聖女ルイティーア・シャーリーには野望がある

奏 舞音

プロローグ もう一度があるのなら

 自分が死んだことに気付いたのは、愛する人がぴくりとも動かない自分の体を抱きしめて、ひどく絶望する姿を見た時だった。


「ルイティーア、どうして……どうして君が」


 血だまりができた場所から動けずに、愛する人は涙を流す。

 俺のせいだ、と自分を責めて。責め続けて。

 そして、その内に抑えきれない絶望は闇の力を引き寄せ、彼を包み込んだ。

 闇にのまれてはならない。

 やめて、あなたのせいじゃない、と叫ぶ声は彼には届かない。

 当然だ。

 すでに霊体となったこの身では、生者とは世界が違う。

 けれど、どうしてもこのまま彼を独りにしたくなかった。

 だって、約束したのだ。


 ――何も心配しなくていいわ。私があなたをめいいっぱい幸せにしてあげるから。


 このまま、彼を絶望させて、闇に突き落とすだけの存在で終わりたくない。

 もっと、たくさんのことを伝えたかった。

 この世界にはきれいなものがたくさんあって、光はあるんだってことも。

 強い後悔と未練が、ルイティーアの魂を地上に縛り付けた。

 しかし、ルイティーアは見ていることしかできなかった。

 愛する人が闇に染まり、人間への復讐のためにその手を血で染め上げ、最後には自らの命を絶とうとするところを。


「こんな、こんな結末が見たいわけじゃなかったのに……!」


 もしも――もしもやり直せるのなら、今度こそ彼を幸せにしてみせる。

 他人を傷つけ、自分を傷つけ続けて、心も体も傷だらけの彼を守ってみせる。


 そう強く誓ったあの日のことを、まるで昨日のことのように思い出したのは、ルイティーアが神殿から洗礼を受けた五歳の時だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る