可愛い隠れオタ友とアニメ作りしませんか?
秋雪
プロローグ
覚悟が足りていなかった。
そう思うには十分な状況だった。
「だーかーら、ここはもっとドバーンと動かしてインパクトを重視した方がいいんです!」
春も過ぎて梅雨真っ盛り。
中間試験が終わり、気が抜けた生徒達が帰宅した放課後。
生徒がほとんど立ち寄らず、存在すら知らないであろう物置のような小さな部屋では、まるで喧噪とでも言うべきやりとりが繰り広げられていた。
「この先は、このアニメで特に重要な部分です! ここで引き付けておかなければ後半に行く前に視聴者に飽きられてしまいますよ! だからババーンと印象付けて、ワッと沸かせないといけないんです!」
言いながら小柄な少女がホワイトボードにペンを走らせていく。
ホワイトボードにはあらかじめいくつもの四角形が描かれており、少女は精一杯背伸びしながらその中に人物のような絵を描いていった。
「ここからこう、一分間に渡る剣戟を繰り返して目を引き付けた後、主人公と敵の関係性を語るシーンへと入るのです! もう、これで決まりでしょう!」
ふんす、と鼻息を荒くしながら、小柄な少女が自信あり気に笑う。
そんな少女の手を、別の黒髪ロングの美少女が止めた。
「駄目だよ。この先に動きの激しいシーンがあるんだから、ここはもっと落ち着かせてギャップを作るべきだよ。ずっと激しいシーンだと、視聴者だって疲れるんだよ?」
出る所は出て引っ込む所は引っ込んだ、まさに夢のような身体を持つ美少女。
女郎花冬雪は、少女が描いていた絵を消して、そこにまた違った絵を描き始めた。
「ここはカメラも人も動かさず、口だけを動かすシーンにすべきだよ。そこから少し間を置いてからドラゴンを出して、一気に盛り上がりを出すの」
言って冬雪は、非常に緻密な絵を描いていく。
構図こそぎこちないものの、数十秒で描いたとは思えないそのクオリティ。
まるでプロの漫画家が描くラフのような絵を見て、少女――、矢々丘夏音が悔しそうな顔で歯ぎしりをした。
「……ふんっ、さすが冬雪さんですね。絵の上手さは夏音が見込んだだけはあります。ですが、ことアニメに関しては夏音の方が圧倒的に長けていますよ!」
夏音と名乗る少女は、再びコマの中にマジックを走らせる。
キュッキュとボードとマジックが擦れる音が響き、数秒。
その手から紡ぎだされた絵は、即興で描いたとは思えない躍動感に包まれており、あっという間に少年が剣を振るう一コマが出来上がった。
「どうです! こうすればもっとド派手で人を惹きつけるシーンになりますよ! ここは夏音の言う通りにすべきです!」
「認められない。私だってアニメはそれなりに見てるもの。ここは動きは最低限にして、後の展開を引き立てるべきだよ」
「ぐぬぬ!」
「むーー!」
変な唸り声をあげながら睨みあっていた二人。
やがて二人同時に俺に視線を移し。
「悠一君! 悠一君はどっちを選ぶの? 当然、私だよね? 私以外はありえないよね?」
「綾瀬さん! 綾瀬さんならきっと夏音を選んでくれますよね!? 綾瀬さんには夏音が必要ですよね!?」
言いながらテーブル越しに身を乗り出してきた。ちなみに聞きようによっては別の話に聞こえるが、あくまで絵の話だ。
「どっちも選ばねぇよ」
「な、何故ですか!? 夏音のどこが不満なのですか! 身体がちっちゃいからですか!? 大丈夫です、もう少ししたら、きっとおっきくなります!」
お前はもう無理だ諦めろ。
こうして並べて見ると残酷な現実がハッキリ見える。
何がとは言わないけれど、絶壁と富士山が並んでるし。
あと身体は関係ねぇ。
「わ、私ならどうかな。自分で言うのも何だけどスタイルには自信があるよ? もし悠一君が望むなら専属のメイドでも奴隷でも喜んでなるよ? むしろ喜ぶよ?」
あっれー、お前も何言ってんの。
「なあ、冬雪」
「なぁに、ご主人様」
誰がご主人様だ。
見た目は黒髪ロングの清純派優等生。中身は毎日アニメと漫画を大量消費し、自らも二次イラストを量産し続ける隠れオタ。女郎花冬雪は、いつもクラスメイトに見せる表情とは違う顔で俺を見ながら立っていた。
「俺達が今作ってるのは何なのか言ってみろ」
「それ命令?」
「は? いや、そういうんじゃないけど」
「じゃあ言わない。ぷいっ」
あれれー? 何でこの子命令じゃないって理由でそっぽ向いちゃうの普通逆じゃないの?
「……命令だ、俺達が今作ってるのは何なのかを言ってみろ」
「はい、ご主人様。私達は今、現役高校生の手による、未だかつて誰も成し遂げた事がない最強の五分アニメを作ってるんだよ!」
最強なのに五分しかない辺りはお察し。まだ高校生だしね。
「そうだよな。俺達は今、自分達の力でアニメを作ってるんだよな」
「そうだね」
「おい、夏音」
見た目は元気いっぱいの小学生。中身は毎日大量のアニメとラノベを消化し、自らもシナリオと絵コンテを大量生産する隠れオタ。矢々丘夏音は、あり余るエネルギーを発散したげに俺を見ている。
「俺達が作ってるアニメの内容を言ってみろ」
「もう、何ですか藪から棒に。夏音達は今、涙なしでは見る事の出来ない、胸がきゅんきゅんする現代ラブコメアニメを作っているのです!」
夏音の返答を聞いた俺は大きくため息をつくと、作業していた手を止め、ノートパソコンをぐるりと回して二人に見せた。
「そうだよ俺達が今制作してるアニメは現代学園ものなんだよ! それを勝手に剣で戦う話に変えるんじゃねぇ!」
二人に見せたパソコンの画面には、制服を着た男女が街並みを歩く動画が流れている。
アニメ調に作られた動画はまだ完成には程遠いけれど、アニメとして見れない事もない。
でもこれ、どう見ても現代日本なんだよね。
「どう話を膨らませたらラブコメにドラゴンが出てくんだよ! 迷走にも程があるだろ!」
「し、仕方ないのです! シナリオを考えてると、このままでは平淡で面白くないのではと不安になってくるのです! だからここはちょっとファンタジー要素も加えて、視聴者の意表をつくようにと!」
「意表をつくどころか困惑するだけだよ!」
「ぐぬーーー!」
唇を噛んで悔しそうにする夏音と冬雪。
物置を利用した狭い室内には、とても似合わぬ美少女達。
そんな彼女達がいるここ、大山高校にある動画制作部の部室は、今日も喧噪で溢れていた。
「とにかく、その絵コンテは却下。いきなりのシナリオとキャラデザの変更もダメだ。作業が最初からやり直しになるんだぞ。大体、何でいきなり戦闘要素を足すなんて話になってんだよ。昨日まではもっと普通のラブコメの話をしてただろ」
「べ、別に他意はない……よ?」
「そ、そうですね。ただ、夏音達はこういうのもいいんじゃないかなって思っただけで」
怪しい。二人の目がめっちゃ泳いでる。
「なあ、お前らもしかして、昨日の深夜にやってたあのアニメを見たか?」
「な、ななななななな何言ってるのかな、そんにゃの見てるわけないじゃにじゃない!」
「わ、わわわわわ、夏音も別にあの神アニメを見て影響されたりしてままままません!」
もはや動揺なんて通り越して狼狽えまくっていた。
俺が言った、昨日の深夜にやっていたとあるアニメ。
シリーズ累計五千万部を売り上げた超大人気ライトノベル『デッド・クロニクル』を原作とし、コミカライズで更に人気を得てから企画が発表された、ファン待望のアニメ『デッド・クロニクル・セイバーズ』。
元々神がかって面白かったライトノベルを、手がける作品全てを神アニメにする事で有名なアニメ会社が制作した、約束されし勝利のアニメ。
SNSでもその話題が連日トレンド入り。ニュースにすらなっていた程のアニメであり、その第一話が昨日の深夜に放送されたわけだが――。
「……あのアニメの冒頭の戦闘シーン、めちゃ格好良かったよな」
「そうだよね! あの絵師さんのデザインの衣装って描くのすっごく難しいのに、あれだけの動きを見せるんだもの! もう本当にびっくりしちゃった! 作画監督さんは、あの山渕明菜さんなんだよ!」
「夏音もあのシーンは本当に驚きました! あの二人の剣士が打ち合うシーンなど、構図も視線誘導も実に巧みで、思わず昨日だけで五回は見てしまいましたよ!」
「……俺達が作ってるアニメにも、ああいうの欲しいって思っちゃったよな」
「ホントそれ! 私も昨日デックロを見て、キャラクターデザインをもっと変えないと駄目なんだって実感したんだよ! とりあえず今のヒロインの右手は大砲にして、ドラゴンとの混血って事にして尻尾を生やしたいんだけど、いいよね!?」
「それですよ! 夏音達のアニメに足りないのは、激しい打ち合いと身命を賭した殺し合いだったのだと昨日確信しました! 今から企画を変えるのは大変ですが、案外ちょろい綾瀬さんなら少し誤魔化せばチョロっといってくれるので、さっそく絵コンテの変更をしたいのですけど、いいですよね!?」
「いいわけあるかぁ!!」
「ひゃふっ!?」
俺がバンとテーブルを叩くと、二人が同時に悲鳴を上げた。
「やっぱり二人ともめっちゃ影響されまくってんじゃねぇか! どこの世界に右手が大砲で尻尾が生えたヒロインと殺しあう現代学園ラブコメがあるんだよ!」
「はっ、まさか私達を誘導尋問にかけていたの!? これはまさか素晴らしいアニメを見ると誰かと語りたくなるオタクの習性を利用した高等誘導術!?」
「まだ熱が冷めやらぬうちに話題を振って夏音達の口を割らせるなんて。綾瀬さん、恐ろしい男……」
お前達がチョロすぎなだけ!
「大体今更方向転換出来るわけないだろうが! 冬雪、俺達の役割を言ってみろ!」
「はい、ご主人様! シナリオ・監督が、そこにいる矢々丘夏音ちゃんだよ」
「えっへん!」
呼ばれた夏音が無い胸を張る。ないものはないよ。いくら頑張っても。
「キャラクターデザイン・作画が、ご主人様の唯一無二のメイドたる私、女郎花冬雪」
言いながら冬雪が胸に手を当てた。ザ・格差社会。おっきい。世の中の縮図。
「そして効果音・音楽・3D作成・背景・動画編集・エフェクト制作・デザイン業務全般・私の世話焼きが、私のご主人様こと、綾瀬悠一君のお仕事だね!」
「多すぎるだろ! 俺だけ! 作業量が! 明らかに!」
もはや最後の方に突っ込む気すら起きない。
明らかにオーバーワークだ。ブラック企業でももうちょいまともに役割を振る。
「こんな状態で今更企画の変更なんて出来るわけないだろ! 大体当初は俺の担当は3Dだけって話だったはずなのに、何でこんなに増えたんだよ!」
「まだ足りてませんよ。主題歌も綾瀬さんに依頼するつもりですから」
「俺を酷使しすぎだろ! もっと労われよ!」
「仕方ないよ。その手の作業が出来るのがご主人様しかいないもの」
「お前らも! 出来るようになれよぉ!」
そう。この大山高校動画制作部は、部員はギリギリで当然動画制作における人員など確保出来るわけもなく、人材不足で早くも暗礁に乗りあげかけているのだった。
「もう嫌だ! 最初から無理だったんだよ高校生がアニメを作るなんて! 素人の浅知恵で始めてみたはいいけど、躓く事ばっかじゃねぇか!」
「大丈夫です! 今の所綾瀬さんのおかげで全部乗り越えてますし、これからもこの調子で頑張りましょう!」
人はそれを丸投げと言う。
「とにかく、そんだけやる事が詰まってる現状で今更シナリオやキャラデザの改変なんて出来るわけないだろ! このまま当初の予定通りいくぞ!」
「えー……」
顔いっぱいに不満を浮かべて頬を膨らませる二人。
いかんせん誰に管理されてるわけでもない高校生の部活。放っておくとすぐにこうやって脱線してしまう。
その度それを軌道修正するのが俺の役目……、あれ、俺制作進行も兼任してね?
「でも、そんな事言う悠一君だってデックロの内容に詳しかったし、見たんじゃない? 昨日の放送」
「う……」
どこか挑発的な表情を浮かべる冬雪の言葉に、思わず言葉を詰まらせる。
見た。何なら昨日の深夜放送を見た後、実況スレを覗いてからもう一回録画したのを見た。
「どうやら図星みたいね。あれを見たなら分かるはずだよ? 血潮がたぎり、胸の内が熱くなるあの感覚を」
「ううっ……」
分かる。あの、寝ても冷めやらぬ胸の鼓動。
今すぐ誰かとデックロについて語りあい、デックロのグッズを買い漁りたい。
そのくらい面白かったのだ。面白くて、熱意が沸いた。
そのあふれ出た情熱を活かし、自分なりのアニメを作ってみたい。今すぐに。
「悠一君。それ、私達なら可能だよ……?」
くっ! まさかこちらの思考を読んだ上で思考誘導してくるとは。冬雪、恐ろしい女……。
「け、けど今更シナリオとキャラデザをやり直すなんて出来っこないだろ! そんな事をするくらいなら、新しいアニメを作った方がマシだぞ!」
「そうだね。新しいアニメを最初から作った方が、良いよね?」
「そうだ……、はっ!?」
「じゃあ、やろう? 新しいアニメも。同時進行で」
冬雪が恐ろしい事を笑顔で言ってくる。最初からこれが狙いか!?
その証拠に横にいる夏音も何度も頷いていた。
「あ、それと表の活動で学校のPR動画を作るよう言われてるから、そっちもよろしくね」
「――――!?」
あまりの展開に声が出せずにいる俺を尻目に、冬雪と夏音は「いえーい!」と満足気に手を打ち合わせていた。
ここは超絶ブラック企業……、ではなく、大山高校動画制作部。
普段オタクである事を隠しながら生活する俺達が、本性を曝け出せる場。
世のアニメ業界は、ここよりもっとマシだといいな。
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