0−F
「あれっ、ここって‥‥うちの病院?」
私は、完全に無人の静まり返った病院の待合室に立っていた。
転移の魔法で日本に戻れたのだろうか。いや違う、ここは日本の、私の知っている病院内ではない。
不思議な違和感がある。
聖女として観衆の前で杖を使った祝福を行った。
油断はしていなかった。私の直ぐ側には護衛の兵士さんがたくさんいたし、1番注意するべきは無防備になる祝福の瞬間だと聞かされていたから。
協会から妨害があっても対処出来るように練習も準備もしていた。
迂闊だった。まさか杖にこんな罠が仕組まれていたとは思わなかった。
祝福は発動した。しかしその後、今までに無かった大量の光が発せられ、制御が出来ないまま、私は意識を持っていかれた。
その原因となった杖も手元にない。足元に置いていた、ハンズさんから預かった魔導具もここにはない。
「でも、なんでうちの病院なのかしら。それもエントランスホール」
記憶と遜色のない病院のエントランスホール。ただ、今までに見たことがない、人が一人も居ない待合室。
そして、毎日仕事をしていた、慣れているはずの整形のフロアではない。
「誰かいませんか〜」
返事が返ってくるわけもなく、静かすぎて多少恐怖も感じる。
声を出しながら、恐る恐る出入り口の方へ歩いていく。魔物などがいて襲われたら今の私ではひとたまりもない。
「な、なにこれ‥‥」
出入り口の自動ドアの向こう側の景色は、真っ白だった。光を感じる一面の白。
開閉ボタンを押すが、電気が来ていないのかドアが開く気配がない。
手で開いてみるがびくともしない。
「どうしよう。閉じ込められたかも」
□
「はぁ〜。ちょっと困ったわね」
待合室の椅子に座りながらため息をつく。
自動ドアのガラスに椅子を叩きつけ脱出を試みたが、割れるどころかヒビひとつ入らなかった。
奥の事務室や診察室の扉も開けることがなかった。手はかけられるが、ガタガタと動く事もない。
ロッカーや机の引出しは開くのだが、中に何も入っていない。
そして、書類関係があまりにもきれいに整理されている。
ただ、少しわかったことがある。
ここは、きっと私の記憶が作り出した、いびつな病院なのだろう。
ウイルスに感染した国民への治療と、日本に帰りたいという想いが、病院と繋がって、顔であるエントランスとなって現れたのか。
詳しくはわからないけれど、おそらくそういった仕組みになっているのだと思う。
「賢者様が、向こうで何か考えてくれていると思うのだけど」
ただ、あの杖、協会の言う聖遺物だったかしら。
賢者様は、「この世界のものではない」って言っていた。
「何かわかるまで、時間がかかるのかもなぁ」
こちら側からのアクセスが出来ない限り、向こうからのアクションを待つしか方法がない。
その時だった。
「きに出るもんじゃ‥‥ってっ、どこここっ!?」
突然、唯が現れた。
おそらく誰かと、多分トモと話の途中に、杖に囚われてしまったのだろう。
キョロキョロしている唯に手を振る。
「あーっ!ねねちゃんっ!!」
唯がここに来たってことは、トモもそのうちに‥‥。
□
「なるほど。それで俺たちもここに来たってことなのかな」
「でもっ!一緒の所で良かったよねっ!」
急に騒がしくなった病院内。私達はこの現象の意見交換をした。
私が治療と結びつけ、想いが強まってイメージしてしまった病院と、私を想ってくれた2人。
少し嬉しかったけど、2人を巻き込んでしまった事に罪悪感も感じていた。
「ん?気にしなくていいよ。しかしこうなるんだったら、もっと準備してくればよかったよな」
トモが無茶苦茶なことを言っているけど、こんなこと誰も想像できないよね。準備って何?
3人でホール内を捜索する。ただすでに私が思いつく脱出方法を試したこともあり、状況は変わらなかった。
「外の景色を見る限り、セシルバンクルの言っていた「杖の中」とは考えにくいよな。
どこか異空間に捕らえられたと考えるほうが良さそうだ。なんとか脱出したいけど」
トモが自動ドアを力任せに開けようと試みているけど、私のときと同じくびくともしない。
今はあのヘンテコな箱を叩きつけている。
便利よねあの箱。ただ、手品師とは思えない使い方なのだけど。
「なんだか静かな病院って、ち、ちょっと怖いねっ。オバケとか出て来たりしないよねっ」
「出ないわよ。そんなホラー映画じゃないんだから。
そもそもこの世界は魔法の世界で、オバケとか出てくる所じゃないわよ」
全く、唯の想像力には恐れ入る。
「でもねっ、あの時の黒いのってオバケだったんじゃないかなっ。いきなり現れてっ」
唯の言うあの時と言うのは、魔の刻の黒い騎士だろう。
愛子さんでも倒せないと言っていたし、2人があの城で辛い思いをしたのも聞いていた。
確かにいきなり現れて、私を襲ってきたのよね。
「ねねちゃんっ!あぶないっ!!」
「えっ」
私は唯に突き飛ばされる。
いきなりのことだった。倒れ込みながら体をひねり唯の方を見る。
黒い騎士。振り下ろされた刀が、私を突き飛ばした唯の右腕を通過して。
騎士はさらに踏み込んでくる。返された刀が私をめがけて斬り上げられる。
全てがゆっくりと。頭に思い浮かんできたのは、走馬燈という言葉。
ごめんね、唯。巻き込んじゃって。
目を開けた私は、真っ暗なところに居た。
ん?
「あぶなぁ!」
「ちょっ、ちょっとぉっ!トモっ!そこっ、触らないでよぉっ!そんで狭いぃぃっ!」
私達3人は、トモの箱の中に収納されていた。
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