第31話 貴方が笑うと嬉しいな

「え」


俺の喉からきたない音が漏れた。


「え?」


生田目さんが返す。

いつもの単調な調子平坦イントネーションではない生気のある声色で。


いつもと様子が違うと言っても、動揺の色は見えない。

だからほぼほぼ断定だろう。


「実くん?」

「……いやぁ〜〜」


さっきの愛の告白は俺の勘違いだということが!


でも━━


「君たちィ〜〜?ボクのこと忘れてな〜い?」


俺がそんなことを考えているうちに、妖がこちらへ歩みを寄せてきた。


「貢献……!」

「よし。じゃあ今度こそは私が倒します」


意気込む俺をよそに生田目さんがいつもの平坦イントネーションに戻っていった。


「そういえば、状況を聞いていませんでしたね?あの二人はどうして?」

「ん〜〜?それはボクが術をかけたからだよ」

「貴方には聞いていません」


生田目さんが鋭い目つきで貢献を一蹴する。


「筑波嶺の、みねよりおつる、みなの川、淵ぞつもりて、恋となりぬる」


流石は三耽溺花の一員、相変わらずすごい祓術だ。


貢献の足がなくなり、胴がなくなり、腕がなくなり、そして━━消えた。


その時、貢献は戸惑ったような顔をしていた。

恐らく、呪術を放つ隙がなかったからだろう。


それだけ、生田目さんが素早かった。 


初めて会った日からしたら想像もつかないと改めて思う。

だって、この人初めて会った日は弁才天様の指示がないと祓いもしなかったのだから。

それが今や自主的に相手より何倍も早く祓うように努めてる。


「生田目さん……変わりましたね」

「え?」

「あっ!もっもちろんいい意味ですけど!」

「どういうことですか?」

「え〜っと……」


この座った目に見つめられるのは結構迫力がある。

もちろんこの俺がそんなものに耐えられるはずがない。

そして、俺は気づいたら先程の心の内を全て話していた……




         ◻︎▪︎◻︎


「へぇ。実くんはそんなふうに……」

「あっ!本当に生意気ですよね!ごめんなさい!」

「別に……でも私がそういうふうになってしまったのは実くんのせいなんですよ?」


あの生田目さんが微笑を浮かべるものだから俺は戸惑う。


どういう意味だ?


「ヒューヒュー!」

「愛田さん!?兄上も!」


声のしたほうを向くと、ニコニコ?ニヤニヤ?した愛田さんと、相変わらずしかめっ面の兄上がいた。

貢献が消えたことで術が解けたのだ。


「……ずいぶんと楽しそうだな」

「……兄上」


相変わらず怖い人だ。

すらりと上背があって、声が低く、いつもしかめっ面をしているこの人は。


でも、これだけは伝えなければならない。


「俺、嬉しかったです!兄上が俺のこと逃してくれたこと!そのおかげで生田目さんを呼べました……そのおかげで命拾いしました……」


今まで確かに冷酷な態度は取られた。

でもこれだけは感謝してもしきれない。


「実のそういうところが好きだ」


兄上がいった。

え?もしかして俺のことあんま嫌いじゃない……?


「えーー!!ちょっと!忠くん!霞七子というものがありながらァ!」

「まず俺たちは付き合っていないだろう」


兄上が抱きつこうとする愛田さんを振り払いながら一蹴する。


……というか付き合ってなかったの!?


「実、生田目さんと幸せになれよ」


そういわれた俺は頬の熱さを感じながら、恥ずかしさを紛らわすために無駄に瞳を泳がせた。


その時、アイと同じ笑い方をする少女が確かに俺の瞳には焼きついたのであった。

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