10.私は老婆のことを気に入っていたのか


 老婆の家を出てから、私はいつも通り自分の知っている場所を渡り歩いた。

 今の自分の縄張りなんて、あのもうじき売られるらしいあの空き地にしかないが、本当にこの地域に住む野良は減っている。

 畑だった場所には次々と人間の家や大きな公園が建ち、商店街は店を閉め、その代わり大きなスーパーというものが出来た。他にも大きな建物が建つらしい。この町も徐々に変化している。


「あらあら、みーちゃん、お散歩?」


 そんな新しい公園の中をてくてく歩いていると、小娘が入院していると言っていたはずの老婆が杖をついて歩いていた。


『老婆、病院に居なくていいのか』

「あらそうなの?」


 自分の問とは見当違いの言葉が返ってくる。相変わらず老婆は自分の言葉が通じない。種が違うのだから当たり前だ。

 テレパシーと呼んでいたそれは小娘には出来るのに老婆には出来ない芸当のようだ。分かっていたが小娘が当たり前のようにしていたので少々もどかしい。

 老婆はその辺にあるベンチに座るので、私もその隣に座ることにした。

 よっこらしょと言いながら座る老婆は足腰が弱くなっている。私も人間でいうところの老婆だからこの老婆の気持ちが分かる。

 毎日周囲の探索をしているが、そこまで遠くに行くことが出来なくなった。今でこそ周囲の猫たちが私を長老扱いして慕ってくれてはいるが、さすがに喧嘩は負ける自信がある。

 この前トラが飼い猫になったが、次は誰がこの周辺でボス猫になるのか見物だ。


「真昼からちゃんとご飯貰ってる?」

「にゃおん」


 一応飯は貰っているので肯定を返す。だが本気で囲いに来ているのは面倒だが。

 老婆はそれは良かったと私の頭を撫でてくる。老婆とは付き合いが長いから、老婆は私が気持ちいい場所を知っている。私の否定肯定の返事は分かるらしい。

 いつもなら私の毛並みを撫でれば嬉しそうな顔をするのに、その顔は何だか浮かない。


「真昼には悪いことをしちゃったわねぇ……」


 もっと私が元気だったなら小娘を一人にしなかった。老婆はそんなことを考えているらしい。

 生き物はいつか死ぬ。それは猫も人間も同じであるはずだ。

 小娘の親もいないと言っていたから小娘は老婆が死ねば孤独になる。だが老婆のそれは抗えないもの。なぜそこまで憂うのか分からない。


「みーちゃんも、私が老いぼれなばっかりに」


 引き取れなくてごめんねと老婆は言う。

 老婆は私が子猫の時から世話になった人間だった。捨て猫だった私は雨の中死んだ兄弟たちと寄り添って必死に鳴いていたのを老婆に保護された。

 数日世話になって、一匹で生きることを選んで、番に出会って、子供を産んで、人間につかまって子供と引き離されて、またこの地域に戻ってきた。

 でも老婆はそんな私を見ても変わらず猫まんまをくれた。


『老婆は私と家族になりたかったのか?』

「やっとみつけた!!」


 自分が問いかけたあと、息切れを起して立っている真昼がそこにいた。

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