第23話 5月4日 幼馴染み(5)

 俺は、ヒナの家まで送っていった。

 いつもはしないけど、ヒナも離してくれなくて、俺もなんとなく離れたくなくて、そうなった。


「ヒナ、身体の方大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。思ったより平気。タツヤが優しくしてくれたから」


 一言一言が、嬉しそうに声が弾んでいる。

 俺は申し訳なさそうに聞く。


「でも、こうなったからには、やっぱちゃんと付き合った方がいいのかなって。それに、さっき話した映像でね、俺今日ヒナに告白してるんだ」

「……あっ……」


 何かハッとしたような表情をするヒナ。俺は続ける。


「だから、俺と、付き合って——」


 ほとんど衝動的に「付き合って欲しい」そう言おうとしたところで俺の口を、ヒナの唇が塞ぐ。

 むぐむぐとなって俺の言葉が続かない。

 俺が言おうとすることを諦めると、ヒナは唇を離し微笑んだ。


「ダメだよ? だって、私と付き合ったのが原因で、タツヤや千照ちゃんがつらい目に遭ったとしたら?」

「あ……」


 そうだ。その可能性があるかどうかすら今は分かっていない。

 っていうか、心配する対象が「タツヤや千照ちゃん」になっている。ヒナは自分自身を入れていない。

 ヒナ自身は辛い目に遭ってもいいと思っているのか? 


「ヒナも辛い目に遭ったらダメだよ。俺が悲しむ」

「嬉しい……それにね、別に私はタツヤが本当に好きなら他の子と付き合っても気にしないよ?」


 ドキッとすることを言う。俺に気をつかってこんなことを言っているのか? と気になりヒナを見るが、まったくそんな様子はなく一点の曇りのない笑顔をしている。


「そうなのか?」

「うん。タツヤは私の恩人だから。だから、色んなことは全部終わってから答えを出せばいいと思う」

「でも、それじゃヒナと最後までしておきながら付き合わないって、なんか俺がヤな感じになるように感じて」

「ふふーん。それはお互い様だし、私が襲ったようなものだから」


 ヒナはそう言って、ニヤリとした。

 普通の子なら嫌味に見えるかもしれない。でも、ヒナはそんな表情すら可愛い。


「私はね、他の女の子より強いカードを持ってるって知ってる?」

「ん? 何?」

「幼馴染みってこと。それに、私の初めての人。この二つは何があっても一生変わらないんだよね」


 まあでも……いつでも気兼ねなく敢えて話せて互いのことを知っているというのは強いかもしれない。


「ね、タツヤ。今日ね……タツヤに断られたら、泣いちゃっただろうし、絶望してたかもしれない。生きるのがイヤになったかも」

「う、うん」


 ヒナの言葉は正しい。俺はそれを知っているのだ。


「でもね、もう今はね……あのイヤな、好きでもない人にされちゃうっていう映像の記憶も薄れてるの。二度と見ない気がする。だからね、タツヤは私を助けてくれたの」


 そういって俺を見つめるヒナ。瞳は潤んでいるけど、花が咲き誇るように微笑みが絶えない。


「だから、ぜーんぜん気にする必要ないの。それにねぇ——」

「それに?」

「私の中に温かいのを感じたのを思い出すとドキドキするし、タツヤのあの時の顔を思い出すだけで、ニヤけちゃうし。かわいかった」


 言葉どおり、ニヤけるヒナ。俺は猛烈に恥ずかしくなった。


「うう、恥ずかしいな」

「だって、すごく気持ちよさそうだったもん。嬉しかった。本当にタツヤと幼馴染みでよかった」


 そう言ってぎゅっと組んでいる腕に力を込めるヒナ。

 俺たちは終始笑顔で、ヒナの家に続く道を歩いて行く。


 ☆☆☆☆☆☆


 家に帰るとヒナからメッセージが届いた。


『家に帰った? 今日はありがとうね。何かあったら相談するから』


 俺はうん、と返事をする。

 これで少しは安心だけど自分を犠牲にしそうな危うさはあるような気がする。

 優理ゆり千照ちあき、ヒナ。全員を救おうというのは欲張りなんだろうか?


「ただいまあ」


 玄関から上がると、夕ご飯の良い匂いがする。

 千照がとてててと小走りにやってきた。そして、おもむろに俺の胸に鼻を付けて匂いを嗅ぐ。


「おかえり、おにいちゃん。また家のとと違う匂いがする。今日ヒナちゃんと遊んでたんだよね? もしかして、ヤった?」


 ズバッと直球を投げてくる千照。しかもニヤニヤしている。


「い、いや、なんていうか……」


 と、誤魔化したところで、ヒナと千照は繋がっている。どうせすぐバレるだろう。

 いやむしろ、既に伝わっていて俺の反応を楽しんでいるだけかもしれない。


「はいはい、そうですよ。ヤりましたよ」


 開き直ると、千照は目をパチクリさせた。


「ええええええ! どど、どうだった? 痛かった? 血が出た?」


 なぜか興味津々の様子で聞いてくる。しかも、痛かったって聞いてくるのはヒナがどうだったか、ということだろう。


「ヒナに聞け」

「えー。お兄ちゃんはどうだったの?」


 瞳をキラキラさせて訊いてくる千照。完全に興味本位だな。

 中学生の千照にこういうことを言うのはどうなんだろう? とはいえ、同じ質問をすぐヒナに言うんだろうな。


「……ま、まあ? よかったよ」


 それだけで、続きを言う気にならなかった。

 そりゃとても気持ちよかったよ。ヒナの体はとても柔らかくて、温かくて。でもそんなことを具体的に妹に話すなんてできない。


「そっかぁ——」


 そう言って頬を染める千照。なんでお前が恥ずかしがるんだ。


「ってことはヒナちゃんと付き合うの?」

「ううん。その辺はヒナに聞いてくれ」

「そか。うん……分かった」


 あっさりと引く千照。俺の言いにくさを何か察したのかもしれない。


 こうやって話してみても、今日の千照には、まだ何事も起きていなさそうだ。

 しかし、もし「敵」がいるのであれば、そろそろ動き出しそうな予感があった。


 ☆☆☆☆☆☆


 夕食を食べてくつろいでいると、俺のスマホが振動する。


「たつやさん、こんばんは。あの、youtuberの【花咲ゆたか】に送る写真なんですけど、これはどうでしょう?」


 一枚の写真が添付してある。

 忘れかけてたけど、【花咲ゆたか】からネカマアカウントに写真を求められていたんだっけ。


 そうだ。

 千照と繋がろうとしているコイツを、まずは調べなくてはいけない。


 写真を開くと、中学生くらいの美少女が映っている。

 えと。これは……誰? 優理に似てる気もするけど、もう少し幼い。中学生の時の写真だとしても違うような。


「これ、誰?」


 素直にそう聞くと、


「私のお母さんです。今の写真を撮って若返るアプリを使ってみました」


 なるほど。面影があるけどちゃんと別人だ。鮮明だし、不自然さはない。

 加工は分かるかもしれないが、顔をよく見せるように加工するアプリなんていくらでもある。

 求められて無加工の写真を送る人の方が稀じゃないのかな。口元を隠したり、目を大きくしたり。


「でも、これ使って大丈夫?」

「はい。いいと思います。加工してますし、人に送っていいか聞いて、いいって言ってました」


 じゃあ、これを使わせて貰おうかな。

 それにしても加工入っているとは言え、優理のお母さんもしかしてすっごく若く見えるんじゃないのか?


 俺は早速それを【花咲ゆたか】に送信した。すると、すぐに返信が来る。


「めっちゃ可愛い! じゃあさ、全身が分かる写真ある?」


 コイツさあ、食いつきすぎだろ。

 確かに送ったのは顔が中心になっている。

 体型はなんとなく分かる程度だから、全身を見たいのだろう。あーもうこの時点で黒確定な気がする。


 俺はさっそく優理に聞いてみる。


「全身が映った写真が欲しいみたい」

「そうですか。ちょっと待って下さい」


 え。どうするんだろう? まさかお母さんの全身写真を撮影しに行ったのか?

 それ、色々と大丈夫か?

 待っている間に【花咲ゆたか】から追撃のメッセージが来た。


「実は真白さんめっちゃ可愛いから、ひょっとしたらyoutuberでやっていけそうな気がしているんだ。もしそういうのに興味があるなら、力になれると思う。僕と一緒にコラボもできるだろうし。仲良くなったら付き合ってカップルyoutuberもいいよね。だからもっと真白さんのことが知りたくなったんだ。写真待っているよ」


 何言ってんだコイツ。


 こうやって甘い言葉で誘って写真を送らせているのか。

 俺は冷めた目で見てるから、キモいなーとしか思わないけど千照のような中学生はコロッといっちゃうのだろうか。

 この感じだと次くらいに、色っぽい写真とか要求されそうな感じだな。


 そう来たらどうしようか。ちょっと考えなければ。

 優理のお母さんにそんな写真を頼むわけにも行かないし。


 俺は遅くなることを返信しようと思ったけど思い留まる。

 そうだ。一晩寝かせよう。そして明日は——。


「優理、明日一緒に遊ぶ予定だったけどどうする? ネカマの件続きしようと思うのだけど」

「あ、はい……そうですね。私の家でいいんですよね。お待ちしています。あと、全身写真撮れました。これで大丈夫でしょうか?」


 送られて来た写真は、確かに体型が分かる程度に体がバッチリ映っている。顔は輪郭だけだけど、さっき送った写真と同一人物なのが分かる。

 やけにスタイルが良い。でもまあ、とりあえず送るのは待っておこう。


 あとは明日、優理と一緒に調査を進めよう。

 黒なのは確実として、千照を悲しませた——恐らく無理矢理、千照とヤっただろうけど、それがコイツなのか、他にもいないのかどうかが気になるところだ。

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