第52話 再生強化
「グゥウッ……」
「っ……!?」
「クゥ〜ンッ……」
黒狼はリンとウルの臭いを嗅ぎ、至近距離まで近づかれたリンは緊張してしまう。しばらくの間は黒狼は臭いを嗅いでいたが、やがて敵意は無いと判断したのか黒狼は再び寝そべってしまう。
臭いを嗅いだだけで黒狼はリンとウルが自分に害する存在ではないと判断したのか、そのまま目を閉じて再び眠ろうとした。その様子を見ていたリンは不思議に思い、今度は自分から黒狼へ近寄る。
(刺激しないようにゆっくり近づかないと……)
リンは慎重に黒狼の元へ近寄ると、彼は血の臭いを感じた。黒狼をよくよく観察するとお腹の部分に怪我をしており、それを見たリンは驚く。
(この
黒狼は橋の上に身体を休めていたのは怪我が原因らしく、橋から離れないのは動くと体力を消費するためであり、黒狼自身も動くに動けない状態だったのだ。
恐らくは橋の上で休憩を始めたのはここが黒狼にとって一番安心して休める場所だからであり、この場所は魔物から襲われる心配はない。草原などで身体を休めていたら血の臭いに釣られた他の魔物に襲われる心配もあるが、この橋の上ならば襲われる心配はない。
川には水棲の魔物も生息しているが橋の上まで上がる事はなく、またこの話は人間の兵士が封鎖しているので草原の魔物は近寄る事もできない。そして人間は絶滅危惧種である黒狼種を無暗に襲う事はできず、それを理解しているのかは分からないが黒狼種は安心した様子で橋の上に休んでいた。
(怪我が治るまでここで休むつもりなのかな……でも、この怪我の深さだと自然に治るとは思えない)
何があったのかは分からないが黒狼の怪我は深く、それを見たリンはこのままでは黒狼が死んでしまうのではないかと考えた。彼はウルに振り返ると、ウルは黒狼の元に近付いて顔を舐める。
「クゥ〜ンッ」
「……ウォンッ」
黒狼種は元々は白狼種の原種であるため、ウルは黒狼に対して仲間意識を抱いていた。黒狼は自分を心配する様に擦り寄ってくるウルに対しては敵意は抱かず、彼の身体の上に顎を置く。
「そうか……ウルはこの子を救ってほしいんだね?」
「ウォンッ!!」
リンをここまで連れてきたのはウルは黒狼の怪我を直して貰うためであり、彼の言葉を聞いてリンは頷く。怪我の具合を確認し、自分に治せるのかと不安を抱く。しかし、こんな状況も想定して今日まで修行してきた事を思い出す。
魔物にも回復魔法が通じる事は確認済みであり、過去に何度もリンはウルの怪我を直していた。しかもウルの場合は魔物であるが故に再生力は人間の比ではなく、むしろ魔物の方が回復魔法の効果が高い。
(よし、やるぞ!!)
ハルカのように治癒魔術師の紋章は刻まれていないが、毎日の修行でリンは確実に魔力操作の技術が磨かれていた。実際に魔法の練習を行う時は今のリンは少し前のハルカと同じぐらいに植物を成長させる事ができるようになっていた。
(集中するんだ。大丈夫、焦る必要はない……)
怪我の部分にリンは両手を構えると、魔力を集中させて黒狼へ送り込む。ハルカが扱える回復魔法は初級魔法の「ヒール」だが、リンの場合は彼女のような回復魔法は扱えない。しかし、ハルカの回復魔法と彼の治療方法は同じ原理であり、魔力を相手に注ぎ込んで再生機能を強化させて怪我を直す。
「
「ッ……!?」
「ウォンッ!!」
リンが魔力を流し込む際、ハルカの回復魔法を意識して名付けた「再生強化」を発動させると、黒狼は目を見開く。身体の異変に気付いた黒狼は立ち上がろうとしたが、それを止める様にウルは鳴き声を上げる。
これまでのリンは他者の怪我を直す際、傷口に魔力を流し込む事だけに集中していた。しかし、修行を経た事でリンは魔力を効率的に扱える方法を見出す。
(前の時は考え無しに魔力を送り込めばいいと思っていた。でも、それだけじゃ駄目なんだ)
以前のリンは怪我をした相手に魔力を送り込む際、無意識に魔力を体内で分散させてしまっていた。しかし、その方法では怪我を治すのが遅くなり、今回は魔力を怪我をした箇所だけに留めて置く。
ハルカの回復魔法を受けた時、リンは全身に彼女の魔力が流し込まれる感覚を抱く。ハルカの場合は魔力量が多いので全身に癒しの魔力を送り込めば身体全体の怪我だって治せる。しかし、彼女程に魔力量が恵まれているわけではないリンが同じ方法を試せばすぐに魔力が尽きてしまう。
あくまでもリンは魔力を送り込むのは怪我をした箇所であり、それ以外には決して魔力を送り込まない。怪我口だけに魔力を集中させて再生機能を強化させる事により、以前よりも格段に回復速度を増して治療を行えるようになった。
「ふうっ……」
「……ウォンッ?」
再生強化を発動してから数秒足らずでリンは手を放し、額の汗を拭う。黒狼は先ほどまで感じていた痛みが消えた事に気が付き、先ほどまで血が流れていた傷口が完璧に塞がれていた。
一か月前のリンが黒狼の怪我を治す場合、完全に治すまでに数分はかかった。しかし、今のリンは効率的に魔力を利用できるようになったお陰でほんの数秒で大怪我を治せるまでの再生強化を扱えるようになっていた。しかも前と比べて魔力消費も抑えており、前の時は大抵は怪我を治した後はリンも疲労困憊になっていたが、今回は少し汗を流した程度だった。
「これでもう大丈夫だよ」
「ウォンッ♪」
「…………」
怪我が治った事を告げるとウルは嬉しそうに尻尾を振り、その一方で黒狼の方は黙り込む。怪我は治ったはずだが、反応がない黒狼にリンは不安を抱く。
(まさか怪我が治って動けるようになったから、今度はお腹を満たすために僕を食べようとするんじゃ……)
動かない黒狼に対してリンは嫌な想像が頭に浮かぶが、やがて黒狼はリンとウルに顔を向け、大きな舌を伸ばしてリンとウルの顔を舐める。
「クゥ〜ンッ」
「うわっ!?」
「クゥンッ……」
怪我を治してくれた事にお礼を告げる様に黒狼は二人を舐めると、橋を歩いて立ち去ろうとした。黒狼はニノ地方に繋がる方へ向けて駆け出し、凄まじい速度で駆け抜けた。
「ウォオオンッ!!」
「うわぁああっ!?」
「は、早く離れろっ!!」
「皆さん、下がって下さい!!」
雄叫びを上げながら駆け出してきた黒狼を見て兵士達は慌てて集まっていた人々を避難させるが、黒狼は全速力で駆け抜けた状態で跳躍を行う。
兵士と橋の前に集まった人々を跳び越え、黒狼は草原に姿を消す。その様子を橋に集まった人々は見送る事しかできず、橋の上で見届けたリンは顔に張り付いた黒狼の唾液に触れて困ってしまう。
「うへぇっ……べとべとだ」
「クゥ〜ンッ」
「あれ?ウル、それ何?」
顔を拭っているとリンはウルがいつの間にか何かを咥えている事に気が付き、確認してみると彼が加えているのは牙だった。しかもかなりの大きさがあり、恐らくは黒狼のが生やしていた牙だと思われた。
「牙?どうしてこんな物を……それにこれ、まるで無理やり折れたような壊れ方だけど」
「ウォンッ!!」
牙を受け取ったリンは戸惑い、改めてリンは黒狼が怪我をした原因が気になった。ウルは拾い上げた牙は黒狼の物で間違いなく、しかも先ほどの怪我を思い出したリンは黒狼が何者かと交戦し、それに敗れて怪我を負ってここまで逃げ延びたのではないかと気づく。
「まさか……!?」
「お〜い、リンく〜んっ!!」
「坊ちゃん!!無事ですか!?」
リンが考察する前に彼の元にハルカを乗せた馬車と傭兵達が駆けつけ、結局は考える暇もなくリンは皆と合流した――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます