第7話

 





 間抜け面でポカーンとしていたじじいが意識を取り戻すと、何故か大爆笑を始めた。

お腹を抱えて、息が出来ないくらいの大爆笑である。

イライラが頂点に達したのでじじいの脛を思い切り蹴り上げたけど、僕の貧弱な肉体じゃダメージはほとんどなかったらしい。腹立つ。


「さすがに失礼が過ぎるので打首にしていいですか?」

「ハッハッハ! まあ待て! これでも儂ァ最上級の大魔導師だぜ? もちっと穏便に行こうじゃねぇか」

「穏便に行きたくても腹が立ってそれどころじゃないんですが」


めちゃくちゃ腹立つんですが。本当になんなんだろうこのじじい。

大魔導師って言ってるけど胡散臭過ぎるんですけど。この国の大魔導師がこんなんとか、ちょっと、っていうかだいぶ嫌なんですが。


 真顔でそんな事を言おうか言うまいか悩んでいると、当のじじいから予想外の反応が返ってきた。


「まあ落ち着けや童、つまり、時間魔法の研究をしてぇってこったろ?」

「時間魔法ですか?」

「肉体を若返らせたり、老化させたり、そういう事だろ」

「なるほど……」


 時間魔法という存在は、初耳である。

いくら書庫で勉強しても禁止された魔法などは保存されてないから、きっと禁則事項に分類されてしまったものなのだろう。

どれだけ本があっても、無ければ読めないのである。


「つっても、概念として存在してるだけの幻の魔法だ、そう簡単にゃ見付からねぇぜ?」


「あなたは、いえ、じじいは何故それをご存知なんですか?」

「なんで今わざわざ言い直した? まあ良い、何を隠そう、儂ァその魔法を長年研究してきた第一人者だからな」


ドヤ顔でウインクして来るじじいを殴りたい。

でもどうせ何もダメージが無いんだろうな。腹立つな。


「……何の為に?」

「少年になって、若い女子にチヤホヤされるために決まってんだろ」

「は?」


 え、気持ち悪っ。


「なんでェその顔は、健全な理由だろが」

「下心しか見えてないですが、それって本当に健全な理由なんですかエロジジイ」

「あのなぁ、若い女子が少年に向ける愛玩的な視線を受けたいってだけで何故にそんな目を向けられにゃならん」

「気持ち悪いからです」


 相当気持ち悪い事言ってると思うんだけど、これ僕が変って訳じゃないよね? このじじいが変なんだよね?

ついナメクジを見る目を向けてしまったけど、どう考えても仕方ないと思う。だって気持ち悪いし。一体何する気なんだこのじじい。


「オッサンになりたい童が言うと説得力ねェなァ!」

「違いますオッサンじゃありません、壮年です」

「似たようなモンだろが」

「というか僕の純粋な愛とじじいのヨコシマな願望を一緒にしないでください」


 なんでこのエロジジイと僕が同列に語られなきゃいけないんだよふざけんな。僕が何したって言うのさ、本当にやめてほしいんだけど。

僕は本当に純粋に、彼女と釣り合う人間になりたいだけなのに。


「まあそう言うな、お前さんは歳を取りたい、儂は若返りたい、使う魔法系統は同じとくらァ、協力しあえるじゃねェか」


 ニヤリとニヒルに笑って、やっぱり腹の立つドヤ顔をしながら言い放つエロジジイの顔面に本を叩き付けたい。

しかし、言っていることは分かるし、なんなら魔導師の協力者は喉から手が出る程欲しかった。

正直僕一人ではどれだけ時間が掛かるか分からない。

知識も手に入るし、研究も出来る。

メリットしかないことを考えると、乗らない手は無いだろう。


当の魔導師が地味に気持ち悪くて鬱陶しいのが問題かもしれないけど、この人の力量は何故か理解出来ていた。相当、凄い人なんだろう。


「むぅ……確かに、それは一理ありますね……、でも、どうして僕なんです?」


 それはどうしても気になる部分だった。

どう考えても僕以外だって問題ないはずだ。

むしろ僕はまだ七歳で、力量だってこの国の魔導師達と比べるべくもない。

ただ本を読み漁って勉強して、ある程度理解出来ただけで、魔法も魔術も一切使えないのだから。


「あァ? お前さんはココに入って来ても平然としてンだろ」

「それがどうかしたんですか?」

「大抵の奴ァ入った途端に気絶すンだよ」


 初耳である。

改めて周囲を確認するが、チラチラと視界の端に色んなものが映るくらいで普段と変わっている気が全くしない。

このじじいの言う事が嘘なのかどうかは、世間知らずな僕には、分からない、としか言えない。

しかも嘘を言っているようには見えないのが更なる問題だった。


「そんなに危ない所だったんですか?」

「そりゃそうだろ禁書しか置いてねぇ禁書庫だぜ? 近寄っただけで魔力吸われる本もあれば、幻術で感覚を狂わせて良いように操ってくる本も置いてある」

「……なるほど」


 禁書というものがどれだけ危険なのか、僕の認識は少々甘かったらしい。

読んで利用したら世界を揺るがすくらいかなと思っていたけど、まさか本単体が物理で現実に影響を与えるなんて思ってなかった。

でもそれ、禁書って言うより封印しなきゃいけない本の間違いなんじゃないだろうか。


「ともかく、内蔵魔力量以外にも、魔力抵抗力とそれなりの力量がねェと立って歩く事すら覚束ねェのが禁書庫よ」


ということは、僕には内蔵魔力量と魔力抵抗力が禁書庫に入って歩き回れるくらい、それなりにあるということか。

多分凄い事なんだろうけど、これがどのくらい凄いことなのか全然分からない。産まれて七年だから仕方ないね。


「つまり僕はじじいから見て及第点ということでしょうか」

「おう、つーかそのじじいってのやめろ、儂にァ大魔導師ガルガーディンっつー称号と名前があんだよ」

「じゃあガルじいですね、僕はヘルムートです、ヘルって呼んで下さい」


 大魔導師ガルガーディン、僕でも名前を聞いた事があるくらいの、魔導の世界での超大物である。

この人の論文、めっちゃ読んだよ僕。


「お前さん、話聞いてた?」

「はい、これから一緒に魔法の研究してくれるんですよね?」

「……チッ……食えねぇ童だな、ったく、まあいい、まずは魔導書だったな? こっちだ、ついてこい」


 じじい、もとい、ガルじいはそう言って踵を返したのだった。

この人が本当に大魔導師ガルガーディンなのか、人柄的にも信用は出来ないけど実力は無駄にあるように見えるから、せいぜい利用させてもらう事にしようと思います。


これが僕とガルじいの出会いだった。


 

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