第27話 約束はプレスリリースまで

 3週間前、1人の女性が米国にある竜司の探偵事務所を訪れた。

 彼女の名は『サバラン』という。竜司がソフィアの夫であることを知っての訪問だった。


 彼女の依頼はスーミア日本支社長:カルロスの捜索願いだったが、同時期にCDNカードを日本支社に置いたまま、失踪してしまった同僚ペイストリー2名の事も気にかけていた。


 竜司はサバランを疑ったが、ペイストリーとスーミア社の歴史、日本支社の危機について熱弁する彼女を信用することにした。


 竜司は【カルロス捜索の報酬】として、後任ペイストリーを決めることを提言し、後任候補には自分の姪である『長久手亜矢』を推した。

 

 日本支社とペイストリーを味方につける事で、国内におけるテリーの身バレを防ごうと考えたのだ。


 サバランは条件付きで竜司の提案を受けた。

 日本支社のペイストリーに竜司の推薦者を認める代わりに、日本国内におけるスーミア日本支社への協力者を用意すること。

 

 また、この取引内容は今後シベイリア共和国から発信されるであろう、プレスリリースまで。決して誰にも言わないこと。


 竜司はその条件を飲み、日本国内の協力者として暗知の名を挙げたようだ。


「そんな話聞いてました?」

 テリーは暗知の顔を覗き込んだ。

 

「確かに初耳だね‥‥まぁ、竜司らしいけど」

 暗知はため息を吐くと、背筋を伸ばした。


「我々がプレスリリースまで内密にしなければならない契約ではないからな。竜司さんに進言された通り、先んじて暗知を頼る事にした」


 10日後の火曜日、シベイリア共和国からスーミア本社の社長が日本支社に来社するようだ。

『スーミア社 東アジア会議』の為、東アジアのレアメタル開発方針を協議する会だ。


 スーミア社のアジア各支社長も集まる場で、支社長就任のプレスリリース日を決定する会でもあるとのこと。


「問題は、その会議に米国支社長も参加するようだ」

 近藤はうなだれると溜息をついた。


「アジア支社の会議なのにですか?」


「米国支社の資本力は全社でもトップだからな。日本支社を取り込む前の根回し、視察に来るんだろうよ」


「米国支社が日本支社を狙っているという証拠はあるんですか?」


「カルロス前支社長の置き土産がある」

 近藤は席を立つとデスクからメモリカードを取り出した。


 中身はレアメタルを採掘するための技術資料や協力会社のリストだった。

 日本のデペロッパーから設計事務所、地理学者に化学研究所、あらゆる方面でキーマンが米国支社に引き抜かれた。カルロスは日本を去った関係者リストをデータ化して残していたのだ。


「米国支社は日本支社の弱体化を推進している。このままだと、自力でレアメタルの採掘ができない、弱小支社だと非難されるだろう」


「すでに戦いは始まってるんですね‥‥」


「我々も手を打たない訳ではない」


「何か策があるんですか?」


「今は本社に泣きつく以外ない、接待だ!」


 近藤は方針会議の前夜に勝負をかけてた。

スーミア本社を味方につけ、米国支社の日本進出を防ぐ策だった。


「とにかく公安調査部との連携が必要だね。まずはツテを頼ってみるよ」

 暗知は近藤の#策__・__#を無視した。


「なんで近藤先生は、火の車状態の日本支社なんて引き受けたんですか?」


「引き受ける前までは、これ程まで不味い状況だとは思わなかったし、正直逃げ出したい。しかし、この会社には恩があるからな」


「近藤先生にも辛かった時期がありますしね」

 テリーは暗知の事務所で見た、キングファイルに記述されていた近藤の過去を思い出した。


 近藤は目を丸くしてテリーを見つめると、微かに笑った。

「協力頼むぞ、それと『先生』は辞めてくれ」

 そう言うと、近藤は両手を波立たせるように動かし、おどけて見せた。


「そろそろ行こうか、チュロスが待機してるよ」

 マカロンはおどける近藤をスルーすると、2人に帰宅を促した。


‥‥‥

‥‥‥‥


 地下駐車場に降りてくると、チュロスが待機していた。シルバーのセダンだった。


 帰りの車中で、暗知は携帯でメールを打ちながら尋ねた。

「チュロスさんはどうしてペイストリーに?」


「彼はあたしの前職での上司でした。ペイストリーの事を調べてたし、命を落とす前に誘ってあげたんです。変な人ですが、信用はできます」

 マカロンが答えると、チュロスはから笑いしながらラジオを付けた。


 ラジオDJがリスナーからの便りを読み終えるとeimyの曲が流れ出した。


「またeimyのLive見れますかね~」

 どうやらチュロスはeimyファンのようだ。


「‥‥しばらく出てこないと思いますよ」

 テリーは少し迷ったが、断言した。


 eimyこと中村里美は現在、警察の取り調べが続いているはずだ。無罪放免としても、これまで通りに活動を再開できるとは思えなかった。


「お二人はeimyの事件に関与してましたよね~?実は青坂palletでお二人が会場から出てきたのを目撃しましてね~」


「御察しの通り、Live会場に潜入しましたからね」

 暗知は今自分が乗っているシルバーのセダンに尾行された話まではしなかった。


「お近付きの印に、教えて差し上げます~。ミハエルは米国ペイストリーと通じて日本で悪事を働いていました~。勿論、私たちとの関与は無いので、お見知りおきを~」


「ミハエルが早く捕まるように、少しだけ工作はしたけどね」

 マカロンは助手席で腕を組んでいた。


(窃盗犯が使用した自転車の件か?)

 テリーと暗知は目を合わせると、eimyの一件で、中村里美に窃盗行為を行なったのは、この2人だと認識した。


「当面の私たちの仕事は、他国ペイストリーの活動を監視、阻害することです~。ただ、日本の警察や公安調査庁の方と行動を共にする気はありません~」


「どうしてですか?日本での犯罪抑止と言えば、利害は一致してると思うんですが」


「それは私たちがペイストリーだから。仕事の為なら手段は選ばないからです~」


 テリーはチュロスの言葉を聞いて、ひったくりに遭い、病院に運ばれた中村里美の姿を思い出した。


「次は上手くやるさ、きっと」

 マカロンは小さく呟くと、助手席のフロントガラスに額を寄せた。


 そうこうしていると、急遽ラジオが報道番組に切り替わった。

《速報です。民主化運動により、国内で度々衝突を起こしていたシベイリア共和国ですが、新政権樹立との発表がありました。労働党に代わり、民主党が実権を握るようです。日本時間21時より世界に向けて新政権の会見が開かれます。以上、速報でした》


 再びeimyの曲が流れ始めると暗知は腕時計を見た。

「2時間後か‥‥。この際、一緒に夕食でもどうかな?みんなで放送を見てみようよ」


「ん〜〜、じゃあ、転居祝いという事にしておきますか!」

 マカロンは少し悩んだようだが、暗知の誘いに乗った。

 車は国道を抜けて、入り組んだ住宅街に差し掛かっていた。


‥‥‥

‥‥‥‥


 蔦の絡まる平屋が見えると、暗知は裏手に駐車するよう、チュロスに指示をした。

「さてと、急いで食事の準備をしよう」

暗知は車を降りると先陣をきって正面玄関の鍵を開けると皆を中に入れた。


「スーパーまで買い出しに行ってきます。何か買う物あったらLI●E入れといてくれますか?」

 テリーは買出し役を買って出た。


「もう三輪に頼んであるから大丈夫だよ。テレビはまだ無いから、これで我慢してくれるかい?」

 暗知はパソコンと小型のプロジェクター取り出すと、広間中央の床に置いた。


「直置きはやめましょうよ‥‥」

 マカロンはチュロスと協力してキッチンに置いてあるテーブルを広間に運び入れると、機器をテーブルの上に置き直した。

 テリーは椅子を四つテーブルに配置していると、インターホンが鳴った。三輪が到着したようだ。


「初めましてペイストリーの御二方、私は警視庁捜査一課9係の三輪と言います」

 事前に2人情報は、暗知から知らされていたのだろう。


 三輪は軽く挨拶を済ませると、飲み物とスーパーの惣菜が入ったビニール袋をテーブルに置いた。

 漬物にパスタ、納豆巻きに赤ワイン‥‥急いで調達したせいか、チョイスの適当さが垣間見れた。


 テリーが紙皿の振り分けをしていると、程なくしてインターホンが鳴った。訪問者は凛子だった。

 凛子はそそくさと名刺をマカロンとチュロスに渡し、挨拶を交わした。


「お疲れ様、マサト君は大丈夫?」

 暗知は紙コップに赤ワインを注ぐと、凛子に渡した。


「ええ、実家に預けているわ。東堂君とマコは来ていないようね」


「現役調査部員は凛子さんと三輪だけだからね、東堂とマコさんには連絡しないでおいたよ」

 暗知の言葉を聞くと、凛子は少し表情を曇らせた。


 テリーは自分用に2Lのオレンジジュースを紙コップに注ぐとペットボトルをチュロスに渡した。彼はオレンジジュースを紙コップになみなみと注いでいた。


「東堂さんとマコさんにも、声かけてあげたらよかったんじゃないですか?」

 テリーは凛子の様子を察すると、暗知に声をかけた。旧事務所で見た公安調査部メンバーに、東堂とマコの名前も記載されていたからだ。


「10年前はメンバーだったけど、今も調査部に所属しているのは三輪と凛子さんだけなんだ」


「そんな良い環境じゃないって事だ、あの2人には同窓会の時にでも、声を掛けよう!」

 三輪はテリーの肩に腕を回した。


「私たちは知りすぎたからね、引き続き任務には協力するという条件で退職したんだ。もちろん、私もね」

 暗知の説明にテリーは納得いかなかったが、深く言及しない事にした。皆が乾杯を待っていたからだ。


「それでは、皆さん‥‥転居祝いにお集まり頂きありがとうございます。シベイリア共和国の報道が始まるまで、どうぞおくつろぎ下さい‥‥それでは、乾杯!」


 暗知が声を上げると、皆も一斉に紙コップを高く掲げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る