第61話 巨人族の腕力
(あの人、手を抜いている……一方的に勝つと観客が盛り上がらないからだ)
どうしてバルルが苦戦しているふりをしているのか、それは集まった観客を楽しませるのが目的だとリンは気付く。彼女が敢えて苦戦する事で挑戦者側が勝利するのではないかと思わせ、実際に彼女の演技のお陰で観客は盛り上がっていた。
「あと少しだ!!頑張れ!!」
「もうちょっとだ!!」
「そのまま行けっ!!」
「「「ふぎぎぎっ……!!」」」
観客は3人の挑戦者に声援を送り、一方で他の巨人族達は腕を組んで見守っていた。誰もバルルが負けるとは思ってはおらず、彼女に声援すら送らない。
あと少しで挑戦者の勝利が決まろうとした時、バルルは余裕の表情から一変して真剣な顔つきになると、綱を掴む腕に力を込める。彼女の腕の血管が浮き上がり、筋肉が膨れ上がったかと思うと勢いよく綱を引き寄せる。
「ふんっ!!」
「「「うわぁあああっ!?」」」
先ほどまでとは比べ物にならない力で綱を引き寄せられた男達は悲鳴を上げ、綱を手放して地面に転んでしまう。それを見た司会者はバルルの勝利を宣言する。
「そこまで!!勝者、バルル!!」
「おっしゃあっ!!」
『ああっ……』
あと少しで勝てるという所で逆転されてしまった事に観客は落胆するが、挑戦した男達は疲労困憊でまともに動けなかった。彼等は決して手は抜かず、全力で挑んだにも関わらずに力及ばなかった。
「く、くそっ……」
「つ、強すぎだろ……」
「ちくしょう、今日の飯代が……」
「あっはっはっ!!あんたらも中々強かったよ、来年にまた挑戦しな!!」
バルルは倒れた3人組を立たせてやり、慰めの言葉を掛けた。しかし、リンだけは彼女の言葉が嘘だと見ぬく。結局はバルルは片腕だけで3人の挑戦者に勝利しており、彼女が本気ならばそもそも最初から勝負にもならなかった。
先ほどの勝負でリンは人間と巨人族の力の差を思い知り、女性の巨人でも並の人間とは比べ物にならない筋力を誇る事を知る。もしも彼女が両腕を使って全力で挑んでいた場合、挑戦者は1秒も持たずに綱を引き寄せられて負けていただろう。
(これが巨人族の力……いや、筋力か)
巨人族の最大の特徴は大柄な体型などではなく、肉体を構成する強靭な筋力である。彼等の腕力は人間とは比較にならず、その気になれば素手でも弱い魔物ならば殴り殺せるだろう。
今年の収穫祭が行われてから巨人族に挑む挑戦者は100名を超えるらしいが、未だに勝利した者はいないらしい。誰も勝てないのであれば挑戦する人間もいなくなると思われるが、そこは先ほどのバルルのように敢えて苦戦するふりを行い、観客に希望を持たせる事で次の挑戦者を志願させる。
「皆さん、落ち込むのはまだ早いです!!いくら巨人族といえども体力に限界はあります!!特にバルル選手は一番勝負していますからそろそろ疲れていてもおかしくはありません!!」
「そうだね、流石にそろそろ腹も減って来たし、腕も痛くなってきたような気がするよ」
「よ、よし!!次は俺だ!!」
「俺もやるぞ!!」
「今度は5人で行くぞ!!」
司会者の言葉を聞いて集まっていた観客の中から次の挑戦者が現れ、今度は人数を増やして彼女に挑もうとする。しかし、それを見ていたリンは決して彼女に勝つ事はできないと確信する。
(さっきの人たちは3人がかりでも片腕でやられたんだ。5人で挑んだとしてもあのバルルという人が本気になれば勝てるはずがない)
リンの予測通り、その後の勝負もバルルは最初のうちは手加減して苦戦するが時間が経過するにつれて挑戦者側が疲労すると、それを見越して少しだけ本気を出す。疲労状態の挑戦者がバルルの本当の力に敵うはずがなく、最後はあっさりと負けてしまう。
「ああっ、惜しい!!あと少しだったのにまたもやバルル選手の勝利です!!」
「ふうっ……そろそろ限界だね、次は他の奴に挑んでくれないかい?」
「あ、あの女も疲れてるぞ!!次やったら勝てるんじゃないか!?」
「おい、他に誰かいないのか!?」
バルルが疲れた様子を見せると観客は次の挑戦者がいないのかと周囲を見渡すが、実際の所はバルルは本当に疲れているわけではない。あくまでも新しい挑戦者を誘うために疲れているふりをしているだけに過ぎない。
(はあっ……良い金儲けになるとはいえ、演技するのは気疲れするね)
内心ではバルルは観客を騙している事に少しだけ罪悪感も抱いており、肉体的な疲労はそれほどではないが、純粋に本気で勝負を挑んでる人間には悪いと思っていた。
ここに集まった4人の巨人族は傭兵であり、普段は自国で活動している。毎年になるとニノの街に訪れて競い合いの行事を行うが、この数年で本気で戦った事は一度もない。
――巨人族が本気を出して勝負を行う場合、ただの人間では彼等の相手にはならない。もしも最初から本気を出して戦っていたら勝負は盛り上がらず、誰が挑んでも勝てないと知れば挑戦者もいなくなる。だから巨人族側は常にある程度は力を抜いてたたかい、良い勝負を繰り広げているように見せなければならない。
最初の内は手加減して苦戦したふりをする事に抵抗感はあった。しかし、敢えて苦戦を演じる事で挑戦者が奮闘しているように見せる事で観客は盛り上がり、毎年に大勢の観光客が訪れる様になった。
客が増えれば挑戦者も自然と増加し、挑む人間が多いほどにバルル達の報酬も増えていく。しかし、流石にずっと演技を続けていると嫌になってきた。
(誰でもいいから本気で戦える奴は来ないのかね……)
巨人族の中で唯一の女性であるバルルは最も指名数が多く、相手が巨人族だとしても女性ならば勝てるのではないかという甘い考えを持つ人間は多い。しかし、バルルは実を言えば集められた巨人族の中でも一番の腕力を誇る。
他の3人の巨人族も決して強くないわけではないが、バルルと比べると彼等の腕力は大分劣ってしまう。その事実を知らない挑戦者はこぞってバルルに勝負を挑み、そして負け続ける。
「今年の勝者はまだ1人もおりません!!いったい誰が最初に勝のか!!」
「くそっ……もう無理だ!!」
「あ〜あ、結局今年も駄目そうだな……」
「あの女、強すぎだろ……」
去年は勝者は一人も出て来ず、結局は豪華賞品を手に入れた人間はいなかった。今年は去年以上に挑戦者の数は増えたが、結局は誰も勝てなかった。
(ちょっとまずいね、流石にやり過ぎたか……そろそろ負けてやらないと挑戦者がいなくなるね)
流石に演技で盛り上げるのも限界が生じ、一向に誰も勝てないので観客が勝利を期待する事に空き始めた。流石に今年も勝者は無しとなると次回から挑戦する人間が大幅に減る可能性もあり、司会者はバルルに目配せを行う。
(次の相手には負けろの合図だね……仕方ない、これも金のためだよ)
勝負を始める前にバルル達は司会者と打ち合わせしており、彼が合図を送れば次の挑戦者はわざと負ける様に言われていた。本音を言えばわざと負けるのはバルルの性に合わないが、高額な報酬を貰っている以上は依頼主には逆らえない。
ここまでの演技でバルルは疲れたふりをしてきたため、次の挑戦者との試合では途中で体力が尽きた事にしてわざと負ける事にした。もちろん、最初から手を抜いて負けるつもりはなく、途中まで手加減しながら接戦しているように演じる。これまでは最後にバルルが勝ってきたが、今回は逆に相手を勝たせる事を決めた。
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