中編

「あれ、なんか声が?」

 大城がコチラを振り向いてくる。と、同時の出来事だった。

「グアァッ!!!!」

 と、イルカよりも一回り大きい、シャチほどのウオドラが目の前に迫っていた。

「でか……」

 パンパンパンパンと銃声が響き、ウオドラは倒れ、波によって沖へと引きずられていった。

「まだまだ来るぞ!」

 まだ周囲に三匹ほどのウオドラが残っている。どれも色はワニのグレーのような色だった。

 ドラゴンの目はギラギラと光、よだれがあごを伝う。

 さっきの銃声でハッと思い出した俺は肩に背負っていた銃を取り、真正面にいたウオドラを狙撃した。

 隊長、大城が両サイドのウオドラを三発ほどで仕留め、ハラハラコンビは銃弾を背負う。

「クカァッ……!」

 しぶとかった目の前の相手も、五発目でやっとバシャンと大きな音を立てて倒れ、口からは生々しい血液が見えた。

「死んだ……」

 と、波のせいか体がブルブルと震えはじめた。いや、寒さのせいじゃない。恐怖だ。ウオドラに対する、いや、初めて死を目の前にした恐れだ……。


「クアーッ」


 ――あ?

 と、急にブルッと悪寒が走った。

 恐怖か? それもある。

 だが、確かに背中にぬめりを感じる。


 ヌルヌル、ヌルヌル


“それ”は確かにうごめいていた……。

「なあ、シロやん、ちょ」

「さぁてと、飯食うか。急に戦闘態勢になって疲れたろ。次何が来るか分かんねぇからな。遅めの昼飯にしようじゃねぇか」

「よ、待ってました!」

 背中を覗いてくれと言おうとしたときに隊長の一声が入る。

 そのまま、みんな安堵したような顔でテントへ引き上げていくため、言えなかった。俺は砂に足を取られている間も、いきようのない気持ち悪さを引きずっていた。




 米を炊いたのが大城だったため、真っ黒で最高にまずい米を食わされたが、取り合えずそれが午後のスタートとなった。

「抜け目なく海を見張っておけ」

 ――そんなこと言っても、ずっと見ておけるわけないじゃないっすか。

 少しでも暇をつぶすため、トラックの荷台に上がり、濡れた服を変えることにした。

 ガバッと勢いよく裸になり、着替えを取ろうとした時。

 ――これは!

 確かに、背中に感触があった。素肌に染みる何かの液体。なのに、何かゴツゴツした。それは背筋を伝ってだんだん首の方へ来ている。思わず肩に力を入れ、目を閉じたその時。


「クアーッ」


 ボトッと何かが落ちる音がした。

「……あっ?」

 ぬめりはあるが、何かが蠢く感じはない。

「んだよ?」

 上半身裸のまま呆然と立ち尽くしていたが、取り合えず着替えることにした。と。

「は?」

 自衛隊の迷彩服に溶け込む、ゴツゴツとトゲのような鎧に、魚のような細かい鱗と尾びれ。

「ウオーーーッ?!」

 思わず叫んでしまった。

「クカーッ!」

 うるさい、とばかりに相手がリアクションしてくる。

「ウオドラ、だよな? うおにウオーか」

「カーッ」

 コブラの威嚇の声に似た少し高い鳴き声は、まるで隊長のようなダジャレに面白くないと返してくれた。

 しかも、そのウオドラはポケットに入っている大城の米のおむすびを食べていた。

「お前、死にてぇのか?」

 銃を持ってこようかと迷って出したこの言葉に、そのウオドラは急にウルッとなった目で上目遣いをしてくる。

「フッ……カワイイじゃん、おめぇ」

 元々、動物には弱い性格なのだ。俺は思わずウオドラを抱き上げ、肩に乗せた。その口を押えて下着姿のままこっそりと近くにある海水が少し混ざった池に放した。池は草が生い茂り、まあまあ深く広いため見つかることはないだろう。

「寒っ! 服着よ」

 急に吹いた浜風に身体はブルッと反応した。




 その日はあれからウオドラは来なかった。夕食を済ませ、俺はこっそりと鍋に残っていた米をラップに包み、池の方へ早足で向かって行く。

「おい、シバ。お前どこ行くんだ?」

 隊長が相変わらずの仏頂面で訊ねてくる。

「ちょっと息抜きっす!」

 行く前に、しっかりと言い訳も決めておいたから、多分バレないだろう。

 サクッ、サクッとバレないように静かに砂を踏んで池へ近づく。

「シャーッ!」

 と、夜の空を切るかのような鳴き声。それと同時に、ドラゴンのような頭が水面からニュッと飛び出した。

「よぉ。お前、米好きなんだろ? 分かってるぜ」

 そう言って、一日中ハラハラさせやがった柳原が炊いた米を差し出した。

「クカーッ! クカーッ!」

 ウオドラはいよいよ体全身を露わにして握り飯を食らい始めた。

「そうか、美味いか。じゃ、名前はなんて言うんだ。米……」

 そのまましばらく考え、隊長のおかげなのかふっと思いついた名前があった。

「シャーリー、てどうだ」

 レイ・シャーリーという俳優が最近バズっているし、米、シャリ、シャーリー。良いじゃんか。

「っしゃシャーリー。自衛隊のお偉いさんが何を言ってもお前だけは守ってやる」

 そのカッコいいセリフを置いて、俺は急いでテントへ駆けだした。




 それから、一週間。

 人員はやっと増強され、毎日三時間はウオドラと戦っている。

 俺は毎日池へ出向いた。


「シャーリー、お前ふりかけ嫌いなのか?」

「寿司ダメなのか? ウオドラは魚ばっか食って漁業被害をもたらすってのにな」

「お前一週間前トカゲくらいの大きさだったろ? 今ウサギ並みだろ。成長しすぎだろ、おい」


 目に見えてどんどん成長するウオドラの子供。それを楽しみつつも、同族のウオドラを狙撃し、殺し続ける。

 皮肉なものだ。

 シャーリーがさらに大きくなれば見つかり、殺されるのだろうか。なら、早く海に放した方が良いのか? そうすれば殺されてしまうし、何より離れたくはない。何か上手い方法はないのだろうか?




 そんな任務を続け、早くも一か月が経とうとしていた。

 この活動に近隣住民からいよいよ文句が上がり、政府の支持率は低下の一途をたどる。

 それでも、首相の命令を独断でやめるわけにはいかず、幹部への出世という欲望も交わる。

「来たぞ!」

「ヤバ」

 バーンバーンと俺も銃をぶっ放す。今日は特にウオドラが多い。おかげで、顔から足まで血だらけになっている。

 海の向こうからはさらにたくさんのウオドラが見えている。不思議なのは、どれも陸へ向かってきているということだ。

 と――。

「おい、何か鳥が近づいてきてるらしいぞ! でっかい虹色の鳥らしい」

 変な無線。

 それだけだと思っていたが、数分後、その正体が早くも分かってしまった。


「クエェェェッ!!!!」

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