第四十五話 笑わずにいられるか②

◇◇


 カタリナが正式に離脱するとファーリンは第一隊に配属となり副隊長に抜擢された。カタリナ、ラリー両名の推薦ということもあり誰からも異論が出ることはなかった。


「はぁーーー……」


 人員不足のため本隊は第一隊のみの編成となり遊撃隊配属は遂にわたし一人となってしまった。ペアを組む隊員もいないので火葬任務にも就けないでいた。

 しょうがないので一人で隊の雑用を片付けたりと忙しくしていたが、カタリナの願い『百年の呪いからの解放』が頭から離れることはなかった。


「流石は女所帯。表側は綺麗だけど……」


 第一隊が任務に就いている間はどうしても暇になってしまうので本部や宿舎掃除ばかりしていた。


「やるかーーー……」


 ここ数日はボロいワンピースにエプロンを着けて、髪の毛を可愛い柄のスカーフで纏め、マスク代わりに白いスカーフを口元に、というお掃除スタイル。

 今日はごちゃごちゃのキッチンを前に両手を腰で仁王立ち。


「まぁ、後三日は帰ってこないし……」


 マスク代わりのスカーフを首元にずらし、シンクに積まれたお皿から洗い始めた。

 カタリナが退団して既に二週間……何すればいいんだろう。分からないから掃除ばかりしちゃう。


「あーっ、もーっ……」と時折に雄叫びを上げながら手を動かす。

 何からどうしたら良いのか。剣技習得の禁止、対人魔導訓練の禁止。わたしたちに課せられた数々の制約。それらには過去からの意味があった。納得はできないけど。

 だから、これらを変えるのは多分大変。わたしが何か言っても我儘言ってるだけになっちゃう。


「さて、どうすべきか……」


 水音と食器が立てるカチャカチャとした音しかしない部屋。そこに明るい声が割り込んできた。


「ハーイ、リア。片付けご苦労様ー」

「あの荒れた部屋が……こんなに綺麗になるなんて。リア様は掃除の才能もあるんですね」

「ファーリン、タマラ、ありがとう。どれだけ片付けたって、戻ってきたら三日で元通りよ」


 ファーリンと一緒にタマラも現れた。


 ファーリンはいつもの隊服。タマラは大人っぽいドレス姿だ。相変わらず美人よ。はっちゃけた明るさは影を潜めたままだが逆に大人っぽい感じがステキよ!

 何故タマラが居るかって?

 ふふふ、ファーリンが第一隊の副隊長に就任したから今は副隊長職の研修中。その講師に引退したタマラが抜擢されたという訳なのよ。

 まぁ、普通は本隊所属の隊員が教育するから……これも人員不足による苦肉の策ってことらしいわ。


「今日の講義は終わり?」

「そうよ。リア、お茶しに行かない?」

「うん。ここが終わったら休憩にするつもりだったから」

「リア様、ファーリン、では私は帰りますね。また明日もよろしくお願いします」

「……タマラ、敬語はやめてって言ってるじゃない。あとリアもやめてください。こそばゆい感じです」

「ふふふ、私の中では『公女殿下兼、命の恩人』は変わらないわ。またね、リア様」

「もーっ……」


 手を振りながら去っていくタマラ。カタリナと同じく心を病んで去っていった女騎士の一人だ。彼女のような不幸な騎士を減らす! その決意は変わらない。でも……どうやって。


「リア、根を詰めすぎても良いアイデアは出ないわよ。さぁ、休憩しましょう」


 と言う訳で、タマラを見送ってからファーリンと王宮内のテラスでお茶をすることにした。


 副隊長の徽章を見せびらかせるファーリンとお茶を飲みながら雑談する。


「マックスってゾンビになってた人。あと、メイアさんも。ああいう人達の対応が第一隊の役目よ。新人の遊撃隊はただの火葬」

「えっ? そうなんですか……」


 まだまだ知らないことが多い。ファーリンもまだ数回の経験しかないらしい。


「意思を持った死体。彼等は自分が死んだことに気付いていない。風の城壁で囲んで生きたまま焼き尽くすの。普通の精神じゃあやっていけないわ」

「うげげっ……そ、そういうこと……」


 カタリナ隊長……元隊長は七十人以上もそんな風に辛い任務をこなしていたの……。


「そうよ。を焼いて気分が悪くなる人には本隊でのお仕事は務まらないわ」

「……」


 ファーリンのイジワル顔……と思ったら辛そうな顔にすぐ変わった。


「火炎から逃げ回る人々。確実に一人ずつ焼くの」

「先に……殺して貰うとか……」


 こんなこと言いたくない。


「感染者を増やすつもり? そして私達は対人戦のやり方を知らない……」

「苦しまないように……一気に焼いちゃうとか……」


 もっと言いたくない!


「術式『殲滅の浄化』は長時間使えるけど威力はそんなに強くないのよ。所詮は死体を焼くための術式だからさ……」

「な、何それっ! まるでわたし達が苦しむ為に存在するみたいな術式ぃーっ!」


 心底思う。こんなのバカにしてる!


「そうよね。皆がそう思ってる」

「ならば……」

「でも、それに頼るしかない」


 ファーリンは淡々と語る。皆が苦しみ、怒り、そして諦めたと。


「教会からわたし達に与えられたのは血生臭い術式ばかりよ。『風の城壁』と『殲滅の浄化』。大嫌いな『天使の仮面』、後は……『褒賞の復活』」

「『風の城壁』は素直な良い子よね。家一軒分の大きさが精一杯っていう少しポンコツなとこも割と好きよ」

「百歩譲って『殲滅の浄化』も許す。大層な名前が付いてるから期待しちゃうけど……火葬の為の術式だからしょうがないかな」

「でも、残り二つがね……ダメよね」

「そうよね! リアもそう思う?」


 この二つの術式について考えるとムカついてしょうがない。議論になるといつも熱くなっちゃう。

 ここでもファーリンが身構えるほど息を吸い込む。


「わたしね、色々勉強したの。本隊や副隊長や隊長の職務も予習したの。そしたらね、運用と術式の使い方に矛盾が多すぎるのよ! わたし達を苦しめるのが目的と疑いたくなるポンコツ規律と運用の数々。火力の弱い『殲滅の浄化』のお陰で時間が膨大にかかる。『風の城壁』のポンコツさで人数が必要になる。だから職務に当たる人数と仕事の量がアンバランスになるのよ。いつもギリギリの人数でギリギリの日程で仕事させられる。今後の計画も教えてくれない。現地に出向くと全く違う状況、大半は悪い状況になってて右往左往! 休みが取れない! 病欠もできない! 生理休暇も無いって……ブラックよ真っ黒! ブラック企業! はぁはぁはぁ……」

「リア……ステキよ……」


 勢いに気押されるファーリンが謎なことを口走るのを無視して、一旦息を落ち着けてから更に息を吸い込む。


「残りの術式なんてイジメの道具よ! 『天使の仮面』なんてカッコいい名前で機械のように精神を閉じて完璧な任務が出来るって言うけど、やってしまった事は全て覚えてて、術式を解除したらその記憶が倍の悪夢になって返ってくるって……どんな悪趣味よ! 解除しないと三日で性格変わるとか、こんなの弱い子ほどこの術式に頼るから速攻精神こころが壊れちゃう……考えたヤツ、ホントにキライよっ! でーっ……最後の『褒賞の復活』! お前は許さん! 人を焼いた御褒美に教会の術式を使って一人の復活を許されるって言うけど……触媒に自分の魂が必要って唯の自殺の道具よーーっ! はぁはぁはぁはぁ、ゲホッ……うぐぐっ」


 我ながらむせたり呻いたり忙しい。瞳からは涙も出てきている。悔しさ、悲しさ、やるせなさ、色んな感情が混じっている涙だ。


「私達の最も不快な秘密よね……」

「そう。見た目の華やかさに比べて……中身のボロボロさは……正直凄いわ……」


 暫く黙り込む二人。

 先に喋り出したのはファーリンだった。


「でも負けるつもりはないわ。私、貧乏貴族なの。だから無いものの中で工夫するのは慣れてるのよ」


 立ち上がって腕を組み、モデルのように凛として前だけを見るファーリン。飛び切りに自信満々なポーズを取って不敵な笑みを浮かべる。


「負けないわよ! 全てに負けない。だから、寿退団したら祝福してね」


 わたしの方を向いてウインクするファーリン。

 いやん、惚れてしまうわ。

 ふと唐突に思い出す。『ファーリンも私より強い』というカタリナの台詞。

 ふふふ、ホントにわたしのセンパイは素敵ね。


「それに比べて……」


 少し自暴自棄。

 百年も続くわたし達に課せられた呪い。

 こんなの……どうすれば良いか分からない。

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