【短編小説】いきもの・にんげん

Yusuke Eigo

1章:人間

「人間とは何なのだろう?」


僕は仕事から帰宅する途中、自宅の近所の公園を歩きながらそんなことを呟いた。夕暮れ時で空は赤く染まり、公園内には僕の足音だけが響いている。


今日の仕事は最悪だった。寝不足が続き、ミスを連発してしまった。その結果、先週に続いて終業後に上司からひどく怒鳴られた。心身ともに、限界を感じ始めていた。


そもそも、僕はどうして今の仕事をしているのだろう。そんなことを考えていると、少し息が苦しくなってきた。


あまりに真剣に考えすぎて、呼吸が浅くなってしまったようだ。僕は慌てて肺一杯に息を取り込み、深呼吸をする。


あれ?そういえば、どうして呼吸が浅くなると苦しいのだろう?僕はそんなことを首を傾げながら考えていると、突然、横の木陰から声が聞こえてきた。


「私はエフアール」


確かにそう聞こえた。低い、感情を感じさせない男の声だった。


「君は何者かね?」


そう続けて男は言った。もしかして、僕に言っているのか?いや、そもそもそっちが何者なんだ。怖い、怖すぎる。


次の瞬間、一気に冷や汗が吹き出てきた。本能が逃げろと告げている。僕は思わず走り出そうとした次の瞬間、


「なぁ、フジ」


男が発したのは、僕の名前だった。


「え?」


僕は走り出そうとした足を止め、声のした木から距離を取りながら振り返った。すると、木陰から見知らぬ男が音も立てずにゆっくりと現れた。


「あなた・・・誰ですか?」


僕は恐る恐る男に声を掛けた。


木陰から出てきた目の前の人物。身長は2mくらいだろうか。黒のロングコート、黒い大きなハット、黒マスク姿の男が立っていた。夕暮れ時のため周囲は薄暗く、表情を伺うことはできない。


「私はエフアール」


男はそう端的に名乗った。


「どうして僕の名前を知っているんですか?」


僕は警戒しながらも、そう男に尋ねた。


「君のことは何でも知っている。この街で生まれこの街で育ち、第五希望で入った会社で、向いていないと感じている営業職をしている。成績はいつも最下位。昨日は嫌いな上司から終業後に2時間も説教されて嫌気が差し、徹夜で書いた辞表を鞄の中に入れている。だが今日は職場で渡す勇気も無く、仕事を終えて家に帰ろうとしている」


男は抑揚の無い言葉でそう続けて言った。辞表のことは・・・まだ誰にも言っていない。僕しか知らないことだ。僕は不安を感じつつも、どう返事をしようか言葉を探していた矢先、


「君はさっき、人間とは何か?と考えていたね」


男から想定外の言葉が返ってきた。


「え?・・・どうして分かるんですか・・・?」


僕は戸惑いながらもそう答えた。


「私はエフアール。何でも知っている。答えを知りたいかね?」


男はそう続けて言った。


「・・・知りたいです」


僕は思わずそう答えてしまった。答えをすぐに求める自分の性格が憎い。しかし、恐怖心よりも、好奇心の方が上回ってしまった。


「答えは、生き物だ」


男はそう端的に答えた。


「例えばそうだな、君たちが呼称する”恐竜“と一緒だ」


男は続けてそう言った。生き物?人と恐竜が一緒?なんて適当な回答なんだ。


「いや、人が恐竜と一緒なわけがないでしょ。そもそも恐竜は遥か昔に滅びたじゃないですか」


僕は思わずそう答えた。


「種としては違う。だが、宇宙から見れば差異は無いに等しい。君はさっき呼吸が浅くなると苦しかった。なぜなら生き物だから。見知らぬ私が声を掛けたら冷や汗が出てきた。そして逃げたくなった。これは生き物としての本能だ。君は命を危険を感じたのだ」


男は続けざまにそう答えた。


「何が言いたいんですか?さっきから宇宙だとか、人は生き物だとか、恐竜と一緒だとか、意味不明なんですが。そもそも、あなたは誰なんですか?」


僕は見知らぬ男に絡まれている恐怖心も合わさり、思わず声を荒げてしまった。すると、


「人生には必ず終わりがある」


男はそう答えた。


「え?・・・人生?・・・終わり?」


予想外の言葉に、僕はそう答えるのが精一杯だった。


「今から三か月後の4月4日、君は職場から帰宅途中、交通事故に遭って亡くなる」


男はそう言い放った。僕は突然の死の宣告に、言葉を失った。なぜそんなことが分かるのか。

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