私は三毛猫である

伊藤 猫

1.毎朝の習慣


 私は猫である。名前は野良なので沢山ある。

 ただ気まぐれに自分のことを触れたがる人間がいれば撫でさせ、その報酬にカリカリを頂く。この三毛模様の毛並みを撫でることが出来ることを光栄に思うといい。

 だがそんな人間の中でもここ最近罪深い人間が現れ始めた。私への報酬に小さい袋に入ったねっとりした餌をくれる人間だ。

 あの美味なモノをくれる人間はとても罪深い。ええい、もっと寄越せ。なんなら一年たっても食べきれないくらいに寄越せ。

 なに?野良猫の癖にプライドが低いだと?世渡りが上手いと言え。


 そんな私も後先短い猫生だ。私はもうこの地域に八年くらい生活している。野良猫の寿命は短く、人間でいうところの五十路手前。

 正直、自分の死期なんざすぐに分かるモノで、このまま野良として生きるのであればもう半年と言ったところだろう。だからいつも居座っている空き地の草むらを死に場所と決めた。

 そんな死に場所からいつも私を崇める人間たちを眺めるのだ。やはりこうして見ると人間はとてもとても忙しなく生きているが、遠くで眺める分には暇つぶし程度にはなる。


 私達よりも長く生きる癖に人間は忙しない。私には関係の無いことだが、なぜ私たちよりも長く生きることが出来るのにこんなに急ぐのだろう。

 そんな人間達の隣で私は大きく欠伸をする。もう時期梅の木が植えてある家の人間が私を待っている頃だろう。私の猫生はあとわずかだが、空腹はよろしくないので重い腰を上げてた私は立ち上がった。


「あらあらみーちゃん。ちょっと待っててね」

『遅いぞ。わたしが来ることくらい分かっているはずだろう』


 縁側から敷居をまたいで私は老婆を急かす。知らない匂いを感じ取れば、どうやら孫娘が来ているらしい。

 予想通り、台所からひょっこりと顔を出す小娘がいた。見た目は人間でいうところの齢十七くらいといったところだろう。


「おばあちゃん。この猫は?」

「毎朝来てくれるおばあちゃんのお客さんよ」

「にゃー」


 老婆の言葉に私は同意した。そうだ。私は客人だ。私にはこの老婆から猫まんまをもらう義務があるのだ。

 娘は私の顔を値踏みするように見ればふいとそっぽを向いた。


「図々しいね」

「猫は賢いからねえ。真昼は今日のおくすり飲んだのかい?」

「あ、いっけね」


 私がご飯を食べているのを横目に小娘は白い紙の袋から白い粉やカリカリより小さい粒を水と一緒に口にしては苦い顔をする。まずいものならば食べなければいいのに。人間というものは自分から辛いことをしようとする。

 薬というものは病に臥せっている者が口にするものらしい。知り合いの飼い猫もそれで不味い思いをしたという。それを口にすることで延命するらしいが、人間の作るものは可笑しなものばかりだ。己に課せられた運命から反逆しようとしている。目の前にいる少女もそうなのかもしれない。

 本当に人間は忙しなくて、複雑で、頑固な生き物だ。


「今日もご近所の猫ちゃんにご挨拶かい?」

『挨拶に行くんじゃない。されるから返すんだ』

「そうかい。気を付けてね」


 この老婆は私の言いたいことが分かるのか分からないのか判断ができない。

 私たちが歳を追うごとに人間の言葉が分かるように、人間も私たちの言葉が分かるのだろうか。


「どうせ着の身着のままでしょう」


 やはりこの小娘は少々癪に障るな。強いて言うなら生意気だ。だがそれは関わらなければいい話である。


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