第20話 ゾンビ、第一の事件の真相を見る(前半)
「アヤヤンは絶対無実。あたしが証明してみせる」
カラはそう言って、ロボットの方に向かった。
「TGS1の録画データを確認する。あたしはTGS1はずっとパワーオフの状態だと思ってたけど、起動されてたのかも。ううん。さっきの話だと、テゴッチとニッシーが色々いじってるはず」
カラはそう言って、ロボットの首の後ろをさわり、それからロボットに接続されたパソコンの電源を入れた。
キーボードで何度か入力を繰り返し、カラはつぶやいた。
「パスワードが変更されてる?」
「じゃ、ロボットのデータは見れないってこと?」
「うん。それに、たぶん、誰かが何かを隠そうとしたってこと」
どこかでスマホが鳴った。
カラがスマホを取り出した。スマホの画面を見て、カラはつぶやいた。
「アヤヤンからだ」
カラはスマホを操作して、メッセージを読んだ。読み終えるとカラは俺にスマホを渡してきた。
読めということだろうから、俺はメッセージを読んだ。
―――――――
カラちゃん、ごめんなさい。黙っていて。
立花さんの事件の真相は、TGS1の録画記録に映っているはず。
パスワードは6102。
―――――――
「パスコードを書き換えたのは、三上彩さん?」
俺がたずねると、パソコンにパスコードを打ちこみながら、カラは答えた。
「わかんない。アヤヤンはパスコードを変える権利をもってなかったはずだから」
俺が手に持っているスマホが鳴った。
新しいメッセージが届いていた。
「メッセージの続きがきたみたいだけど。読んでいい?」
「いいよ」
カラの許可をもらったので、俺は読んだ。
カラあてのメッセージだけど、三上彩さんの文章は友達宛てというより、ちょっと改まった感じだった。
他の人が読むことを想定しているのかもしれない。それか、話している辛い内容から距離を取りたいのか。
―――――――
わたしのお兄ちゃんは、6年前、2年生になる直前に、M棟裏の桜の木で自殺未遂をして、それ以来、眠ったままです。
わたしがこの工学部に入学したのは、お兄ちゃんに何が起きたのか知りたかったから。
大学に入って、わたしはお兄ちゃんをいじめた人たちを探して、見つけました。
その一人が立花さん。
だけど、わたしは臆病で、ずっと何も言えなかった。
――――――――
ちょうど読み終わったところで新着メッセージが入った。
彩さんはいくつかに分けてメッセージを送っているようだ。
カラは無言でパソコンの操作をしている。
俺は次のメッセージを読んだ。
―――――――
でも、パンデミックが起こって。今を逃せば、もう永遠に何もできなくなるって状態になって。
ようやく決心ができました。立花さんと話をしようと。
わたしはまず西浦先生に相談をしました。
―――――――
メッセージは次々と入る。
―――――――
西浦先生はいつも通り親切でした。
今はパンデミックで無法地帯になっているから何が起こるかわからない、気を付けるように、と忠告してくれました。
もしも立花さんを問いただすなら、TGS1を起動して、あの部屋で話すように。
そう言って、先生が持つTGS1の管理者権限の情報を教えてくれました。
―――――――
俺がそこまで読み終えた時、カラの操作するパソコンの画面に、映像が映し出されていた。
それはロボットの視点から見える映像のようだった。
カラは言った。
「昨日の録画を見つけたよ。やっぱり、昨日、あの時間、TGS1は起動されてた。これで全部はっきりするかも。再生を開始するね」
パソコンの画面で、TGS1のカメラの録画映像が再生された。
映像にはこちらを向いて立つ彩さんと、こちらに背をむける立花さんの後ろ姿が映っていた。
~~~
立花さんは三上彩さんに尋ねた。
「なんかよう? 三上さん」
「立花さん。野村裕也という人を知っていますか?」
彩さんは手に持っていた紙を立花に見せつけるように持ち上げた。
少し黄ばんだルーズリーフだ。
「この書置きを最後に残し、あの桜の樹で首を吊った学生です」
彩さんが手にするルーズリーフには乱れた筆跡で書き残されていた。「桜の樹の下にはゾンビが眠っている。死んでも受けた仕打ちは忘れない」と。
立花さんは動揺したように口ごもりながら言った。
「野村? なんで、野村のことなんか……」
彩はしっかりとした口調で言った。
「野村裕也はわたしの兄です」
「兄? 野村が?」
「あれから両親が離婚してわたしの名字は変わりました。でも、お兄ちゃんの思い出は変わりません。お兄ちゃんは入学前から大学生活を楽しみにしていました。楽しんでいました。秋までは。だけど、だんだんと暗くなり、怪我をしてくることが多くなり、うつ状態になり、3月の終わりに、あの桜の木で首をつりました」
彩さんは、話し始めると止まらなくなったように、一気にしゃべり続けた。
「あれから、6年。同級生が学生生活を送って卒業して進学したり就職したり結婚したりしてきた、6年間。お兄ちゃんは、友達と大学生活を送ることも、恋をすることも、夢だったロケットのエンジニアになることもありませんでした。そして今は、もう死んでしまったはずです」
彩さんは震えた声で、できる限り感情を押し殺してしゃべっているみたいだった。
立花さんは興奮した様子で反論をはじめた。
「俺のせいじゃない。野村は、勝手に自殺したんだ!」
立花さんの反論に触発されたように、彩さんは感情を押さえられない声で言った。
「勝手に? 毎日、毎日、友達だと思っていた人たちに、嫌でも一緒に講義を受けないといけない人達に、からかわれ、笑われ、バカにされて。夜も眠れなくなって、鬱になって、パニックアタックに苦しんで、発作的に自殺に追い込まれた。それを、勝手に自殺した?」
立花さんはさらに激しい調子で言い返した。
「みんなが、言っていたんだ。俺のせいじゃない。俺は、みんながそういう空気作って、言えっていうから言って、やれって言うから、やってただけだ。だいたい、あいつがホモなのがいけないんだ。気色悪い奴に気色悪いって言って何が悪い? 一緒にいたくない奴に、こっから消えろって言って何が悪い? 俺はむしろ被害者だ」
「気色悪い? それはあなたの勝手な感覚でしょ? わたしはそう感じない。あなたがどう感じようと勝手だけど、自分が嫌いだと感じるからって攻撃していいわけじゃないでしょ? あなたは気色悪いって感じた人全員に、面とむかって気色悪いって言うんですか? お兄ちゃんは普通に友達を作って普通に恋愛をしたかっただけ。誰にでも、幸せに生きようとする権利はあります。でも、他の人が普通に生きようとするのを邪魔する権利は、誰にもありません!」
立花さんは吠えるように叫んだ。
「うるさい! 俺のせいじゃない! 木村なんかにカミングアウトした野村が悪いんだ。俺なんかより、木村の方がよっぽどタチが悪い。あの外面だけいいクズ。あいつがみんなに言いふらして、あいつが一番野村を笑いものにして、あいつが俺をけしかけたんだ。課題を捨てたのも、靴をゴミに捨てたのも、木村がそうしてみろよ、って言ったからだ」
彩さんは青ざめたまま、何も言わなかった。
「俺だって苦しめられてきたんだ。みんな、面白がっていたくせに。みんな、俺をけしかけていたくせに。野村が自殺未遂した途端、全部俺のせいにして、俺を悪者扱いして。そのせいで、俺は大学に来れなくなって留年したんだ。なんで俺が悪者にされないといけないんだ! なんで俺が人殺し扱いされないといけないんだ!」
彩さんは落ち着いた声で言った。
「あなたはれっきとした人殺しです。直接殺していなくても、人殺しです」
「だまれ! 俺は悪くない! 俺は何も悪くないんだ!」
叫びながら、立花さんが猛然と彩さんにつかみかかった。
彩さんは抵抗し、もみ合いになった。
「離して!」
「俺は悪くないんだ!」
体格さは歴然だ。
どう見ても、彩さんに勝ち目はなかった。
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