第26話



 結界の力に守られたユーナちゃんが奮闘し、脅威は去った。

 周囲に集まっていた低級の魔物はことごとく魔法に打ちのめされ、ユーナちゃんのチュートリアルは危なげなく完了する。


「な、なんとかなった……」

「見事じゃな。コントロールが難しい風属性でありながら、全く乱れのない魔力操作。それは同年代でなら匹敵する者などいない天武の才じゃろうて」


 彼女が発動したのはこの世界の魔法使いが初期に覚えるとされる、ウィンドボールという魔力風の塊を相手にぶつける初級魔法だ。

 しかし初級魔法とはいっても属性によって特色があり、他の属性に比べてコントロールが難しいとされるのがこの風属性である。


 水や土といった質量があるものならば運用するのにイメージが容易いし、火に関しては魔力が属性に変換された時点で色としての視覚情報を得られるため、こちらも比較的理解が簡単な部類。


 そんな中で、風という属性は魔力を風属性に変換したときに、大した質量も感じられなければ色も見えない。

 己の魔力操作だけで力の流れをコントロールし、魔力風を塊として射出しなければならないのだ。


 だから風属性に適性のある魔法使いは、努力の成果が表れ難いこの時点で躓くことが多いと言われている。


 ユーナちゃんはその辺の事情をすっとばして、独学で学んだにも関わらず己の風属性を使いこなしているあたりが優秀だ。


「えへへ~、そうかな! そうかな! 私って凄いかなぁ~?」

「うむ、大変優秀じゃ。王都の魔法学院へ入学希望している者の中でも、こと魔力の操作技術という点において群を抜いておる」


 魔力量や魔法への理解、または扱える属性の多さや戦況を見極めて魔法を選択する力といった、魔法使いに必要な全体的な才能ならマルクス君がぶっちぎりで最強だけどね。


 ただ、ユーナちゃんはマルクス君には無いコントロールにおけるズバ抜けたセンスがある。

 魔力量が少ないならまだしも、常人どころか大貴族すらも凌ぐ魔力がありつつ、これほどの制御技術を持つのだから、それがどれだけ困難なことかはマルクス君を見れば一目瞭然というもの。


 希代の大天才ですらも悩まされていた制御の問題を、ユーナちゃんはいとも簡単に乗り越えてしまったのだ。


 その実力だけは誰にも負けないくらい、確実に凄いと言えるだろう。


「ええ~っ!? いやいや、そんなわけないよっ!? 魔導書にはこのくらいできて当たり前だって書いてたもん! ……というより、今更だけどあなた達は誰? 助けてくれたのは嬉しいけど、この辺の人じゃないよね?」


 おっと、ようやく俺とツーピーの不審さに気づいたらしい。

 恩を感じてくれているので邪険にはしていないみたいだが、少し警戒させちゃったかな?


 窮地に現れる謎の実力者を演じるのも一苦労である。


 アカシックレコードの情報は一日に一回しか更新されないので、事前に未来を演算していないと、状況によっていくらでも移り変わる心の内までは覗けない。


 今回はユーナちゃんがどうやったら助かって、結果的に俺が師匠ポジションに収まれるのかという項目しか考えていなかったのが仇になった。

 やっぱり、なんでもかんでも超能力に頼るのはよくないね。


 ちょっとしたアクシデントに対応できなくなる。

 よって、この場合の対応としては……。


「さて、誰じゃろうかのう? その辺は秘密じゃよ。ただ一つ言えるのは、これから魔法学院へと入学を希望しておる有望な若手を見極めに来た。それだけじゃ」


 とか言って、思わせぶりな台詞て誤魔化すのがいいだろう。

 ただ嘘は言っていない。

 有望な若手を見極めにきたのは本当だし。


 ただちょっと、将来的にマルクス君や勇者たちと関わってもらいたいだけである。


「う~ん、教えてくれないか~。確かに凄い魔法使いなのは分かるし、魔法学院の事情にも詳しいのは本当みたい。あっ、ということは……、もしかしてっ! 私をスカウトに来た学院の先生か、その卒業生なのかも!」

「ふぁっふぁっふぁ。違う」

「ガ~ン!?」


 おっと、俺は魔法学院の関係者とかではないよ。

 でも事情に詳しいのは本当で、スカウトにきたのもまあまあ的を射ている。

 いろいろと勘の鋭い子だ。


 ただ否定はされつつも、ユーナちゃんは俺たちのことをそういった方向性で考えているみたいだ。

 まあ、怪し過ぎて疑念を抱かれたままよりはマシだろうか。


 疑念は時に不信につながり、最終的に裏切りになるからね。

 勘違いされるにしても、こういうポジティブな方向で勘違いしてくれるのなら否定はしないでおこう。


「とはいってものう、見どころのある少女に声をかけるつもりだったのは本当じゃよ? 儂はこう見えて熟練の魔法使いでなぁ~。お主さえやる気があるのなら、儂自ら魔法を鍛えてやらんでもない。独学は大変じゃろう?」

「ええ! いいの!?」

「うむ、うむ」


 いいよ~。


 教科書にしていた魔導書はもう全部理解しちゃったみたいだし、勉強に必要な知識が集まらなくて苦労していたらしいからね。

 きっと願ったり叶ったりだったのだろう。


 ちなみに、さきほど魔法使いは初級の風魔法ができて当然、魔導書にもそう書いてあったと語ったユーナちゃんではあるが、その解答には少し語弊がある。

 そもそも魔導書というのはそれなりに魔法を使える魔法使いが、研究のために集める資料みたいなもの。


 よってこれは熟練者を想定して言いまわされた記述であり、初級魔法とはいえ風の属性魔法を新人が簡単に扱えるというのは間違いなのだ。

 そんなこと言われてしまったら、世間の新人魔法使いたちのほとんどが挫折してしまうだろう。


 なお、この魔導書は何代か前の村長が集めた書籍コレクションの一つを、受験のために借り受けていただけのものらしいけども……。

 正直な話、よくそんなものから勉強してここまで魔法を極めたねと思っている。


 さて、それでは。

 この俺ことゴールド・ノジャーに師事することには結構乗り気ユーナちゃんのアポも取れたことだし、今回はお開きとしますかね。


「儂は明日からもここに来る故、魔法を学びたくなったらいつでも遊びにくるとええよ」

「ほんとう!? じゃあ、お言葉に甘えて……。あっ、でも見返りは何にすれば……? 私、魔法のお師匠様に払えるお金なんて持ってないよ?」


 そんなことは気にする必要はない。

 だが、そういってもこちらの事情を気遣ってしまうのが優しいユーナちゃんである。


 だからここは建前として、いまもバナナの食べ過ぎでダウンしているツーピーを利用させてもらおう。


「そのことならば心配無用じゃ。いまここに寝転がっておる幼女にも魔法を指南している途中故、授業に参加する者が一人から二人になったところで、大した労にはならんよ」

「う~ん。バナナを食べ過ぎて、動けない……。ちょっと眠いのよ……」

「ほえ~」


 ツーピーの緩い感じがちょうどよく状況にマッチしたのか、この見るからにポンコツっぽい幼女に教える片手間で魔法を見てもらえるなら、それでもいいかもと思ったご様子。


 偶然とはいえ、ナイスファインプレーである。

 ツーピーはこういうときには役に立つ。


 ゴールド・ノジャー、覚えた。




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