第9話:はじめてのボス
メイクベダンジョン地下十五階のボスはミノタウロスだ。
RPGでもお馴染みの牛頭に筋肉質な巨体のモンスター。ご丁寧に斧でしっかり武装したこいつがゲーム上初めて現れるのはこの場所になる。
能力は外見通り、タフさと攻撃力重視。しかしながら、味方全体に物理攻撃をしてくる『なぎ払い』と、こちらの防御力を若干下げる『おたけび』といった特殊攻撃を持つため、意外と手強い。
耐性面も結構強く。パラライズとスリープ、それとポイズンは通用しない。
『貫通』があればどうとでもなったんだが、今回はそうはいかない。
うっかりいい攻撃を貰ったら、防御の薄いメイジは一撃で瀕死。最悪死ぬ。
しかし、オレはこいつの前に出ることを、決断してしまった。自分でも驚くべきことに。
ボス部屋の扉を開けて目に入ったのは、フォミナのパーティーが崩壊した光景だった。
前衛の男二人は地面に倒れ込んでいる。まだ生きているのだろう、僅かに痙攣している。フォミナは無事だが、目前にミノタウロスが迫っていた。彼女一人にミノタウロスをどうこうする能力はない。どう見ても終わりだ。
ここで見捨てないと決めた以上、オレは全力を尽くす。
「ハルシネイション!」
ミノタウロスがフォミナに集中していて助かった。おかげで不意打ちだ。
ハルシネイションは相手に幻覚を見せる魔法。これによって、攻撃の命中が著しく下がり、複数のモンスターがいる場合は同士討ちすることがある。
「ぐも?」
フォミナにゆっくり迫っていたミノタウロスが、なんだか可愛い鳴き声を上げた。突然、目の前の光景が切り替わったことに戸惑っているようだ。奴からは見える世界が万華鏡みたいな滅茶苦茶なものになっているはず。
「ぐもぉぉぉおおお!」
怒りと戸惑いそのままに、ミノタウロスが斧を振り回す。当然、オレにもフォミナにも当たらない。
「フォミナさん、大丈夫か?」
「あ、マイスさん? どうしてここに?」
「せっかくだから、ボス戦を見学して帰ろうと思って。大丈夫?」
「私は平気。でも、二人が……」
震える声のフォミナの視線の先には、瀕死になった二人の仲間が居る。
「まだ生きてる。今からあいつを倒せば、全員無事に脱出できる」
「倒す? 無理だよ。いくらマイスさんでも……」
恐怖のためか、口調が素に戻っている。たしか、普段は敬語だが気を許した相手には砕けた口調になるという設定があったな。
そんなことより状況だ。ミノタウロスはまだ暴れてる、そのうちオレ達や倒れてる二人を巻き込みかねない。
「オレに作戦がある。可能な限りの支援魔法をかけてくれ。それと、適時回復を」
「まさか、前に出るの?」
「大丈夫。オレはやられないよ」
多分、という言葉を飲み込んで前に進んだのは、意地か見栄だろう。冒険者ポーチに手を入れて、オレはミノタウロスの前に立つ。
「ハルシネイション!」
「ぐももぉ!」
追加の幻覚を受けて、更にミノタウロスは狼狽える。この魔法だけが、通用する状態異常だ。
さて、一つ問題がある。このミノタウロス、非常に強力な火耐性を持っている。
実はオレ、攻撃魔法は火属性しかない。
はっきり言って、<貫通>に頼るのが大正解なのだ。
にもかかわらず、最適な準備をせずに、この場に来てしまった。フォミナはあのままエスケープの魔法書で脱出して助かるのだから、何もしなくていいのに。
「彼女が酷く落ち込むから」とかいう理由で死地に踏み込むのは我ながらアホの極みだと思う。
戦乱による死を回避するためには、もっとクレバーに、感情を排した行動をしなきゃいけない。それも十分わかってる。
でも、それはそれ、これはこれだ。
自分の好きなキャラの助けになるなら、ちょっと頑張るくらいいいじゃないか。
事実、オレの冒険者ポーチの中には、こういう時のための対策品が詰まっている。
もし、フォミナのパーティーが全滅する瞬間に遭遇したら。
もし、その時に<貫通>のスキルを取得していなかったら。
もし、オレの使える魔法に氷属性がなかったら。
そのための対策品を、オレは冒険者ポーチから取り出す。
ミノタウロスは幻覚でほぼ能力を失っている。
ここから先は死地じゃない。ちょっとリスキーな攻略タイムだ。最悪死ぬけど。
「マイスさん! 危険だよ!」
「支援をたのむよ! 今から何とかするから!」
後ろからの声に応えつつ、オレは冒険者ポーチから取り出した物を、ミノタウロスに投擲する。
「ぐもぅっ!」
三センチくらいの小石のようなものがミノタウロスに触れたと思ったら、その周辺が凍結した。
「もぉぉぉぉ!」
突然のダメージに怒り、斧を振り回すミノタウロス。しかし、奴にオレは捉えられない。振り回す斧が起こす風が顔にあたってすごく恐い。
慎重に距離をとって、ポーチから次の攻撃分を取り出す。そして投擲。
「ぐももぅっ!」
今度は左肩辺りが凍結して、ミノタウロスにダメージを与えた。
「マイスさん、なにを?」
「頼む、支援をくれ! 念のため防御を固めておきたい!」
「は、はい! ディフェンスアップ!」
オレの体の周りに淡い光が満ちた。最下級の防御強化魔法だが、十分だ。なにせ五回まで重ねがけできるからな。
「連続でディフェンスアップ、それと、もしオレが怪我したらヒールを頼む!」
「はい!」
今度のフォミナの返事は力強い。役割がはっきりすると強いタイプだ。
「さて、もう一撃」
「ぐももぅっ!」
再びオレの投げたアイテムで体の一部を凍結させるミノタウロス。
「もおぉぉぉ!」
「うお、あぶねぇ!」
暴風みたいな斧の攻撃に慌てて距離を取る。防御魔法を限界までかけてれば一撃は耐えれると思うけど、できれば貰いたくないな。
「さて、次……」
オレは再び、冒険者ポーチからアイテムを取り出す。
先ほどからオレが投げているのは、氷結小石という、一番弱い氷属性の攻撃アイテムだ。
主にゲーム序盤、属性の関係を説明するときに渡されて、その時だけ役立つ類の攻撃アイテムで、店売りしてても自然と存在を忘れられるやつである。
ゲーム的には氷属性の固定ダメージを与える。ミノタウロス相手なら弱点なので、その数値は倍だ。
<貫通>なしで、火属性しかないメイジが安全にミノタウロス倒す方法。
それがこれだ。ハルシネイションで攻撃を無力化し、ひたすら氷結小石を投げる。
氷結小石の基本ダメージは三十、それが倍になって六十。
ミノタウロスのHPは二千くらいだったはずなので、三十四回、こいつを当てればオレの勝ちだ。
注意する点は幻覚は命中率をゼロパーセントにするわけじゃないこと。たしか五パーセントくらいはこっちに攻撃が来る。……かなり高い確率だ、恐い。
幸い、フォミナが援護してくれるので、それで生き残る可能性を上げられる。
とにかく、始めた以上はやり遂げる。このままミノタウロスを完封してやる。そうしないと死ぬからな!
「ほい!」
「ぐもぉ!」
「ほら!」
「ぐもももぉっ!」
「もっかい!」
「ぐもももももぉっ!」
「もぉぉぉおお!」
「うおおお、あぶねぇ! いてぇ! ちょっとかすった!」
「マイスさん、ヒールです!」
「ありがたい! 支援魔法を絶やさないでくれ! それはそれとして、ほいっ」
「ぐもももももぉっ!」
そんな具合で、何とか直撃を受けること無く、緊張のボス戦をオレはこなす。
戦法は決まっているから、作業に近いが、失敗した時のリスクはでかい。
ゲームと違って、小石が必中とは限らないしな。まあ、ポーチの中に三〇〇個はあるから足りるけど。
「マイスさん! これいつまで続けるんですか!?」
言外に撤退の二文字を滲ませつつ、フォミナが言ってくる。
「もちろん、こいつが倒れるまでだ。あと二六回くらい当てれば倒れるから!」
「なんで数字が具体的なんですか!?」
そんな突っ込みを受けつつも、オレの初ボス戦は続く。
それから三十分後、合計四三回の投擲をもって、オレはミノタウロスを倒した。
予定より数が多いのは、何度か手元が狂って外したからである。
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