第49話 ダンジョン攻略においてはオーバースペック過ぎるのだ

 オレが退院した翌日、ジップオレは、レベッカとレニに見送られながら、調査クエストへと繰り出した。


 調査クエストのメンバーは、ゲオルク、ユーティ、ミュラ、カリン、そしてオレの五名。いずれも心強い面子である。ちなみにゲオルクの提案で、敬称や敬語は煩わしいのでナシにしようということになった。


 万が一にでも非常事態になったとき、デスマス調でやりとりしていたら回りくどいし、意思疎通が遅れて死んでしまうかもしれないからな。ただミュラさんのデスマス調は癖で抜けないとのことだったが。


 そして五人の編成は、ゲオルクが前衛で、中衛がユーティ、そして後衛にミュラ、カリン、しんがりのオレと続く。


 カリンは非戦闘員なので、ミュラとオレでがっちりガードするという体勢だ。


 当のカリンは、オレの腕にしがみついて離れないので、しんがりを勤めるという状況ではなくなっているが。


 そんなカリンに、ユーティが振り向いてから言った。


「ねぇ……そんなにくっついていたら、ジップが戦えないよ」


 なんか以前も、ユーティはレニに同じ事を言っていたなぁ……


 ユーティの険のある視線に、しかしカリンはガクガク震えながらも臆することなく言った。


「だだだ大丈夫だよ。わたしの索敵魔法で、魔獣を定期的にチェックしているから。もし魔獣が近づいたらジップから離れるよ」


 ちなみにカリンが震えているのは、睨むユーティが怖いというわけではなく、ダンジョンに入ったこと自体が怖いらしい。まぁ非戦闘員だしな。


 だからカリンは臆せず言い返したわけだが、しかしユーティは納得していなさそうだった。


「索敵魔法は完璧じゃないでしょう? 気配を消してこられたらアウトじゃない」


「気配を消すなんて芸当をする魔獣、この辺はゼロだよ」


 確かに魔獣は、常に敵意剥き出しで襲いかかるばかりだしな。形勢が不利になっても逃げることすらせず、最後の一匹になっても、ある意味で果敢に襲いかかってくる。もはや、人を襲うのが本能とでも言わんばかりに。


 そんな本能を持ち合わせているから、気配を消して忍び寄ってくるだなんて魔獣はしてこない。その点は、地球にいる野獣のほうが何倍も利口と言える。本能が襲撃である魔獣と、本能が生存である野獣の違いといったところか。


 もっとも上層階に行けば、気配を消す魔獣がいるのかもしれないが、少なくともこんな低層階では見たこともない。このパーティの誰よりもダンジョンで戦い抜いたオレですら見たことがないのだから。まぁ戦い抜いているのは残機たちだが。


 そんな状況だから、カリンはオレにしがみついているわけだが、しかしユーティはどうしてか不服そうだった。


「気配を消す魔獣がいないとしても、索敵の間隔によっては魔獣の接近を──」


「ユーティ」


 するとミュラが助け船を出してくる。


「カリンの索敵魔法の目をかいくぐって魔獣が接近してきたとしても、ジップなら問題ないでしょう。そして多頭雷龍のような魔獣が出現したのだとしたら、わたしたち全員が気づけるはずです。ゆえに問題ありません」


「けど……」


「そもそもカリンは、調査員として連れてきた非戦闘員なのですから、多少のことには目をつぶってください」


「……分かったよ」


 ギルドマスターにまで言われて、ユーティは渋々といった感じで引き下がる。


 ミュラが牽制したのは、カリンが固有魔法持ちであることを詮索されたくなかったからだろう。


 もっとも、いま同行している時点で、ゲオルクもユーティも、薄々分かってはいるだろうし、だからユーティは、ミュラに注意されて詮索をやめたのかもな。


 カリンの固有魔法については、どうしてかオレにだけは事前に教えてくれたのだが、ユーティとゲオルクには明かされていないのだ。


 その固有魔法の内容は、横断索敵。


 通常の索敵魔法は、自分を中心点として円を描いて索敵範囲が広がるが、その直径は数十メートル、魔力を注ぎ込んでも数百メートルが限界で、壁などの障害物があれば範囲はさらに狭まる。だがカリンの場合、平面円の索敵直径は実に3000キロにもなるという。確か日本列島の長さと同じくらいだったはずだ。


 日本で例えるなら、日本列島のどこかに魔獣が出現したとしても、カリン一人が公務員をやっていれば、的確な避難指示が出せるわけだ。凄まじい能力である。


 さらに横断索敵は、平面だけではなく立体も可能とする。つまり円状ではなく球状が索敵範囲なのだ。


 何しろダンジョンは階層構造になっているから、オレたちが住むフリストル市より深い階層もあれば浅い階層もある。そんな立体構造をなすダンジョンで10階層分の索敵が可能とのこと。


 その立体索敵は、上方向に5階層、下方向に5階層の索敵をすることもできれば、上方向にだけ10階層分の索敵もできるそうだ。


 しかも横断索敵は、壁・天井・床などの障害物の影響を受けることもない。


 ほんと、とてつもないの一言なのだが……ただこの能力、固有魔法の割に、ダンジョン攻略の現場においては、そこまでの優位性はなかったりする。


 魔獣は、ちょくちょく群れることがある。意図しているのか偶然なのかまでは解明されていないが、そういった場所に、なんの準備もなく冒険者パーティが出くわしてしまうと、絶体絶命のピンチになることは言うまでもない。


 だから群れとの不意な衝突を回避するためにも索敵魔法を使うわけだが、群れを回避するためだけであれば、通常の索敵魔法で十分なのだ。


 それに索敵魔法を常時展開していたら、魔力がいくらあっても足りないから、「なんか、あの曲がり角の先……キナ臭いな。索敵してみよう」という経験知は必要になるが、であったとしても日本列島分の範囲を索敵する必要はないし、上下階層の索敵なんて、ダンジョン攻略中におこなっても無意味だ。


 普通の魔獣は、天井や壁を打ち破って出てきたりしないのだから。多頭雷龍ほどの魔獣は例外として。


 そんなわけでカリンの固有魔法は、ダンジョン攻略においてはオーバースペック過ぎるのだ。


 だがしかし、これが都市防衛の観点から見ると一変する。魔獣は、群れをなして都市を攻撃してくることがあるからだ。


 いや、群れをなして攻撃してくるというのはちょっと語弊がある。何しろ奴らには『都市を攻め滅ぼす』という発想はないからだ。


 だがしかし、上層階で強い魔獣が群れ始めると、弱い魔獣は下層階へ押しやられ、そこでまた群れが出来たら、今度はさらに弱い魔獣が下層階へ押しやられ……そういう玉突き事故のような感じで、大量の魔獣が都市に押し寄せてくる危険がある。


 そうならないためにも冒険者は、害虫駆除よろしく魔獣を常に狩っているわけだが、広大なダンジョンでは、群れ始めた段階の魔獣を的確に見つけるのは難しい。


 だからカリンの固有魔法は絶大な威力を発揮する。


 何しろ都市にいながら、平面では日本列島分の範囲をカバーし、立体では10階層分の索敵が可能となるからだ。


 そんな能力だから、まず群れつつある魔獣を発見することが出来る、ギルドのオフィスにいながら。そして、入念な戦闘準備をした数十名の冒険者を派遣させられる。


 フリストル市がここ十数年、魔獣の襲撃を一度も受けなかったのは、ひとえにカリンのおかげなのだと、あの冷静沈着なミュラが言っているのだから、その貢献はお墨付きといったところだ。


 まぁだからカリンは、冒険者でもないのに今こうして駆り出されているわけだが。


「うう……あの剣士のお姉さん、おっかないよ……」


 相変わらずオレの腕にしがみついて、カリンはぼそりとつぶやいた。オレは苦笑しながらフォローしておく。


「職務に熱心なんだよ。都市の平和を願っているというか」


「まぁそうだよね、分かってるよ。できるだけ邪魔にならないようにするよ」


 とはいえ、だ。


 すでに何度も魔獣に出くわしているが、今のところカリンの索敵は必要ないし、オレの出番もない。


 何しろ高レベルの冒険者パーティだ。都市周辺のダンジョンであれば、魔獣は相手にもならないだろう。


 そうしてオレたちは、多頭雷龍が出現した大空洞へと難なく到着した。

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