第6話 メルロート公爵家の策—ウィリアムの決意
よもやこの私が女性に恋をするなど、私自身驚いている。
弟の様に自己紹介をすべきであろうか?だが、それを語り字数を使うのは無駄であろう。省かせて頂く。
出会いは半年前。陛下に報告書を提出する為に登城した帰りであった。王城の一階は玄関ホールを抜けると、王の間と謁見の間、控えの間、近衛詰所、大ホールにドレッサールームなどがあり、丁度私が王の間と謁見の間を通り抜けた所、後宮へと続く王の間から彼女が現れた。
涼やかな面差し。視線は床に落ちているが、柔和な口元にふんわりと桃色に色付いた肌。何よりも、その佇まいに釘付けとなった。凛と鋭さのある姿の中に、柔らかさのある手元、程よく力を抜いた肩肘が醸し出す優美さ。まるで一輪の薔薇の様だと私は思ったのだ。
息を飲み、立ち止まり、1人呆然として彼女の姿を見送った。
馬車に乗り込むその姿さえ美しく、御者を羨ましく思った。それから3度程彼女を見掛けた。いつも決まって王の間から現れる彼女は……側妃、または陛下の
それからと言う物、彼女の夢を見て、起きて尚彼女の姿が脳裏から離れない日々が続いた。そして私の頭に突如として鐘が鳴り響いたのだ。
カーン カーン カーン
「そうだ。結婚しよう」
決まれば即行動の私である。彼女の隣に立つ為に、爵位は必要だ。父には隠居してもらおう。それに、彼女に合う部屋も設えねば。そして、我が家が懇意にする工房に頼み、彼女をイメージした細工を全ての物に施した。彼女も気に入ってくれると良いのだが。
だが、そんな矢先にある事実を私は知った。
彼女が第二皇子レオリオの婚約者であると言う事を。そして、ご実家の困窮。諦める事も、先へ踏み出す事も……どうする事も出来ぬと思った。だが、私の愚弟レナウスが言った一言が私の中に眠る何かを揺り動かした。
『ならば、助けて差し上げては?』
そうだ。助けて差し上げよう。結婚はしたい……だが、もしそれが駄目でも側にいる事は出来る筈だ。そして、あわよくば結婚したい。いや、結婚したい!格好つけてみても、本音はそこなのだ。私は色恋にも疎く、女性とお付き合いした事も無い唐変木だ。だが、彼女の為ならば己を変えよう。
家族会議の後、私は父の書斎へと向かった。
「父上、先程の話ですが」
「本気なの?」
「はい。彼女を逃せば……私はこの先妻を娶る事は無いでしょう」
「え~~本気~?父さんまだ隠居する気無いんだけどなぁ」
「ミセス・マリアーナ……オールドール太公夫人。第五側妃レネミア様。後……」
「来週にはカマナードに行きます」
父の女の趣味は悪い。人妻を掻っ攫う事に喜びでも感じる質なのであろうか?だが、秘密のある人間の秘密を暴くにはタイミングが肝要。まさに今だろう。これで爵位は得た。さて次はどうするか?次も愚弟、愚妹、従姉妹殿に知恵を借りよう。
「兄上、本気なの?」
「アナスタシア。私は本気だ」
「でも……お話をした事も無いのですよね?」
そうなのだ。彼女の中にまだ私は居ない……だが、この時世の貴族の何処に顔見知った者同士の婚姻があるか?家同士、謀り事の婚姻が貴族の婚姻なのだ。私を知らずとも、結婚は出来る。
「そうですよ兄上。婚約中のご令嬢を横から攫うなんて……我が家を破滅させたいのですか?」
「ならばどうしろと言うのだ?」
すると、ここで帝国学園に通う従姉妹殿が破談の策を考えた。流石女策士と呼ばれるだけの事はある。
「ウィル兄様、まずは破談。そして救援、最期に彼女に兄様を知ってもらう。そうで無くては、兄様はただの間男になってしまいますわ」
「間……男、だと?」
「えぇ。だって皇族の婚約者を奪うのでしょう?ならば兄上は後から出て来た間男ですわ」
それから、従姉妹殿はレオリオに会うべきだと言った。そして、もしも皇子にその気が無いのであれば破談を匂わせるべきだと。そして、まさかそれが上手く行った事に私は驚きを禁じ得ない。何故なら、皇子は側仕えの男を愛していると私にその秘密を打ち明けてくれたからだった。ならば、私は俄然その禁断の愛を応援しようでは無いか。公爵家の全権力を行使しても応援して差し上げる旨をお伝えした。
「兄様、次は救援ですわ」
従姉妹殿……私は君を決して敵にはしたく無いと心から思っている。頼んで置いてなんなのだが、時折恐ろしくすら感じるその無駄の無い作戦が、能力が。もし、我が家に向けられたとしたなら、一夜として公爵家は立ち行かなくなるのでは無いだろうか。
「私が調べた所、皇妃のご実家はかなり悪どい手を使って伯爵家を追い詰めておいでですわ。不渡を出した海運業などが特に酷いですわね」
どんな手を使ったんだ!従姉妹殿!怖い!たった2日で他家の情報をそこまで掴むなんて…。
「兄様、この会社の株を買い、共同経営者となりましょう。そして、カルカンダ領の経理主任。彼をこの会社の外部取締役として出向させれば、皇妃様のご実家の不正流用している資金の幾らかは回収できる筈ですわ」
「分かった」
私は恵まれている。こんな私を応援し、支えてくれる弟妹に従姉妹殿。そして、今は遠くカマナードで日々女性と浮き名を流す父上。感謝する!
「さて…残るは兄様を認知させる事ですが。これは難易度が高いですわね。なんせ、破談された没落令嬢と既に世間ではそう認知されておりますし、ここでいきなり兄様が結婚を申し込んでも彼方様はお断りなさるでしょう」
「な、何故です?メリー姉様。私だったら嬉しいと思うのですが」
良く聞いてくれた愚妹よ!そう、私もそれが知りたい!
「私、調べましたの」
またか!その情報網を私に譲ってくれ‼︎
「伯爵、爵位の返上をお考えですわ」
「「‼︎」」
な、なんだと⁉爵位の返上?平民になると言うのか!それは困る!困るぞ‼平民に手を出すなど貴族には法的に許されない。それで無くとも、平民の男が彼女に触れるなど……私が許せない。
「あ、兄上!そうなる前にエリアリス嬢を我が家にお迎えしなくては!」
「そ、そうだな!明日にでも婚約の申し込みをしに……」
「カームッダウン‼」
「へぶしっ!なっ、なんですかメリー!何で僕を殴るのさ!」
影の参謀メリーは、震え抱き合う我等にまるで悪魔の様な笑みを見せたが、本当に恐ろしく我が身の危険を感じた。
「良いですか?今伯爵家に求婚すれば、憐れみや慈悲を与えられたと感じるはずです!そうなれば……金で身を売ったと周囲は言うでしょう。それに、エリエリス嬢も破談の原因が兄様だと知れたなら……嫌悪されますよ」
「「‼」」
「策は……あります!」
どうする‼どうする⁉この悪魔の手を取って…大丈夫なのか⁉
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