第19話
トゲイノシシの最も需要がある部位はその棘にある。
棘のような毛を加工して編み込むことにより、鎖かたびらのような装備が作れた。
しかしマリイの『フレイムナックル』によって一部が焼かれてしまった為、査定額から差し引かれた。
それでも八万ゴルを得ることができ、三人は市場で食料を買い込んで宿に戻る。
「ごめんね。焼いちゃだめって知らなくて」
マリイは落ち込んでいたがクレイとアリアだけではトゲイノシシを討伐することは無理だった。
「気にしないでいいよ。全部じゃないけど棘も肉も売れたんだから」
「久しぶりにお肉が食べられるのはマリイさんのおかげです」
二人に褒められ、マリイは安心して笑った。
トゲイノシシの肉を売りに出す時、その一部を切り取ってもらった。
それを市場で買ったフライパンと炎の魔鉱石で調理し、三人の目の前にはステーキが並べられている。
他にもパンやスープなど最近のクレイにとっては豪勢な食事だった。
「いただきまーす」
空腹だった三人はおいしそうに狭いテーブルに並べられたものを食べていった。
食事が終わるとギルドを作ろうとしたきっかけの話になり、事の顛末を聞いてマリイが驚く。
「え? ビッグマウスを一人で倒しちゃったの?」
Cランクモンスターはいくらマリイといえども一人で討伐するのは厳しいレベルだ。
モンスターの討伐難易度はDから飛躍的に上がり、Cともなると多くの犠牲者が出てもおかしくない。
それをたった一人で倒すなど最高峰であるミスリルクラスやその下のダイヤクラスのギルドに所属している猛者でなければ聞いたことがない。
そんな偉業を達成した本人は現実感がなさそうだった。
「みたいなんですけど、ほとんど記憶がないんです……。クレイ様を助けないとって思ったら体が熱くなって、気付いたら既に終わっていたみたいで……」
「なにそれ? どういうこと?」
「よく分からないんです。そんなこと今までなかったし。でも、もしかしたらこれが原因かもしれません」
アリアは自分のお腹を指さした。
するとうっすら聖刻印が浮かんでくる。
「その、これをクレイ様にいただいてからなんだか体がぽかぽかするんです」
マリイはジト目でクレイを向ける。
「クレイ……。こ、これっていわゆる淫も――」
「ちがうよ。これは聖刻印って言って、まあ簡単に言えば人が本来持ってる機能を高めるんだ。だから断じてマリイが思ってるようなものじゃない」
「……だといいけど。前から思ってたけどクレイってなんかエッチな気がするんだよね」
クレイは飲みかけていた紅茶を吹き出し、咳き込んだ。
「ごほっ、ごほっ。そ、それはその……誤解というか、なんというか……」
昼にみたマリイの胸のことが忘れられないとは口が裂けても言えなかった。
今でも顔を上げるとテーブルに乗って形を変えたマリイやアリアの大きくて柔らかそうな胸に目線が誘導されている。
マリイは怪しみながらも見えなくなっていくアリアの聖刻印が気になっていた。
ベッドに腰掛けると天井を見上げて、どことなく淡泊に呟いた。
「あたしも刻んでもらおうかな」
クレイは目を丸くする。
「え? どこか怪我してるの?」
「いや、それはないけど。でもさ、なんか不公平と言うか。羨ましいと言うか」
「どういう意味?」
鈍感なクレイにマリイは顔を赤くしながら不機嫌になった。
「とにかく! あたしもクレイの奴隷になるんだから、その証明があった方がいいと思うの。それともアリアには刻めてあたしにはできないって言いたいの?」
「それはないけど……」
クレイは溜息をついて諦めた。
マリイがいなければ今日の夕飯はありつけていない。
そのお礼と思えば安いものだ。
「分かったよ。じゃあ、じっとしててね」
「う、うん」
マリイの期限が戻るとクレイはその隣に座った。
そしてマリイのうっすらと腹筋が見えるお腹に手を触れる。
するとアリアに刻んだものと同じ聖刻印がマリイの引き締まったお腹に刻まれる。
「終わったよ。どう?」
「……なんかお腹が温かい気がする……かな?」
ほとんど変化はなく、マリイは首を傾げた。
「まあ、傷の治りとかは早くなると思うよ。アリアもそうだったし。でもそれ以外の効果についてはまだ深く分かってないんだ」
「そんなものをあたしに刻んだわけ?」
マリイは不安そうにお腹を撫でた。
クレイは慌てて取り繕う。
「で、でもアリアにもマイナスの影響はないし、大丈夫なはずだよ。……多分」
クレイは自虐的に笑って視線を外した。
「それに紋章使いができることなんてたかが知れてるしね……。結局できるのはサポートくらいだし。それも即効性がないから現場では役に立たないし……」
クレイは自分で言っていて悲しくなっていた。
マリイはそんなクレイを励ます。
「そんなことないって。みんなクレイの紋章のすごさに気付いてないだけだよ。今日だってクレイに強化してもらわなかったらあんなに楽には終わらなかっただろうし。だから元気だして。ね?」
マリイはアリアに目配せした。
アリアは頷いてクレイの隣に座る。
「そうですよ。クレイ様は自分が思っているよりすごいお方です。もっと自信を持ってください」
アリアがクレイに体を寄せると大きな胸が押しつけられた。
それを見たマリイも同じように自分の胸をクレイに押しつける。
「そうだよ。ほら」
「ちょっ! ちょっと二人とも近いって!」
クレイは顔を真っ赤にさせていた。
その横から二人は大きな胸で挟み込む。
同じような柔らかさだと思っていたクレイだが、アリアの胸はマシュマロみたいにふわふわで、マリイの胸は張りがあることを感じていた。
不意打ちのせいでクレイのズボンはゆっくりと膨らみかけていた。
それを見たアリアとマリイは顔を赤くしながらもクレイの太ももに手を伸ばしていく。
同時に二人はクレイに顔を近づけ、その唇が触れそうになろうとしていた。
しかし、いきなりドアが開くとアリアとマリイは異常を察知してすぐさまクレイから離れた。
「な、なに?」
クレイだけ反応が遅れて混乱していると、ドアの向こうから見知った顔が入ってきた。
「こんなところにいたとはな」
ライルはクレイを見下ろすと鬱陶しそうにそう言った。
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