第7話:フォミナ・エシーネ

 フォミナ・エシーネ。『茜色の空、暁の翼』のファンディスク『どこかの空で』におけるヒロインの一人だ。元々本編に登場していたんだが、その時はサブキャラの一人で、プレイヤー達に情報提供をする役割で、パーティーインすることはなかった。立ち絵も一枚しかない。


 明るい茶色と野暮ったい眼鏡、後ろでまとめたお下げ髪。それと制服越しでもわかる明らかな胸のおこり。明るく朗らかな性格で適時アドバイスし、常に主人公サイドにいることから、人気を獲得し、ファンディスクヒロインへの下克上を成したキャラクターである


「正直、戸惑ってるんです。後衛としてやるべきことをやっているつもりなんですが、何をしても文句を言われまして」


 そのフォミナがオレの目の前でパフェを食べながら愚痴っていた。

 この世界には喫茶店があり、パフェやらコーヒーまで提供されている。この世界観でどうやって冷凍してるのか不思議だ。魔法だろうか。バックヤードを見たい。


 微妙な挨拶を交わしたオレ達だが、同級生ということで、そのままここで話すことになった。

 軽い気持ちで「オレは今から食事なんだけど、なんか食べる? 奢るよ」と言ったらついてきた。あっさり着いてきてちょっと心配だが、同じ学園出身者ということで安心してるのかもしれない。


「さっきのはちょっと酷かったからな。パーティー抜けられないのか?」

「それが、私の家の関係で組まされてるので、難しくて……」

「ああ……それは大変だね」


 苦しそうな顔をしていうフォミナ。

 彼女の実家は優秀な騎士や冒険者を輩出している小さな領地持ちの貴族だ。兄妹達に比べて学園の成績が悪かったフォミナは家族に心配されて、冒険者パーティーを紹介される。

 卒業後、修行がてら冒険者をやれと言った手前の過保護だったんだが、選んだ連中が悪かった、というわけだ。


「実家が関わってると力になるのは難しいかもしれないな……」

「いきなり失礼をしたマイスさんにそんな迷惑までかけられません。これは、私の問題ですから。なんとかしてみせます」


 そう言いながら、フォミナはパフェをバクバクと食べ始めた。さっきケーキも食べてた。大分ストレスが溜まっているらしい。


「せっかくだし、ここはオレが奢るよ。それなりに実入りもあったからさ」

「え……さすがにそれは申し訳ないんですが」

「気にしないでいいよ。その代わりフォミナが一儲けしたら奢ってくれ。約束な」

「それはもう、とびきりのところに案内しちゃいます」


 にこやかに応じるフォミナ。簡単に食事の約束とかしちゃって、少し不安になるな。


「話くらいで良ければ聞くよ。今日はオレも店じまいだし」

「それじゃあ、遠慮無く……。あ、どうせならマイスさんの話も聞かせてください」


 そういって、しばらくオレ達はメイクベのダンジョンについて語り合った。殆どフォミナの愚痴だったが。

 ……実は助かった。学園の思い出話とかされたらどう誤魔化そうか必死に考えていたけど、回避できたので。


「マイスさん、学園時代よりもとても落ちついていますね。なんか、凄い大人というか」

「家から追い出されて冒険者するしかなかったから、色々あったんだよ」


 本当はただ別人になっただけなんですけれどね。


「今日はありがとうございました。また、機会があれば。マイスさん、良い冒険を」

「ああ、フォミナも良い冒険を」


 一時間ほど話し込んで、オレ達は解散した。


 喫茶店の外に出ると、もう夜だった。思いがけず女性と夕食をしてしまった。

 通りを宿に向かって歩きながら、今日一日を振り返る。ダンジョン攻略、そしてフォミナとの遭遇。 


 まさか、ここでフォミナと会うとは思わなかった。

 

 実を言うと、フォミナはオレの一番好きなヒロインなのである。

 昔からヒロインよりもサブキャラが好きになるタイプなのだ。


 サブキャラから格上げしただけあって、彼女はファンディスクでの扱いが良い。


 まず、個別ルートに突入すると髪型が変わる。髪をばっさり切ってちょっと長いボブカットに整え、髪飾りをつけて印象を変えてくる。

 それだけではない、レベルアップで転職するに従って、彼女の服は露出度が上がる。今は二次職でスカートにスリットが、三次職で胸元が開く。


 そして、極めつけは眼鏡だ。個別ルートに入った彼女は、眼鏡を外す。

 一大事でアル。

 当時、その変化にユーザーは激怒した。SNSが興隆する前、個人サイトと匿名掲示板が中心の世界で、団結し、メーカーに抗議した。問答無用で眼鏡を外すとは何事だ、と。当然、オレも同胞はらから達と共に怒りのメールを書いた。


 そして怒り……いや、願いは通じた。メーカーからの追加配布パッチにて、眼鏡の着脱を選択するイベントが追加されたのだ。

 それだけではない、一部スタッフとイラストレーターもこちら側だったため、凄まじい熱量で仕事をしてくれて、イベントCGが追加された上で、眼鏡も複数種類選べるようになった。


 これが、『あかかファンディスク眼鏡事変』である。今となっては美しい思い出だ。


「……夜は駄目だな。色々思い出す」


 気がつけば、昔のことを思い出しながら宿に到着していた。

 部屋に戻り、シャワーを浴びて、ベッドに入って考える。


 フォミナへの対応についてはとりあえず保留だ。このままいけば、彼女のパーティーは全滅する。無謀にもボスに挑んで、フォミナ以外は死亡。責任を感じてギルドで沈んでいるところで、主人公と出会う。そんな流れだ。


 あいつがこの町に来ているかわからないが、なにもしなくとも、彼女は解放される。それが良い形かはわからないが。


 なにかしたくとも、現状は手出しできない。それに、オレの目的は一年後の死を回避すること。そのためには一人で効率よくレベル上げするのが優先だ。


「…………」


 考えてたら、すぐ眠気がきた。一日で色々ありすぎた。あとは明日にしよう。

 今日は楽しかった。この気持ちのまま、寝てしまおう。


 オレは安宿の硬いベッドに身を委ね、穏やかな眠りに入った。

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