第31話 隣の席のアイスメイデンと後輩女子 【前】

「冬月くん、もう帰りましょうよ。今は何をしても徒労にしかならないと思うわ。だからまた明日にして帰らない?……ね?」


 秋乃さんからの何度目かの説得。

 俺はそれを耳に入れながらも、一年三組へと続く廊下を突き進む。

 秋乃さんの気持ちもわからないでもない。

 好きな人がわざわざツラい道を歩こうとしているのなら、誰だって止めようとするだろう。

 逆の立場なら俺だってそうしている。

 なによりも────


「冬月くん、どうしてもあの一年を助けたいの?恋人のわたしがこんなに頼んでも」


 恋人が自分以外の異性を是が非でも助けようとする姿なんて、見たくないのは当然だ。

 本来なら秋乃さんの為に足を止めるべきだろう。

 だが俺はそれどころか、秋乃さんにこんな事を口走る。


「秋乃さんが好きになった俺は、どんな男なんだ?」


「…………」


「今苦しんでいるかもしれない女の子を見て見ぬふりする俺か?それとも他人だからと簡単に切り捨ててしまう俺か?どうなんだ、秋乃さん。秋乃さんはどんな俺が好きなのか、教えてくれ。君の目には俺がどんな人間に映っているんだ」


 その問いに秋乃さんはボソリと。


「……ずるいわ。そんな風に言われたら、嫌とは言えないじゃない」


 呟くと、歩幅を大きくし、俺の前に立つ。

 そしてキリッとした顔付きで、夕日をバックにこう言ってきた。


「今回だけよ、わたしが貴方以外の為に動くのは。だから、もうこれっきりにして」


「……わかった。ありがとう、秋乃さん。俺、秋乃さんを好きになってよかったよ」


「────ばか」


 案外直接的な好意に弱いんだな、秋乃さん。

 珍しく頬が真っ赤だ。







「愛原、居るか!」


 三組の扉を開け、クラスを見渡す。

 しかし愛原の姿はどこにも見当たらなかった。

 代わりに最近顔見知りになったあの二人。


「わわっ、ビックリしたぁ!もー、急になんなの……あれ?むっちゃんと最近仲の良い冬月先輩じゃないですか!どうしたんですか、こんな時間に!」


「先輩、むっちゃん探してるの?むっちゃんなら二時間前に出てったきり見てないよ?」


 愛原の友人、鈴木さんと大城さんがいた。

 この二人は愛原経由で知り合った女の子だ。

 ちなみにむっちゃんとは愛原陸海の愛称である。


「二時間前に出てった?」


「うん、そだよ」


 となると授業終わってすぐか。

 

「ならその時、どこに行くとか言ってなかったか?こっちには顔も出してなくてさ、心配で」


「えぇ、そうなの!?おかしいなぁ、パソコン部に行くってお昼に話してたんだけど。城っち、なんか聞いてる?」


「特には……」


 どうやらこれ以上は情報を得られなさそうだ。

 仕方ない。

 リャインを送っても返信もないしな。

 ここはしらみ潰しに探すしてみるしかないか、と。


「そうか……邪魔して悪かったな、二人とも。他を探してみるよ」


 教室から出ようとした時。

 ふと大城が「あっ」と何かを思い出したような声を出した。


「ねえねえ、すずちゃん。そういえば今日一日むっちゃんの様子、おかしくなかった?なんか心ここにあらず、みたいな」


「ああー、言われてみればそうかも。口数も少なかったし、顔色も今にして思うと悪かった気がするなぁ。ずっと携帯を気にしてたけど、それとなんか関係あったり?」


 携帯を……?

 

「もしかしてぇ、先輩となんかあったのかなぁ?どうなんですかぁ、せんぱーい?」


「確かにメッセージは何度か送ったけど、何か特別にあったわけじゃないぞ。てか何勘ぐってんだ。キレ散らかすぞ」


「ご……ごめんね、先輩。からかっちゃって。ね、すずちゃん。ほら、謝る」


「うっ……ごめんね、せんぱーい。謝るからゆるしてよぉ。このとーり!」


 冗談のつもりだったのだが、そうとは知らない鈴木が必死に謝る。 

 そこへ、廊下で待機していた秋乃さんが慌てた様子で入ってきた。


「冬月くん」


「おわっ、秋乃先輩居たんですか!?こ、これは違うんですよ!密会とかそういうのじゃないですから!」


「私たち、冬月先輩には微塵も興味ありませんから安心してください!」

 

 おい。


「だから……だから!」


「湾に沈めないでください!」


「お願いします!」


 もしかしなくてもそのフレーズ、定着してんの?


「うるさい、黙って」


「「がってん!」」


 無駄にノリが良い後輩二人がつぶらな瞳で敬礼をして口を閉じる中。

 俺は秋乃さんに。


「秋乃さん、どうかした?なんか急いでるみたいだけど」


「息を殺して」


 なんやねんとエセ関西弁でツッコミたくなったが、大人しく身を潜める。

 するとそう経たないうちに、三人分の足音が聞こえてきた。

 すぐ近くを通るようだ。


「あいつもバカだよねー。田中ちゃんの電話無視するとかさー」


「……そうね」


「どしたの、田中ちゃん。浮かない顔してるけど」


 今の声はもしや……。

 それにいま田中って……。


「今のってむっちゃんとよく一緒に居た陸上部の先輩?どうしたんだろ」


「もしかして、スランプで休んでるむっちゃんの様子を見に来たのかな。むっちゃんの事可愛がってたもんね、田中先輩」


 な、なんだと?


「二人とも、その話本当なのか?あいつらが、愛原を……可愛がってた?」


「うん。ていっても、田中先輩だけだよ。後の二人はむっちゃんと話してるとこあんまり見た事ないけど」


 なんか俺の知ってる状況と、二人の話にかなり食い違いがあるな。

 主犯格らしき田中って女子が、愛原と仲がよかった?

 バカな。

 あいつは確かに愛原をいじめていた。

 あまつさえ、土下座を強要していた。

 そんな奴が愛原を可愛がっていただと?

 あり得ない。

 と、混乱していた最中。


「冬月くん、行ったみたいよ」


 どうやら三人組は遠ざかったようで、既に声も聞こえなくなっていた。


「で、これからどうするつもり?今の会話からして……」


「んなの決まってるだろ」


 俺は言いながら立ち上がり、扉を開ける。

 そしてキリッとした目付きで─────


「愛原を見つける。んで助ける。それだけだよ」


 仕方ないわね、とでも言いたげな秋乃さんと共に教室を────


「……待ってください、冬月先輩に秋乃先輩」


「二人にお願いがあるの。少しだけ時間貰えないかな」


 このまま出る訳にはいかなかった。

 真剣な顔でそう頼まれては。

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