「UFOクレープ」の休日
大田康湖
第1話 夏の出会い
西暦2144年8月5日午前10時。絵に描いたような見事な入道雲が、
黒いヘルメットを被り、Tシャツにカーゴパンツ、赤のスニーカーにセミロングの黒髪を後ろで縛った中学生くらいの少年が、赤いエアスクーターに乗ってマンションの駐車場から出てきた。陸橋への合流路を見上げた少年の視線の先には、ひときわ高いビルがそびえている。蝉の声だけが響き渡る空間を切り裂いたのは、少女の悲鳴だった。
「キャーッ!」
とっさに声の聞こえてきた右側を見た少年は固まった。赤いワンピースに黄色のヘルメット姿の少女を乗せて、黄色のエアスクーターが突っ込んでくる。この辺りで普及している移動用のレンタルスクーターだ。我に返った少年は、あわててぶつからないように浮き上がろうとしたが、その手前でエアスクーターは横転した。幸い安全装置が作動し、少女は車体から体を包み込むように作動したエアバッグに埋もれている。
「おい、大丈夫か」
少年があわててエアスクーターを降りて近づくと、少女は白いブーツでエアバッグを踏みしめ立ち上がった。
『I've had a bad time.(ひどい目に遭ったわ)』
少女は英語でため息をついた。レンタルマークの付いた黄色いヘルメットを外すと、ポニーテールの金髪が背中に垂れ下がる。白い肌に藍色の目なので白人系なのだろう。少年は驚いたが、すぐに英語で尋ね返した。
『Are you hurt?(君、怪我してないか)』
『all right(大丈夫よ)』
少女は胸を張った。
なんとか2人がかりで立て直したものの、少女のエアスクーターは動かない。エネルギー切れのようだ。仕方なく少年のエアスクーターにつなぎ、近くのレンタルポイントまで引っ張っていくことになった。
イヤホンマイク型の翻訳機を作動させた少女は、スマートウォッチを見ながら安心したように少年へ呼びかける。
「助かったわ。12時までに戻らないといけないから。あ、私はローラ。あなた日本人なのに英語が上手なのね」
ローラの賞賛に、少年はヘルメットを外すと汗を拭きながら答えた。
「日本人が英語下手なんて50年前の話さ。俺は京極定満。サダミツでいいよ」
サダミツの言うとおり、2100年代の日本には外国人居住者も増加しており、翻訳機の普及と共に小学校からの英会話教育によって、日常会話程度は中学生になれば出来るようになっている。
「でも、どうして暴走してたんだ」
「私の普段乗っているバイクと勝手が違ってただけですわ。ところであなた、『UFOクレープ』のお店、知ってます?」
ローラの問いにサダミツは首をひねった。
「パパとママが昔、この街の喫茶店で食べた思い出のスイーツなんですの。ネットで調べてみたんだけどお店がなくなったみたいで探してますの」
ローラはスマートウォッチから画像を呼び出すとサダミツに見せた。確かに円盤のように中央が盛り上がったクレープが映っている。
「後輩の家はケーキ屋だから、何か知ってるかも。スクーターを運ぶ間に調べてもらおう」
サダミツは自分のスマートウォッチで後輩のアドレスを呼び出すと、メッセージを送った。
結局サダミツのエアスクーターに2人乗りしたローラは、サダミツの腰に手を置いて物珍しそうに町並みを見ている。普段ない距離感にサダミツは内心緊張していた。
「あなたいくつ? 私は18歳、ハイスクールの三年生よ」
「俺は16歳、陽光原学園高等部の1年生だ。君はどこの高校なんだい」
「火星ですわ」
さすがに火星の住民と会うのは初めてだ。サダミツは驚きつつ尋ねる。
「もしかして君、今日から陽光原タワーで始まる『火星展』のスタッフかい。ちょうど行くところだったんだ」
「夏休みですのでパパの仕事に便乗させてもらいましたの」
ローラが答えたその時、サダミツのスマートウォッチが震えた。後輩から返事が来たようだ。
「少し急ごう」
サダミツはスクーターの速度を上げる。腰に回したローラの手が強くなるのをサダミツは感じていた。
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