一話

第2話

 クレイ・ビックロッドは仲間を危険から守る騎士になりたかった。

 だがそれの夢も十五才の時に受けた適性試験であっけなく破れる。

 クレイには騎士の才能はおろか、魔法使いも戦士の適正もまるでなかった。

 それでもクレイは諦めなかった。

 できる限りの努力をして、唯一適正のあった〈紋章使い〉としての腕を磨いた。

〈紋章術〉は冒険者に魔力で象った紋章を付与することで基礎能力を上げる。

 即効性がなく、クエストでは優先順位の低い〈紋章使い〉だけどあると便利だ。

 そう評価され、クレイはギルドの中でも上から三番目のプラチナランクに位置する『ブラッドファング』に所属できた。

 だがここでもクレイは主役じゃない。

 クエストに出掛ける冒険者達に紋章を刻んで送り出す。謂わば補助係だ。

 強化魔法を使える魔法使いの方が圧倒的に冒険では役立つ。

 紋章が体力100を110にするなら、強化魔法は200にできるからだ。

 だけど紋章なら一度刻めば長くに渡り効果を発揮する。

 強化魔法は精々が数十分間だ。

 だから無駄ではないが効果が分かりづらいのが欠点だった。

 それでもクレイは自分の職に誇りを持っていた。

 自分の力がギルドを陰で支えていると思っていた。

 でもそんな微かな自信でさえ、才能を前には吹き飛んでしまう。

「冒険者達が帰ってきたぞお!」

 ギルドに響く声に反応し、中にいたみんなが歓迎する。

 クエストに出て成果を得てくる冒険者達は誰もが憧れる英雄だった。

 今回は八人のメンバーでダンジョンへ挑み、どうやらかなりの成果を得たらしい。

 団長のレイルを筆頭に、このギルドのメンバーは強者揃いだ。

 祝勝パーティーの中、クレイはギルドの端っこで盛り上がるみんなを遠巻きに眺めていた。

 そこに団長の秘書で亜人のエレノアが話しかける。

「どうも一級宝物が出たようよ」

 エレノアが嬉しそうなのも無理ない。

 宝物とはダンジョンで得られるアイテムのことで、そのレア度や強さによって階級が付けられている。

 一級は特級に次ぐ二番目の価値があった。

「それはすごいですね」

 クレイは緊張していた。

 エレノアはこのギルドのアイドルみたいな存在だ。

 綺麗な金髪をサラリと伸ばし、いつも穏やかに微笑む。

 なによりその大きな胸は隠そうとしても隠しきれないほどだ。

 亜人はクレイらヒューマンに比べてスタイルがいいが、エレノアはその中でもトップクラスだった。

 後ろから見ても胸が見えるのはエレノアくらいだ。

 その大きすぎる胸をドレスに閉じ込めている。

 ドレスの下は薄く透けた前掛けみたいになっているのは亜人の特性からだ。

 亜人は尻尾があるからそれを後ろから出さないといけない。

 だから前掛けの下はほとんど布がない紐の下着を履くのが一般的だ。

 そのせいで後ろから見ると臀部のほとんどが露わになっている。

 ドレスの下はレースのストッキングを履いていて、むっちりとした足が伸びていた。

 そして亜人の義務である首輪の装着も怠ってない。

 牛の亜人であるエレノアは嬉しそうにその尻尾を振った。

「ええ。これでうちも更なる高みに行けるわ。きっと色のない世界へも。団長がいつも言っている『俺達はミスリルを目指す』の実現もそう遠くないかもしれないわね」

 ミスリルは他のギルドと一線を画す。

 なにせ国政に参加できるからだ。

 国会で発言し、国を動かす一票を手にする。

 その権利を有するのは何百何千とあるギルドの中でも十に満たない。

 だからこそハードルは高く、ほとんどのギルドは目指すことすらせずに諦めていた。

 その一員になれればそれだけで誇れる。

 クレイは二つの意味でドキドキしていた。

 一つはトップギルドの一員になれるかもしれないということ。

 もう一つはエレノアをこんな近くで見られることだ。

 目の前で揺れる大きな胸に思わずつばを飲み込んだ。

 この胸をクレイの好きにできたら……。

 そんな妄想を思わずしてしまう。


『もう我慢できません!』

 そう言いながらあの胸に顔を埋め、揉みし抱きたい。

 そしたらエレノアは

『ああん❤ ダメよ。ここじゃダメ。二人きりになれる場所に行きましょ?』

 なんて言ったりして……。

 それからあんなことやこんなことを……。


 自分でも思うけどクレイにはむっつりなところがあった。

 妄想しているとエレノアが不思議そうに覗き込む。

「あら。どうしたのクレイ君?」

 前屈みになったエレノアの谷間が強調された。

「え? べ、べつになんでもありません!」

「そう? 顔が赤いわよ?」

「これはその、ちょっと風邪気味で……」

 下手な言い訳にエレノアは色っぽく微笑んだ。

「フフフ❤ 相変わらずかわいいわね」

「あはは……。かわいいは勘弁してください……」

 そう。

 クレイはどこに行ってもそう言われていた。

 かわいいとか女の子みたいだとか言われるのを気にしていた。

 童顔で結んではいるが髪を肩辺りまで伸ばしているせいもあって、ぱっと見だけでは女の子に見える。

 どこに行っても男扱いされないから、未だに童貞だ。

 そのせいか事ある毎に妄想してばかりだった。

 クレイが落ち込んでいるとこのギルドのエースの一角が嬉しそうな笑顔でやって来た。

 マリイはエレノアと同じ亜人で、クレイと同い年にしてギルドでもトップクラスの実力を誇る〈格闘士〉だ。

〈格闘士〉はその名の通り四肢を駆使して戦う戦士だった。

 真っ赤な髪を後ろで燃える炎のようにまとめたマリイの両腕には特別製のガントレットが装着されていて、それで敵を殴り倒していく。

 ビキニに前掛け、ハイソックス姿なのは動きやすいから。

 だがそのせいでクレイはいつも目のやり場に困った。

 マリイはエレノアとまではいかないけど大きな胸を揺らして元気に笑いかける。

「久しぶり。今回もクレイの紋章のおかげで助かったよ」

「えっと、お世辞でも嬉しいよ……」

「もう。お世辞じゃないって」

「だけど〈魔道士〉の人もいるから僕の紋章はあんまり役に立ってないと思うけど……」

 弱気なクレイにマリイは反論する。

「そんなことないって。たしかに強化魔法はすごいけど、戦闘以外では使わないし。そんな時はクレイの紋章がありがたいんだから」

「だといいけど……」

 マリイは呆れると首輪が微かに揺れる。

「まったく。何度褒めてもクレイはそう言うんだから。もっと自分に自信持った方がいいよ」

 褒めてくれるのは嬉しいが、クレイをこんな風に褒めてくれるのはマリイしかいないのでどうしても社交辞令に思えてしまう。

 エレノアがマリイに笑いかける。

「相変わらず仲良いわね」

 マリイはほんのり頬を赤く染めた。

「べ、べつにそういうわけじゃないですよ。助けてもらったからお礼を言ってるだけで、人として当然です」

「フフフ♪ そう」

 エレノアが微笑むとマリイは気まずそうに視線を逸らした。

 クレイが目の前で揺れる二人の大きな胸をちらちらと見ていると奥から団長のレイルがやってくる。

 ブラッドファングの団長であるライルは金髪碧眼の美男子だった。

 背が高く、体も鍛えられている。

 軍服をアレンジしたジャケットにベルトを締め、長い足をズボンに収め、ブーツを履いていた。

「何の話をしている?」

「ただの世間話です」

 エレノアがそう答えるとライルはクレイを見下ろした。

 クレイが苦笑するとライルはエレノアとマリイに告げる。

「今回も恒例の祝勝会だ。パーティーのあとに活躍した奴らを三人ほど別室でもてなす。それとは別にマリイ、それとエレノアは接待のためにあとで奥の部屋に移動しろ」

「はい。了解しました」

 エレノアは微笑んで頷いた。

 しかしマリイは眉をひそめる。

 ライルはそんなマリイに尋ねた。

「返事は?」

「……はい」

 返事を聞くとライルは踵を返した。

 クレイが特別な祝勝会に参加できる人達を羨ましがっているとライルは背中越しに言った。

「あとクレイ。お前はパーティーのあと俺の部屋に来い」

「え? あ、はい!」

 クレイの返事に振り向くことなくライルは盛り上がるギルドの中を横切り、団長室へと入って行った。

 クレイはもしかしたら自分も祝勝会に参加できるのかとワクワクしながらパーティーを部屋の端っこで楽しんでいた。

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