第6話
何かに絶望したかのように肩を落とし、俯いてしまった弓使いの女性はともかくとして。
とりあえず今のところ優先すべきは意識を失い血を流している前衛二人の回復だ。
片方は剣と盾を装備したいかにも戦士といった出で立ちの男。
もう片方は体格は小柄な短剣を二本装備した、身軽な斥候少女だ。
おそらく斥候の少女はガードで前線を担うのではなく、小回りとスピードを生かした回避力で敵を翻弄することで第二の盾として機能しているのだろう。
人種でいうと、人間組が男の戦士と弓使いの女性、魔法使いの男性がファンタジーに馴染みの深いエルフで、斥候の少女がハーフリングと呼ばれる成人後も子供の体格を維持する器用さに長けた種族。
回復職がいないことを除けばバランスの取れたパーティーであるが、冒険者として高位な彼らの任務に耐えうる神官など探してすぐ見つかるようなものではない。
この世界において、回復魔法に適性のある人間種というのは貴重なのだ。
それに回復は魔法だけではなく、道具によっても代用することが可能。
かなり高価にはなるが、ポーションと呼ばれる液状の回復薬が魔法のように傷や体力を癒すなど、この世界ではあたりまえの常識であった。
しかし今回は残念なことに、既にポーションの類はすべて使い切ってしまっていた様子。
そりゃあ格上の雷虎を相手に粘っていたのだから、手持ちが尽きるのもさもありなんといった感じだ。
故に、ここは不老の魔女ゴールド・ノジャーが回復魔法の妙技を見せつけるところだろう。
まあ、種を明かせばアカシックレコードの力で適切な回復魔法を理論や技術ごと脳にインストールしているだけなのではあるが、そこは内緒である。
なに、八年前にもボロボロだったレオン少年を癒した実績がある、失敗はしないだろう。
「何はともあれ、まずはそちらの二人を癒さねばならんな」
「二人を治していただけるのですか……?」
「貴様は儂をなんだと思っているのだ。交渉のテーブルに着く前に二人を見殺しにしてしまっては、取引もなにもあるまい」
まだ生き残った後衛二人が対価を示していないのにも関わらず、こちらが歩み寄る態度を見せたためかかなり困惑しているらしい。
この世界の魔族って基本的に残忍だし、弱小種族である人類と交わした約束など簡単に反故にする生き物だから、わからないでもないけど。
ただし、魔族の魔法というのは今の人類に理解できないほど卓越しているものが多くあるので、一度治せるのだと口にしたことが見栄やハッタリではないとも思っているご様子。
まあ見てなって、ちょちょいのちょいですよこの程度。
人類に対して報酬を先払いする謎の魔族として疑いの視線を向けられつつも、二人の傍まで立ち寄り軽く魔力を流す。
すると周囲にはキラキラとした黄金のエフェクトが咲き乱れ、辺りを明るく照らしたのであった。
下手な治療で後遺症など残さないよう万が一を鑑みて、回復魔法を利用するときは最高のものをと考えているのだが、いかんせん高位の魔法には派手エフェクトが勝手に展開されてしまうのが悩みどころだ。
どうにかしてこのエフェクトを消せないものか考えてみてもいいが、そう何度も他人を治療することなど無いので、いつも先送りにしてしまっている。
案の定弓使いの女性は放心したように黄金の光に見とれているし、腰を抜かしていた魔法使いの男性など卓越した魔力操作と構築に瞠目し、まるで奇跡でも目の当たりにしたかのような勢いで体を乗り出している。
もちろん腰は抜けているので、四つん這いの状態でだ。
滑稽な恰好であるが、プライドを捨てて未知の魔法を観察する魔法への執念、ちょっと尊敬するかもしれない。
「キレイ……」
「これが魔族の魔法……。す、すばらしぃいいい!」
「ほう? 儂の魔法をみて奇麗だとは。なかなか見どころのある人間じゃのう」
そうして光が収まると、数舜遅れて前衛二人の意識がもどったのか、まず戦士の男がガバリと上体を起こし周囲を見渡した。
全身鎧ではないものの、それでも戦士として重そうな金属パーツを身に着けているその恰好で、よく機敏に動けるものだ。
身体能力が絶望的に低い体の持ち主としては、多少の嫉妬を覚えてしまう。
「…………ッ!! すまん! 不覚にも意識を失っていた! 戦況はどうなった!? 敵は!?」
「落ち着いてダイン。あの魔物なら立ち去ったわ」
「立ち去った……? まさか、そんなことが。いや、それよりも体調が妙に良いんだが、何か知らないかクレア」
そりゃそうだ。
雷虎の爪で切り裂かれはみ出した内蔵も、雷撃で炭化しつつあった損傷個所もすべて癒したのだから。
感謝してくれてもいいよ。
だが彼は、意識を失う前と復活後で状況があまりにも違うせいか、巻き角をした魔族と思わしき俺が傍らに立っていることにも気づかない。
冒険者として一流のプロだからこそ、あの局面で生き残れたことに対しうまく整合性が取れず、混乱しているのだろう。
さて、あとはもう一人の斥候少女の復活を待つだけなのだが……。
おや……?
何やら首筋に冷たい感触が……。
「それよりもさ~。この魔族どうするんよ? ウチはさっさと殺すべきだと思うんだけども~」
おや。
おやおやおや。
いつの間にか意識を取り戻し、気配を隠して近づいていた斥候少女が俺の後ろに回り短剣を首に突き付けていた。
オウ、ガッテム!
油断したぜこんちくしょう。
まさか意識を取り戻すまでにタイムラグがあったのは、こちらを油断させるために起き上がる機会をうかがっていたからだとでも言うのだろうか。
なるほど、確かに彼女は素晴らしい斥候技術をお持ちのようだ。
油断も隙もない。
だが相手が悪い。
このゴールド・ノジャーたるもの、自身の肉体がどれだけ脆弱かは理解しているつもりだ。
いつなんどき、どんな形で不意打ちを受けてもいいように、常に自身の体表には目に見えない結界魔法を展開している。
首に突き付けられたその刃が、俺を傷つけることは絶対にありえないのであった。
そして、もし仮に傷を負ったとして、それが致命傷になることもまたありえない。
なぜなら、俺の肉体には常に自動で回復魔法がかけられ続けているから。
だって面倒なんだもの、ちょっと走ったり動いたりしただけで体力が切れて、毎回回復魔法のお世話になるのが。
本体が脆弱であるがゆえに、そこらへんは抜かりないのであった。
ただしそれは事情を知っている俺視点だからこそ理解可能なことであり、さきほどまで和気あいあいとしていたダインとクレア、あとまだ名も知らぬ魔法使いの男性エルフはようやく状況が切迫していることに気づき、こちらを勢いよく振り返って瞠目する。
「せっかちな小娘じゃのう。そして何より哀れじゃ。格の違いもわからぬとはな」
「ははは~。この状況でよくそんな軽口がたたけるね~。さすが魔族」
「ならば試してみるがよい」
次の瞬間、他の冒険者メンバーが早まるなと斥候少女を止めようと動き出すよりも速く、疾風のような速度で首に突き付けられていた短剣が結界魔法の上を薙いだ。
……が、しかし。
当然ながら、俺は傷一つ負うことなくその場で悠然と構え続けるのであった。
う~ん。
短剣の操作技術は50点、気配の消し方については90点といったところかな?
斥候としてはまあ、合格!
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