ゴールド・ノジャーと秘密の魔法
たまごかけキャンディー
【一章】ゴールド・ノジャーの人助け編
第1話
底なしの黒に染められた、意識の深淵。
そう、それは男にとっては光の届かぬ、限りのない死の世界であった。
待てど暮らせど死の世界にはなんの変化もなく、ただ時折、自分と同じ死者だと思われる魂の光が瞬くだけ。
だが、それも一瞬のことで、すぐに消えてしまう。
魂はどこかに運ばれているのか、それとも消滅しているのかさえ分からない。
ただちょっと、魂が消える度に自分の活力、もしくは器のようなものが満ちていっている気がする。
人間の魂なのか、虫の魂なのか、それともほかの何かなのかはわからないが、消えてしまうのは少しだけ可哀そうだなと思っているらしい。
男もかつては生者だったのだから、このことが少し気がかりであった。
十分に生き、十分に働き、十分に満足して死んだ、冴えない一人の男が持つ、ありきたりな感想である。
ちなみに、なぜ自分が死んだのかは思い出せないようだ。
誰かに殺されてしまったのか、それとも事故なのか、他の何かが原因なのか。
ただ一つ言えることは、自分がどこにでもいる普通の現代人だった、ということだけ。
たしか今年で三十五になる令和の日本男児だ。
とはいえ、男にとってはそんな過去のこと、わりとどうでもいい。
今はとにかくこの死の世界から、如何にして脱出できるかを考えなくてはならないと思っていた。
意識だけの存在になってからは時間の感覚も曖昧で、まだ死んで数瞬なのか、もう数年経ったのか、それともさらに先か。
この無限とも思える闇の中で、それはそれは悠長に思考に耽っていた男の精神に、突如その異変は届いた。
────神よ。
────聞こえますか、異界の暗黒神よ。
男は思った。
「いや、神ではないが?」……と。
確かに自分は暗黒の空間に囚われてはいるし、魂の光が現れては消えていくことを鑑みても、この無の世界が普通じゃないことだけは分かる。
異界と言われるのも納得だ。
だが、自身は暗黒の神とやらではない。
それだけは確かだった。
しかし声の主はお構いなしに続ける。
────あなたに依頼があります。
────私の管理する世界は、魂の枯渇により消えゆく定め。
ほうほう、と頷く。
ただし、何を言っているかは理解していない。
ただなんとなく、状況に合わせているだけである。
────故に、そちらの世界にある魂のリソースを、あなたを通じて運んでほしいのです。
────向こうの器はすでに用意してあります。
────そして報酬は可能な限り、望むものを用意しましょう。
ふむ、と男は考える。
よくわからないが、自分は声の主によって別の世界に運ばれるらしい。
正直な話、願ってもないことであった。
もうこの時点で男は話を断る気など無かったが、しかし報酬があるのならば、貰えるものはなんでも貰っておくのが特に高潔でもないこの男の思考。
そこで男は考えた。
なにがいいだろうかと。
別の世界に向かうにしても、その先に何があるのかが分からなければ報酬の価値も変わってくる。
古代の世界なら体力的なものが重要視されるだろうし、現代なら金や権力、未来においてはもはや見当もつかない。
情報が足りない。
情報が……。
そこでふと、答えに思い至る。
「ならば、情報が欲しい」と。
声の主は即座に反応した。
────要請を承認します。
────世界救済の報酬に、アカシックレコードの閲覧権限を付与いたします。
────それでは、良い旅を。
男の意識は、そこで途絶えた。
◇
……ということがあったんだよ。
いやいや、参っちゃうね。
異世界に放り出されたと思ったら、金髪紅眼の美少女になってたんだから。
しかも中身は異世界からやってきたおっさんで、森の中で全裸で横たわってるんだぜ。
ありえね~。
そう思うよなぁ。
それにもう、ここにきて数十年は経つし。
「のう、聞いておるか?」
「にゃ~」
「ほうかほうか。なら、いいのじゃよ。うむ、今日も立派な毛並みじゃぞ、タマ」
「にゃあ?」
やあ、どうも。
というわけで、初めまして。
異世界から転生してきたおっさんこと、金髪ロリババアのゴールド・ノジャーです。
名前の由来はなんなのかって?
いやさあ、俺も迷ったんだよ。
普通に向こうの世界での名前で通そうか、ここは一発、心機一転して新たに名乗ろうかってね。
ただまあ、この肉体はここ数十年、寝ても覚めても老化がないし、周りには人もいないし。
だったらこう、俺のことを知る人もいないから、心機一転新たな人生を歩んじゃおうかなってね。
だから衰えることのない肉体と輝く金髪にちなんで、ゴールド。
でもって、もう向こうとこっちの世界で生きた時間を合計すると、お婆さんになってしまっているということで、ロリババア。
そこから親戚のばあちゃんの口調を取り入れつつ、のじゃ、ノジャー。
ゴールド・ノジャーと名乗ることにしたわけだ。
うん、そうなんだよ。
俺、この世界の器とやらに転生してから、不老になりました。
もうバリバリの不老長寿よ、不死ではないけどね。
ダメージを負えば死ぬときは死ぬ、当たり前だね。
しかしなぜこんなことが当然のように理解できるかというと、それは無の世界に響いた声の主、この世界における創造神から情報閲覧チートを授かったからだ。
なんでもこの世界で起こった、もしくは起こりうる全ての記録を閲覧できる、アカシックレコードっていう超能力らしい。
その力で俺自身の状況を観測、閲覧、そして理解に至ったというわけだね。
では、そんな能力を得た俺がなぜ数十年も、けっして誰も訪れることのない森に留まっていたのか。
それは創造神の依頼内容である、魂のリソースをこの場所で世界に還元するためである。
どうにも人の多い土地に行くと、世界に拡散していくはずの魂がその空間に住み着いてしまうらしい。
ようするにリソースが循環しなくなるということだ。
難しいことは俺も説明できない。
俺とて、アカシックレコードを使って答えを導いただけである。
故に、この世界に運んだ魂がある程度世界に拡散し、循環していくまで。
そう、それこそ数十年という月日をこの無人の大森林で過ごし、この世界の不思議生物、ドラゴン、魔物、魔獣たちと日々を過ごしていたというわけだ。
しかし、そんな毎日ももう終わりを告げる。
魂は十分に循環した。
故に、俺は人里へと旅に出ようと思う。
「というわけでの? 儂、旅にでることにしたんじゃよ」
「にゃあ~ご」
「うむ。では達者でのう。さらばじゃ」
ちなみにこの口調は、親戚のばあちゃんをリスペクトしたキャラ作りだったりする。
何事も形から入るのは、この俺、ゴールド・ノジャー流だ。
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