第16話 あと一歩
――マリアが目を覚ますと朝食の前に朝の稽古を行い、棒を構えたマリアに対してリンは仁王立ちで向かい合う。緊張した様子でリンはマリアの棒を見つめ、どのように攻撃を仕掛けてくるのか警戒する。
「さあ、行くよ!!」
「はいっ!!」
「そこははいじゃなくて、おうだろ!!」
「お、おうっ!!」
リンに目掛けてマリアは踏み込むと彼の腹部に目掛けて棒を繰り出す。それを見たリンは反射的に腹部に魔鎧を発動させ、彼女の繰り出した棒を受ける。魔鎧越しに棒を喰らったリンは数歩ほど後退り、どうにか防ぐ事に成功した。
「うぐぅっ……」
「今のは防いだのは褒めてやるよ。だけど、あんたの魔鎧は完璧じゃない。魔鎧で攻撃を防いだとしても衝撃までは殺せないんだろう?今のは防ぐんじゃなくて避けるのが正解だったね」
「クゥンッ……」
攻撃を受ける事には成功したが、リンは棒を受けた衝撃でお腹を押さえた。生身の状態で棒を直撃するよりはましだが、魔鎧を纏ったとしても完全に攻撃を防げるわけではない。
リンの魔鎧は金属製の防具を瞬時に身に付けるようなものであり、攻撃を受ける際に魔鎧を発動させたとしても、衝撃までは完全に防ぐ事ができるわけではない。マリアの言う通りに避けれる攻撃は回避して、どうしても避け切れない攻撃のみに魔鎧を発動して防御するのが理想だった。
「さあ、さっさと立ちな!!続けるよ!!」
「は、はいっ……いや、おうっ!!」
マリアに叱咤されてリンは立ちあがると、彼女は今度はリンの頭に目掛けて棒を振り下ろそうとしてきた。それを見たリンは咄嗟に後ろに下がって攻撃を避けようとする。
「はあっ!!」
「くっ!?」
「甘いっ!!」
「あいたぁっ!?」
棒を振り下ろした際、マリアはリンが後ろに下がった瞬間に自分も踏み込んで棒を突き出す。それによって回避したはずの棒がリンの額に的中し、彼は地面に倒れ込む。
「っ~〜〜!?」
「こんなフェイントに引っかかるんじゃないよ!!もしもこれが槍だったらあんたはもう死んでるよ!?」
「クゥ〜ンッ」
頭に攻撃を受けたリンはその場でうずくまり、それを心配そうに見ていたハクが鳴き声を上げる。今回は回避に専念したせいで防御が疎かになってしまい、そのせいで単純なフェイントに引っかかって攻撃を受けてしまった。
老人とは思えないほどにマリアの動きは俊敏であり、彼女の棒術の腕前も見事だった。リンはこれまで朝の稽古の時は彼女の攻撃を全て防いだ事は一度もなく、今日も20回近くも攻撃を受けてしまう――
――朝の稽古の後は朝食を取り、その後は昼間で薬草探しや森の中の食材の調達を行う。そして昼を迎えるとリンは岩を破壊する鍛錬を行う。
「ふうっ……」
「どうした?今日は随分と慎重だね、何かいい考えでも思いついたのかい?」
「……まあ、自信はあります」
岩の前に立ったリンは上半身が裸の状態で拳を握りしめ、普段以上に集中力を高めていた。それを見たマリアはリンが何か思いついたのかと思い、彼女は近くの岩の上でハクと並んで座り込む。
朝の出来事を思い返しながらリンは右手に魔力を集中させ、彼は腕手甲の形を魔鎧を作り出す。更にその状態から拳の上の部分に魔力を注ぎ込み、魔力の刃を作り出す。
「これで試してもいいですか?」
「……好きにしな」
リンは初めて魔鎧と光刃を組み合わせ、右手に刃付きの腕手甲を再現する。これまでは防具としてしか利用しなかった魔鎧に攻撃性能が搭載され、彼は岩に目掛けて右手を構えた。
(魔力を集中させるんだ。魔力を練り上げれば練り上げる程に硬くなる……刃の先端に魔力を集中しろ)
右手の腕手甲から伸ばした光刃にリンは意識を集中させ、魔力を送り込む事で硬度を上昇させる。その状態からリンは岩に目掛けて全力で右腕を繰り出す。
「やああっ!!」
「っ……!?」
「ウォンッ!?」
右腕から伸びる光刃が岩に衝突した瞬間、火花が散った。これまではどんなに殴りつけても傷つかなかったはずの岩に刃の先端部が僅かに突き刺さり、それを見たリンは初めて岩を傷つける事に成功した事に目を見開く。
「やった!!」
「……大したもんだね」
「ウォオオンッ!!」
遂に岩にほんの少しとはいえ傷を与える事に成功したリンは歓喜し、それを見ていたハクは雄たけびを上げる。だが、マリアはリンに対して心配そうな表情を浮かべて尋ねる。
「だけどあんた、そんな無茶な使い方をして大丈夫なのかい?」
「えっ……いてててっ!?」
「ウォンッ!?」
魔鎧が解けた瞬間にリンは右手を抑え込み、彼の右手首が腫れていた。先ほどの攻撃を仕掛ける際にリンは右手を酷く痛めてしまい、それを見たマリアはため息を吐きながら回復薬を取り出す。
回復薬をリンの右手に流し込むと痛みは治まり、腫れていた箇所も治っていく。しかし、リンは折角岩に傷を当たえる事に成功したのに格好悪い所を師匠に見られて恥ずかしく思う。
「今の攻撃は悪くなかった。だけど、あんたの肉体の方が耐え切れなかったね」
「うっ……」
「あんたは獣人族や巨人族じゃないんだよ。人間の身体は壊れやすいんだから気を付けな」
人間は他の種族と比べても非力な存在であるため、獣人族のような高い運動能力や巨人族のような優れた筋力は持ち合わせていない。だからいくら身体を鍛えたとしてもこの二つの種族には及ばない事をマリアはリンに説き伏せる。
「いくらあんたが身体を鍛えようと、今の様な無茶な攻撃を繰り返していたら何時の日か身体をぶっ壊す。今の戦い方は獣人族や巨人族向けの戦法だからね、人間のあんたには向いてないよ」
「そ、そんな……それならどうすればいいんですか!?」
「甘ったれるじゃないよ!!そんなのは自分で考えな、何でもかんでも教えてもらえると思うんじゃない!!」
リンの言葉にマリアは怒鳴りつけ、彼女がここまで怒る事は珍しく、リンとハクは驚いてしまう。マリアはそんな二人を見てため息を吐き出し、背中を向けてその場を立ち去る。
「今日から昼の稽古はあんた一人で行いな。今のあんたなら森の中に住む魔物程度ならどうにでもなるだろ……自分一人で考えて答えを見つけて見な」
「し、師匠!?」
「ハク、行くよ!!」
「ク、クゥンッ……」
主人の命令にハクは逆らう事はできず、リンを一人残してマリアは去ってしまう。残されたリンはその場に膝を着き、師匠を失望させたのかと落ち込む。
(師匠があんなに怒るなんて……やっぱり僕なんかじゃ無理だったのか?)
魔法使いになれないとしても魔力の技術を極められると言い放ったにも関わらず、こんな大岩を破壊する事もできない自分に師匠は見限ったのかとリンは思った。だが、ここでリンはマリアから言われた言葉を思い出す。
マリアは自分に教えてもらうのではなく、自分で考えて「答え」を見つけろといった。彼女の口ぶりだとマリアはリンが大岩を破壊する方法を知っていると問える事ができる。それは逆に言えばマリアはリンが大岩を破壊できる力を持っている事を認めた事にもなる。
(都合の良い考えかもしれない。だけど、師匠が僕が大岩を破壊できると信じてくれているなら……落ち込んでいる暇はない!!)
リンはマリアに頼らず、自らの力で大岩を破壊する方法を真剣に考える。これまでは無策に大岩を叩きつけたり、魔力で構成した光剣や魔鎧で破壊をしようと試みた。だが、それらは全て失敗に終わった。リンは大岩を破壊する条件が足りないと思い、その何かを考察する。
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