第3話:冒険者生活スタート

 この世界の文明レベルは意外と高い。建物は木組みや煉瓦、古くて立派な石造りといったヨーロッパ風の町並み。歩く人達の服装は現代的では無いが、服の種類や色が豊富だし、窓には板ガラスがはまっている。上下水道も完備され、町は清潔。

 馬車が行き交う道を、なんか魔法生物みたいなのが掃除しているのをよく見かけるので、科学技術の代わりに魔法技術が生活の支えになっているようだ。


 これは非常に幸運だ。リアル中世みたいなところに転生してたら不衛生な環境で病死してたかもしれない。

 色々と都合良く整えられた美少女ゲームの世界に感謝しながら、オレは人の行き交う通りを歩く。


 オレの職業は冒険者。仕事としては、冒険者ギルドから依頼を受ける他、モンスター討伐、ダンジョン探索になる。

 

 オレが冒険者としての最初の滞在地をこのメイクベの町にしたのは理由がある。


 生き残るための手段として、強くなるために必要なものがこの町のダンジョンに眠っているのだ。


 『茜色の空、暁の翼』はオーソドックスなRPGだが、キャラクターの成長はレベルアップ以外にもいくつかの要素がある。

 その一つが、スキル付与だ。封技石と呼ばれるアイテムを入手し、町のスキル屋で依頼することで、<攻撃力+10%>といった能力を付与できる。


 メイクベの町に眠っている封技石は<貫通>。シンプルな名前だが凶悪なスキルである。なにせ、攻撃があらゆる耐性を貫通するようになるのだから。

 これを状態異常魔法と組み合わせることで、ラスボスすら硬直させる凶悪な能力が完成するのだ。なんとしても欲しい


 なお、このスキルはある意味、救済策だとプレイヤー間では言われていた。メイクベの町は戦乱編でしか行けず、戦乱編はちょっと難易度が高めで油断するとすぐメインキャラが死んでしまうのだ。


 それを防ぐためにメーカーが用意したちょっとしたサービス、オレもそんな認識だ。それにしても凶悪すぎるとは思わないでもない。ラスボスがなにもできずに麻痺と毒で死んだときは乾いた笑いがでた。


 ゲームとして遊んでいるときは「ちょっと卑怯だから今回はやめておこう」とか思って取得しないこともあったが、今回は全力で頂きにいく。


 このマイス、生き残るため、思いつく攻略法は次々に試す所存である。

 

 <貫通>の封技石はメイクベダンジョンの隠し部屋にある。最下層、ボスの部屋前のセーブポイントの裏を調べるといきなり道が開く。

 ボス部屋の場所は地下十五階。難易度的に、ソロでいけなくもない場所だ。


 ここで強スキルをとれるかどうかで今後の楽さが決まる。最初はとにかく慎重に頑張らねば。


 そんな風に、これからのことを考えながらオレは路地を歩く。

 行き先は、路地裏に突如現れた小さな店。

 古い佇まいに、古い金属製の看板に魔法陣が描かれた怪しい店舗だ。


「…………こんにちは」

「あら、いらっしゃい。可愛い坊やね」


 緊張しつつドアを開けると、カウンターの向こうにいる、ゆったりとした服に身を包んだ中年女性がオレを出迎えた。


 店舗内は狭く、雑多だ。あらゆる場所に本が積まれ、用途不明の道具が棚に飾られている。

「あの、魔法を買いたいんですけれど」

「もちろん良いわよ! みたところ駆け出しね? 学園の卒業生かしら、サービスしちゃうわよぉ!」


 紫色の口紅をつけたおばちゃんは、なんだか物凄いテンションで応対を始めた。ゲームだと選択肢しか出てこないNPCだったのに、妙にキャラが濃いな……。


 ここは魔法の店。ゲーム内では魔法はレベルアップで覚えるか、店で購入するかの二択だった。だいたい、店売りの魔法は威力が弱かったり、困った時の救済用の向きが強いんだが、今はとても頼りになる。

 朝一番に、宿で場所を聞いたオレは、真っ直ぐにここに向かった。


「それで、なにが欲しいのかしら? 魔法以外も扱ってるわよ? あ、私については要相談、だけれどねっ」

「……えっと、状態異常系と回復魔法はありますか?」


 なんか恐ろしいことを言われたが、できるだけそれを考えないようにしつつ目的を話す。


「あらあら、渋い要求ねぇ。ド派手な魔法を求めないところも、結構好みよ?」


 ……なんて主張の強い店主だ。

 ダンジョン攻略に必要な魔法を買いにきただけなのに、背筋が氷るような体験をしているぞオレは。


「はい、とりあえずは、これだけあるわよ」


 そう言って、おばちゃんは一枚の紙を見せてくれた。店で買って付与できる魔法のリストだ。


「とりあえず、ヒール、パラライズ、ポイズン、スリープが欲しいかな」

「あら、そんなに買ってお金は大丈夫なの?」

「ここにあります」


 オレは持って来た銀貨入りの袋をカウンターに置いた。

 

「懐に余裕がある若者は好感度上がっちゃうわぁ」


 今オレは、美少女ゲームの世界に転生してしまったことを最高に後悔しつつある。自動的に好感度が上がるおばちゃんはちょっと恐怖だ。


「そんな顔しないで、軽いジョークよ。新人冒険者さんなんて緊張してしょうがないでしょ?」


 どうやら顔に出ていたらしく、カウンターの奥でごそごそしながら、おばちゃんが言ってきた。 


「そ、そうですか。たしかに緊張はしています」

「ふふ、誰だって最初はそうなのよ……いいわぁ」

 

 うっとりとした口調でおばちゃんが取り出したのは、水晶球だった。

 それと羊皮紙だろうか? 古くさい紙を何枚か出して、水晶の下に敷く。


「はい、じゃあ、魔法を教えてあげるから、水晶に触れて。……水晶だけだからね?」

「わかりました」


 オレは滅茶苦茶慎重に水晶に触れた。


「では、はじめるわ。静かに、心を落ち着けてね……」


 そう言うと、おばちゃんが静かに何かの呪文を唱え始めた。

 呪文に合わせて、水晶の下に敷かれた羊皮紙が光になって消え、水晶が輝く。


「この者に叡智の欠片を……」


 おばちゃんの厳かな言葉と共に、水晶内の光がゆっくりとオレに移る。


 合計四回。購入した魔法の数だけ、この儀式は続いた。


「はい。おしまい。これで頼まれた魔法は使えるようになってるわよ。呪文を唱えればすぐ発動」

「ありがとうございます」


 魔法の購入と取得は無事に終わった。

 

 実はこの転生先のマイス君。魔法使いなのに、魔法をあまり持っていない。ステータスオープンは出来なくても、なんとなく感覚で取得魔法がわかるんだけれど、「ファイヤアロー」と「ファイヤウェポン」の二種類しか持ってないのだ。

 一年生の頃、主人公に負けてから相当だらけた学生生活を送っていたらしい。


 ともかく、このままでは第一目標の強くなるすら達成できそうにないので、まずは有用な魔法を仕入れたというわけである。


「それじゃ、オレは行きますんで」

「あら、もう少しゆっくりしていけばいいのに」


 意味ありげな目線でこちらを見るおばちゃんがちょっと恐かったので、オレは足早に退店した。

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