第4話 選択肢

 あれから一週間ほどが過ぎた。あの理不尽な思いをしてからと言うものどうも調子が悪い。バイト先では元気がないと言われるし、オーディションには連続で落ちるしいいことがない。


 なんといっても十万円も出して買ったのに二日でお蔵入りにしてしまったゲーム機と、ゲームオーバーのまま放置しているゲームに未練があったからかもしれない。


 そうだ、そんな状態で他のゲームやアニメのオーディションへ行ったっていい演技が出来るはずがない。どんな役どころでもきっちりこなす気概がないなら、今後演じていく資格がないとも言える。それに仕事を選べるような立場では無いのだ。


 バイト先の保育所では子供たちにまで心配をかけてしまって反省している。この精神状態を吹っ切るにはあのゲームと、いや自分と再び向きあうしかない。そんな決意を胸に抱き自宅へ帰った後、いつものように缶ビールを開けずにゲーム機をセットした。


 緊張しながらVRゴーグルを被りゲームを開始した。当たり前だが前回はゲームオーバーで終わったのでその直前からと言うことになる。と思っていたのだが少し前からの再開となっていた。


『それは……

 世の中にはわがままを言ったり暴力を振るったりしない女性がいると知ったからだよ。

 別にルルーのことが嫌いになったわけじゃないのさ』


『じゃあさっきのことは――』


『ああ、もちろん本気だ。

 私はイリアと結婚しようと思う』


 よりによってこんなところからの再開とは…… またもや婚約破棄を高らかに宣言され気分は急降下である。しかしこの次に待っている選択が重要なのだ。


『ハマルカイト…… 絶対許さない……

 私に恥をかかせるなんて、殺してやる!』


 先日同様行動を選択しなければならない。こうなったらこのハマルカイト王子を刺すしかない! 意を決して王子へ狙いを定めると、ルルリラは腰にナイフを構えて突進していった。


『何をするんだルルー、こんなことをしたら重罪になってしまうぞ?

 いいからナイフをこちらへ寄こしなさい。

 今なら罪に問われないよう配慮してあげよう』


 こういうところがこの王子の気に食わないところだ。ナチュラルに上から目線で完全に見下している。頑張れルルリラ、一気に刺してしまえ! などと物騒なことを呟きながら顛末を見守っていると、結局コントローラーがブルっと震え、ナイフを叩き落とされたようだ。そして――


『GAME OVER』


 なんだこのクソゲーめ!! もう二度とやるもんか! もう完全にキレた私は、またコントローラーを投げつけて缶ビールを開けた。全くこんな事なら手を出さなければ良かったと後悔してももう遅い。すでに高額投資をしてしまったのだから何とかクリアしたい。


 しかし残されたルートはもうイリアを刺すことくらいだ。でも結局人を刺したら犯罪者になってゲームオーバーなのではないだろうか。それでも残り一つの選択肢、これしか残っていない。


 気を取り直してVRゴーグルを被り直し再開することにした。もちろんまた同じところから再開となって、またあのセリフを聞く羽目になった。


『ハマルカイト…… 絶対許さない……

 私に恥をかかせるなんて、殺してやる!』


 よし、ここでイリアを攻撃するしかない。選択肢は三つで残るはこのルートだけだ。私は確信を持って攻撃対象を選んだ。


『よすんだルルー、彼女に罪はない。

 君は興奮しているだけだ、今ならまだ間に合う。

 さあナイフをこちらへ寄こしなさい』


 当然ルルリラは止まらない。ナイフを構えてからイリアへ向かって突進していった。すると横からハマルカイト王子が飛び出してきた。


『う、うう……

 よさないかルルー……』


 ナイフの刃は王子に握られて血が流れ出していた。なんとも男らしいと言うか勇敢と言うか、惚れた女のためならと言ったところか。そんなことよりも、私はゲームオーバーにならず話が進行したことに感動していた。


『あなたが悪いのよ!

 私を棄てたからこんな目にあったんだわ。

 うう、うわあああん』


 ルルリラは号泣してしまったが、聞こえてくるのはポポポポなので締まりがない。流石に鳴き声は入っていなかったのが救いか。


『ルルリラ、残念だけど君を衛兵に引き渡さなければならない。

 さようなら……』


『そんなひどいわ!

 私は悪くないのに!』


 ポポポポと弁明をするルルリラの視界、つまり私の視界には、ハマルカイト王子へ駆け寄って自分のドレスを裂いて包帯代わりにするイリアの姿が映っていた。なんと献身的な女の子なのだろうか。高慢我儘なルルリラでは勝ち目がなさそうに思える。


 そして私は衛兵に連行され牢屋へと入れられてしまった。いったいここからどうなってしまうのだろう。まさか今度は脱獄しろとでも言うのだろうか。牢屋は薄暗く気が滅入ってくる。


 選択肢やメッセージも出てこないし、衛兵すら見える場所にはいないので何をすればいいのか全く分からない。仕方なく周囲を見渡すと、部屋の隅に何かが置いてあった。


 その方向へ手を伸ばすと輪郭が光ったので、どうやら持てるアイテムらしい。形からするとただの木の棒だがこれを何かに使えばいいのか?


 ふと鉄格子の外を見ると正面の壁に鍵かかかっている。まさかこれであの鍵を取れば出られるということ? と言うことはやっぱり脱獄ではないか。どんどんと罪が重くなる方向へ進んでいる気もするが、ストーリーが進まないことには始まらない。


 棒を片手に鉄格子から手を伸ばすと何とか届きそうだ。部屋で一人コントローラーを持った手を必死に伸ばしている姿は滑稽だろうが、今はとにかく必死なので考えないようにする。そんな風にしばらく頑張っていたら鍵に触れることが出来た。


『チャリン』


 なんということか、あと少しのところで鍵が床へ落ちてしまった。


『なんだ、何の音だ。

 あ、お前脱走しようとしていたな?

 そんな棒っきれどこにあったんだ、寄こせ!』


 衛兵に見つかってしまった! 慌てたルルリラが牢屋の奥へ引っ込み衛兵が牢の扉を開けて入ってくる。もしかしてこれは…… 私は棒を持った手を振りかぶり、衛兵へ向かって振り下ろした。すると――


『バタっ』


 衛兵は気絶したようだが念のため覗き込んでみる。すると鎧の輪郭が光っている。と言うことはこれをはぎ取れと言うことなのか? 選択された状態でボタンを押すと鎧が脱げた。よし、これに着替えて脱出しよう。


 ステータス画面を出して装備を変更すると、無事に鎧を着ることができたようだ。牢屋はすでに開いているのでそのまま出て行くことにする。地下牢からで登りの階段を上がっていき中庭らしき場所へ出た。


「ここは一体どこなのかしらねえ。

 あまりキョロキョロすると見つかりそうだから早く出なくては」


 すると少し離れたところに厩舎が見える。建物の窓から馬が顔を出しているので間違いないだろう。すぐさま移動して中へ入ると馬を出すことができるようだ。とにかくこれでさっさと逃げよう。どこへ行けばいいかはわからないが、とりあえずこの場所にいるのは危険だ。


 これで傷害と脱獄に馬泥棒の罪まで重ねることにはなるが仕方ない。ルルリラは馬にまたがると出口へ向かって走り出した。そしてそのまま街の外まで走り続けるのだった。

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