
時計を気にし始めた優理のお父さんはそう言って俺に頭を下げた。
「では西峰君、失礼する。ゆっくりしていけとは言わんがまあ遅くなる前に帰りなさい」
そう言って優理のお父さんは去って行った。
よかった……とりあえず、海に沈められずに済んだようだ。
「お父さんったら、ごめんなさい」
優理は申し訳なさそうにそう言った。優理は悪いことはしていないのだし謝る必要はない。
「いや、全然気にしてないよ。それより、あの様子だとやっぱり毎日遅くて大変なんだ?」
俺は気になっていたことを口にした。
「……はい。お仕事で疲れてるみたいですね。でも、今日はたまたま時間が空いたのでしょうか。たつやさんがいらっしゃることも多分お母さんから聞いたのだと思います」
「そっか。すぐ帰れって言われなかったことは、少しは認められたのかな?」
「はい、そうだと思います。ありがとうございます。私もお父さんに色々言ってたのに、なかなか聞いてくれなくて——」
そう言って、優理は俺を熱のこもった目で見つめてきた。
「たつやさん、かっこよかったです。ハッキリと言ってくれて……だから、お父さんも認めてくれたんだと思います」
「だといいけどね。でもまあ悪い結果にならなくて良かった」
「はい! たつやさん、本当にありがとうございました」
そう言って笑った優理の顔はとても晴れやかだった。ひょっとしたら、少し悩んでいたのかもしれないな。
全部解決とはいかないまでも、良い方向に向かうのだろう。
それからしばらく俺たちは黒猫のクロと遊んだり、テレビを見ながら他愛もない話をしたりしていた。
ベッドに二人とも寝っ転がったりもしたけど、互いの遠慮があるのか、少し距離があった。
これはあれだな、父親来襲というイベントのせいかもしれない。まあ、仕方が無いし、これでいいのだろう。
やがて、日が暮れてきて俺は帰る時間になる。
「そろそろ帰らないといけないかなあ」
「すよね。あっという間でした。楽しい時間ってどうしてこんなにすぐ過ぎちゃうんでしょう」
抗議しながらも、休みの日を楽しく過ごしたという充実感があるのか、優理の顔は明るい。
その表情のまま、上目づかいで俺を見る優理。
「あの……たつやさん、時々両親が夜帰ってこない日があるんです。その……あの……。そういうときって心細くて……たつやさんって、外泊すると両親に怒られたりしますか?」
遠回しに聞く優理。もしかして……。
「泊まることを言えば怒られたりしないよ」
「じゃあ、あの、夜私が一人になる時、うちに泊まることってできますか?」
えっ!? いやそれはまずいだろう。いくらなんでもあの優理のお父さんが許さないんじゃ無いかな。黙っておく手もあるだろうけど、バレたら土の中だ。
「う、うーん。優理のお父さんが許さないでしょ?」
「と、いうことは私のお父さんから許可があれば泊まれるんですね!」
どうしてそうなる。
「聞いてみます!」
嬉しそうに言う優理。まあ……あり得ないだろうなあ。
「う、うん。それがいいと思う。じゃあ、帰るね。明日はよろしく。朝11時だね」
「はい。頑張りましょう!」
そう言って有利はぐっと拳を握りしめる。
明日は【花咲ゆたか】を誘き出し、動画を撮る。その様子を配信なり動画にして、かつあのキモいメールと晒せば……千照への脅威は収まるだろう。
タイムリープ前とはいえ、千照を苦しめた復讐でもある。
☆☆☆☆☆☆
家に向かって歩いていると、不意にスマホが振動する。
優理かな? と思って見ると、メッセージが届いていて、差出人はヒナだった。
ん?
俺は不審に思いつつも、メッセージを開き、その内容を見て目を見開いた。
『今、須藤先輩に声をかけられてる。無視して歩いてもついてくるから怖くて。今駅の方から帰ってる』
今日はタイムリープ前だと俺がヒナに告白した翌日。
そういえば、この日からヒナから避けられるようになって会わなくなり、そして、寝取られた。
須藤先輩に変化がないとすると、今日ヒナに話しかけ、何らかの関係を持ったのかもしれない。
タイムリープ前は、助けて欲しいというようなメッセージは来なかった。
しかし、今のヒナは俺に助けを求めてくれている……!
「くそッ!」
俺は走り出す。駅からのルートは良く知っている。俺はそのルートをたどるように走り始めた。
☆☆☆☆☆☆
「はぁ……はぁ……」
全力で走ったせいで息が上がる。
「あ……タツヤッ!」
みると、私服姿のヒナがいた。今日は比較的露出の少ないブラウスにデニムパンツ姿だが、やはりスタイルが良いせいかモデルのような着こなしをしている。
ぱっと見たところ何かされた様子もない。ああ、無事で良かった!
「ごめん、遅くなった」
「ううん、早いよ。嬉しい。本当に来てくれた」
嬉しそうにはにかむヒナは、そのまま俺の胸に抱きついてくる。
周囲には人通りがあるけど気にしない様子だ。
そんな俺たちを見て、悪態をつく男が一人。
「チッ」
舌打ちをして俺を睨む男は間違いなく須藤先輩だ。ヒナは俺の胸から離れて男の方を見る。
その時、須藤先輩が俺の胸ぐらを掴んだ。
殴られる! と思ったが、だったら好都合だ。多少俺は痛い思いをするだろうが、例え一発だろうが暴力に違いない。
「ああ?」
俺は敢えて抵抗しなかったが、それは須藤先輩にとって予想外だったようだ。バランスを崩し、俺は仰向けに倒れ、須藤先輩が俺に引っ張られる形になった。
幸か不幸か須藤先輩は俺の隣に倒れる。
「ケッ。何だよお前……」
悪態をつきながら須藤先輩は立ち上がった。俺も立ち上がる。
「タツヤ、大丈夫?」
ヒナが慌てて駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だ。なんともない……なあ、ヒナ、何があった?」
小声で聞くと、ヒナは険しい顔で答える。とはいえ、先ほどまでの悲壮感はない。
顔を上げ、須藤先輩に睨むような強い視線を向けるほどだ。
「急に声をかけられて、面白いもの見せてやるからついてきてって言われて……」
面白いもの、か。タイムリープ前と変わったのだろうか? それとも……?
俺は須藤先輩を見つめた。ぱんぱんと埃を払い俺の方を睨んで言い放った。
「お前らさあ、どういう関係?」
こんな不躾な質問に付き合う必要は無いのだが、毅然とした態度でヒナが答える。
「幼馴染みですけど?」
「それだけか? 付き合ってるわけじゃないのか?」
「だったら?」
今度は俺が答えた。コイツには関係ないだろう。
「へっ。そういうわけか。じゃあ、俺がその女をいただいても文句なしだな。いいねぇ幼馴染み。いつの間にか他の男のものになっていましたとか、よくある話じゃないか」
「誰があなたなんかと……絶対いや」
心底嫌そうに言い返すヒナ。
「いいねえ。落としがいがあるじゃないか」
「先輩、ヒナの弱みか何か握っているんですか?」
敢えて、俺は話に乗らずツッコんでみる。もしタイムリープ前のヒナのとった行動の理由が弱みによるものだとしたら、この時点で何か心当たりがあるはずだ。
「チッ」
その反応は劇的だった。顔をしかめ俺から視線を外す。恐らく、弱みを握ろうとしていたのは間違い無いのだろう。しかし、それを示せないあたり現時点では掴んでない。推測ではあるものの、かなり確度は高いんじゃないか?
「せいぜい今のうち楽しんでおけよ」
須藤先輩は顔をしかめたまま踵を返し歩き始めた。
今後も気を抜けないものの、とりあえず危機は回避したし、少なくともアイツの思い通りにはなっていない。
「大丈夫だったか?」
「……うん。ありがとうタツヤ」
俺にぎゅっと寄りかかるヒナはとても嬉しそうだ。可愛いし俺も抱き返したくなるんだけど——ぐっと我慢する。
「帰ろうか」
「……うん……あの——」
「家まで送っていくよ」
「……うん。ありがとう」
当たり前だ。あんなことがあったばかりだ。俺の家からそれほど離れていないとはいえ、一人で帰すなんてあり得ないだろう。
「あれ……? タツヤ、これ」
「ん?」
ヒナが何かに気付いたようで、先ほど俺と須藤先輩が倒れた辺りの地面にしゃがみ込む。そしてヒナが拾い上げたのは……須藤先輩のスマホだった。
俺ともつれて倒れたときに落としたのだろう。「先輩、ヒナの弱みか何か握っているんですか?」と聞いたことでよっぽど焦ったのだろうか。
だとしたら、やっぱりヒナの弱みを握ろうとしていたのだ。
とはいえ、恐らくロックがかかっているだろうから、大した情報は得られないとは思う。
でも、収穫は大きい。ヒナにそういうことがあれば、すぐ俺に相談して貰えば良い。手が打てるのだ。
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