第41話
(最期に送る言葉がそれってひどくない?)
と俺は思った。
(だって、ずっとわたくしの胸元ばかり見ていましたのよ? わかりますわ! わたくし、そういうの、ピンと来ますの!)
ルリアはアンニュイな面持ちで佇みながら、そんな念話を飛ばしてくる。
(いや、胸って言っても俺の胸じゃん……)
(わたくし、ずっとヴォルフは相変わらずわたくしの胸ばかり見てるなと思いながら戦っていましたのよ? それどころか、あなたの妹の胸も凝視してましたわ!)
(まあ、男なら胸に目を向けてもしかたがないけどさ……男の胸までは見ないよ……)
(いいえ、あれは見ていましたわ! わたくし、わかりますの!!)
胸であれば男女を問わないとは、本当におっぱいが好きだったのだろう。いや、男でもいいとなると、果たしておっぱいが好きなのか判断に困る。ともあれ、どうやら死んでしまったようなので、その真意を尋ねる機会は永遠に失われてしまった。
まあ、ソフィーやフレッドにひどいことしてたし、満足されて死なれるのも癪だから、これはこれでいい終わり方だったのだろう。
などと考えていたら、俺の体を奪ったルリアが歩きはじめる。
(おい、どこ行くんだよ? ソフィーとフレッドは?)
(あなたとの約束どおり二人は助けました。
(いや、置いてくなよ!)
今まであっけにとられていたソフィーが立ち上がり、俺へと声をかけてくる。
「お兄ちゃん、どこに行くの!? お兄ちゃん!」
だが、ルリアは意にも介さず歩き続ける。俺は慌ててルリアの前に出て止めるのだが、無視して先に進んでいきやがった。それでも前に回る。
(おい、ソフィーを無視するな!)
(わたくしに必要なのは復讐に使える駒だけですもの。使えない人間と一緒に行動する意味なんてありませんわね)
(お前、ふざけんなよ!! ケガとか治しても、捕まったら意味ねぇだろ!)
(知ったことではありませんわね。それに、もうわたくしがあなたの意見を聞く必要ありませんもの)
勝ち誇ったような口調の念話を飛ばしてきやがった。
(ざまぁありませんわね! 調子に乗ってわたくしを脅したり威圧してきた罰が当たったのですわ! ねぇ、ねぇ、今どんな気分ですか? お聞かせくださいまし! プークスクスですわぁ♪)
こんのクソ悪霊がぁぁぁっ!!
(俺の体を返しやがれぇぇぇぇぇっ!!)
霊体のまま思い切りドロップキックをかましてやったら、俺の体から悪霊がくの字になって背中から飛び出していき、それと入れ替わるように俺が体に戻っていく。
ハッと体感が元に戻った。
「お兄ちゃん!」
その言葉に振り返る。
『どういうことですの! どういうことですのーーーー!?』
悪霊が涙目になりながら、腹を押さえていた。その悪霊を思い切り睨みつけた。
「そんなんだからぁ! てめぇは裏切られるんだよ!!」
ビクッとソフィーが固まるし、同時にルリアが「ひっ!」とビビる。
「もう二度と俺の体は貸してやらねぇからな!!」
『卑怯ですわぁぁっ! この! このぉぉですわ!!』
ですわですわ言いながら俺がやったようにドロップキックをかましてくるが、俺の時とは違って、体を透過していく。
「お前、これ以上、うっとうしいことしてると、また裸にひん剥くぞ!!」
『セクハラですわぁぁぁぁぁ!! やっと復讐の物語が始まったと思っておりましたのにぃぃぃぃっ!!』
とギャン泣きしはじめたその後ろでソフィーが頬を赤らめながら服を脱ごうとしていた。
「おい、ソフィー、なんでお前が服を脱ごうとしてる?」
「え? だってお兄ちゃんが私を裸にして今から激しく抱くって。お兄ちゃんの体を私に差し出すって言ったから」
「言ってないよっ!!」
叫んだら、ソフィーが曇り無き眼で微笑んだ。
「え? 言ったよ? お前を絶対孕ませるって確かに言ったよね?」
「それは本当に言ってないんだけど!? てか、追手が来るかもしれないんだぞ!!」
「もしかして……見せつけるつもり? 私、初めてなんだけど……でも、お兄ちゃんが望むなら……うん、がんばる!」
「いや、おっぱじめること前提で話を進めるな! 自分の耳と頭を疑ってくれ!!」
ソフィーは時々、誤作動を起こすことがある。まあ、大変な目に遭ったのだから無理も無い。残念そうにボタンを締めなおしたソフィーを見つつ、とりあえず意識の無いフレッドを背中に背負う。
そんな俺の横でルリアが『わたくしの物語が始まらないですわぁぁぁ!』とギャン泣きしているのがうっとうしい。
「これから、どうするの? ていうか、ファヴちゃんってなんだったの?」
「まあ、細かいことは追々説明するけど、今はとにかく逃げるぞ。グリムワには、もういられないんだし……」
「……そうだね。安全な場所まで行ったら、新しい家族作らないとね」
「新しい家族ってファヴのことだよね?」
「……え? なんで今、別の女の名前が出てくるの?」
瞳から輝きを無くしたソフィーが怖いので、もういろいろ見ないフリをする。
俺はフレッドを背負いながら崩れた壁を乗り越え、グリムワの外へと出ていった。
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