第64話 あり得ない……!

「これは……やっかいだね……」


 ユーティわたしは、全方向に注意を向けながら思わずつぶやいていた。


 わたしを取り囲むジップの分身は、いくら斬ってもその数を減らせない。殺しても殺しても次々と新たな分身が生まれてくる。これほどの魔法となれば莫大な魔力を消費するはずだ。


 だから戦闘直後は、こんな戦い方を長時間できるはずないと考えていた。ということは出現した分身をすべて倒せばそれで終わりだと思った。


 でも分身が消える様子はまるでない。それはもはや、無限に出現するかのようだった。


(このままでは……こちらの魔力が尽きてしまう……!)


 ただでさえ、魔獣召喚で大部分の魔力を消費してしまったのだ。ここで根比べをしていたら、わたしのほうが不利かもしれない。だけど突破口が見つからない。


(この手の魔法のセオリーは、本体を叩くこと……)


 であるならば、わたしと戦っている分身達に本体が紛れているはずがない。だから地上にいるジップ、そのどちらかが本体ということになる。


 ミュラと一緒にいるジップか、レベッカ達といるジップか……


(都市を出ようとしていたのはミュラといるほう……でも、気づかないうちに入れ替わった可能性が高いか……)


 この乱戦に乗じて、本体と分身とが入れ替わって、本体はすでに姿をくらませているかもしれない。戦闘時に弱点を晒し続けるだなんてあり得ないのだから。


あのとき、、、、……ジップの固有魔法を把握できなかったことが、ここまで尾を引くなんて……)


 そんな後悔がわたしの脳裏に浮かんだ──その直後。


 ジップが目前に迫っていた!


「──!」


 慌てて剣を振り下ろし、その分身を両断する。だけど次から次へと分身が迫ってくる!


(くっ……油断した! けど……!)


 分身から、縦横無尽に繰り出される攻撃だが、しかし魔法で生み出された刃ではわたしにダメージを入れることは出来ない。


(なら攻撃を気にせず切り伏せるのみ!)


 そう判断したわたしは、もはや駆け引きも剣技もかなぐり捨てて、次々と迫り来る分身を、ただひたすらに切り伏せていく。


 しかし──数が多すぎる!


「物量でわたしを押し込めるつもり!? そんなことしたって無駄だよ!」


 迫り来る分身に声を掛けるも、分身は無反応のまま接近してきて──


「──!?」


 背中を取られた!


 羽交い締めにされたわたしは、その分身を振りほどこうとして──ジップの囁きが耳に届く。


「死ぬんじゃないぞ」


「!?」


 その直後、背中に激痛が走る!


「くあっ……!」


 一瞬、わたしの視界は真っ白になり平衡感覚を失う。


 直後、別の分身に、正面から取り付かれた。


「な、何を──!」


 さらなる激痛。


 わたしは意識を失わないよう歯を食いしばる。


(なぜ、攻撃が届いた……?)


 薄れゆく意識を必死に掴んで、わたしは目を開ける。


 光景が逆さまに見えた。


 つまり落下している?


 逆さまの分身が何人も迫ってきた。


 腕を取られる。


 攻撃をこれ以上受けたら──負ける。


広域雷撃トニトゥルーム・レイト!」


 ほぼ無意識に魔法を発現させて、目前に迫る分身達を打ち落とす。


 だがその分身の向こうには、さらなる分身が群をなしている!


(あり得ない……!)


 このわたしを──


 ──魔人たるわたしを、こうも簡単に追い詰めるなんて!


 これが固有魔法だというのなら、魔人の魔法をも超えている!


 そもそもどうやって魔法無効化を──


「──っ!」


 津波のように迫り来る分身達が、再びわたしに取り付いてくる!


 わたしは必死に分身を引き離した直後、分身が爆発四散した!


「自爆!?」


 その光景を見た直後、わたしは地面に打ち付けられる。


「くぅ……!」


 激突の衝撃に呻くも、わたしは理解する。


 このダメージは、自爆によるものだと。


 自爆自体は魔法であったとしても、その爆発エネルギーは物理攻撃だ。取り付かれて自爆されては魔法無効化も意味がない。


「な、なんて無茶苦茶な戦法を──!」


 まさか、分身の数に任せて自爆してくるなんて!


 予想だにしない戦法だけど──わたしにも隙はあった。


 固有魔法を持っているとはいえ、相手はどうせ人間だと思っていた。


 だから、物理攻撃を当てられるなんて思いも寄らなかったのだ。


防御結界ディフェンシオ・オービチェ!」


 わたしは地を這いながら防御結界を展開するも、すでに分身達に取り囲まれている。


 起き上がれないわたしを見下ろして、ジップが言った。


「勝敗は決した。投降しろ、ユーティ」


「……っ!」


 徐々に視界が霞んでいき、ジップの姿が揺らいでいく。思ったよりダメージが大きい。


 防御結界により、これ以上の自爆攻撃は受けないとしても、戦闘を長引かせればこちらの魔力が尽きる。


 それに、もはやわたしが魔人であることは明白だろう。であるならば──


「──飛翔ヴォーラス!」


「まだ抵抗する気か!?」


 わたしは、渾身の力で飛翔魔法を発現する。


 分身達を薙ぎ倒し、森の中を低空飛行して向かうその先に──レベッカ達の姿が見えた!


「止まれユーティ!」


 レベッカ達の周囲に結界を展開するのは、ジップの本体なのか分身なのかは分からない。


 だけどわたしの狙いは──ジップじゃない!


「そんな結界、紙切れ同然!」


 わたしはレイピアを構えて結界に突貫し、その勢いのまま結界を打ち砕く。


「ユーティ!」


 取り付こうとするジップを薙ぎ払うと同時、わたしは転移魔法を発現させる。


「えっ!?」「なっ!?」


 レニとレベッカの声が聞こえてくるが、遅い!


 二人の体が光った次の瞬間には、二人は掻き消えていた。


「ユーティ! あいつらに何をした!?」


 迫り来る分身達の攻撃を躱して、わたしは告げる。


「あの二人を助けたいのなら、上層に来なさい」


「お前!?」


「わたしも上層で、待ってるよ」


 そうして、怒りを露わに攻撃してくるジップをいなしてから、わたしは上層へと転移した。

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