二 エターナルゴーストは日本語に訳すと『永遠の幽霊』
現状として、まりんはゴーストであることに変わりはない。だが、ゴーストの前に『エターナル』の言葉が付いてしまっている。これはもう、
「ゴーストなら分かりますが、エターナルゴーストって、どんな意味で……?」
まりんの脳裏に急浮上した疑問をぶつけてみると、面前で佇むエディが気さくに答えてくれた。
「その言葉通りの意味だよ。エターナルゴーストは日本語に訳すと『永遠の幽霊』になる。人間が死してゴーストになった時、四十九日を過ぎてもなお、この世を彷徨い続けるゴーストのことを、僕ら冥府の人間はエターナルゴーストと呼んでいるんだ」
「その……冥府と言うのは?」
「冥府とは、冥界における政府の総称。その中でも
さっき部署に確認したら、きみは死して、半年以上が経過していることが判明したよ。きみがどんな経緯でそうなったのかは分からないけれど……きみ自身が、エターナルゴースト化してから半年以上は経過していることになる。役所としてもこれ以上、容認は出来ない。霊界と言う名の、しかるべき場所へ送り届けるため、きみを保護させていただく」
気さくな口調で返答していたエディさん、最後は真顔を浮かべてまりんにそう告げて言葉を締め括った。冥府役人としての威圧感を漂わすエディさんが、笑みが浮かんでいない真顔でまりんを見据えている。辺りが異様な静けさに包まれ、真顔でエディさんを見詰め返すまりんの顔に、緊張が走った。
てっきり、あの絢爛な館に住む主の追っ手だと思っていたらまさかの冥府役人の登場。冥界の人間である死神のカシン、セバスチャン、シロヤマの三人と遭遇したのは、今から数日前のこと。
彼ら死神とはまた違った立場で、この世に姿を見せた冥界の人間。彼の目的は、面前で向かい合うまりんを保護し、霊界へ連れて行くことだ。まりんが、なんの特殊能力を持たない普通の人間でありなおかつ、この世に未練が何もなければ素直に、エディさんの指示に従うのだろうが、そうは問屋が卸さない(訳=そう簡単に思い通りにはさせない)。
「エディさん……ごめんなさい」
真顔で頭を下げたまりんは、丁重にお断りを入れる。
「私にはまだ、晴らしたい未練があるのでこの世を離れたくありません。今から数日前、私の魂を回収しようと、この世に降臨した死神との死闘の末、私の意志が尊重されました。どうかお願いです。もう少しだけ、時間をください。未練を晴らさせてください」
頭を下げたまま切願するまりん。無言でその姿を見据えるエディさんがやおら返事をする。
「……何もなければ、きみの
真顔で自身の意志を主張したエディさんの目が、鋭さを帯びている。役人特有の威圧感、何事にも動じない強い意志、凜然たる雰囲気を漂わせて。
今にも霊界へ強制連行されそうな雰囲気に圧倒され、たじろいだまりんはいよいよ焦った。
エディさんが一歩ずつ前進するのに合わせて、一歩ずつ後退するまりん。その動作を続けることしばし。少しずつ後退するまりんが知らぬ間に、その背後に佇む誰かに当たった。
「あっ、ごめんなさい!」
「私なら、大丈夫よ」
よく澄んだ美声でそう告げて、まりんを見詰めて微笑む美女の姿がそこにあった。
スポーティーな着こなしコーデの私服。艶のある黒髪ショートが良く似合う、まるで一流モデルのようなスレンダーな美女の出現に、まりんの目がきらきらと輝いた。
「
今から数日前、美舘山町の外れにある廃墟ビルの屋上で、白羽の矢を受けて倒れたシロヤマを巡って、クラスメートの細谷くんとまりんが修羅場っていた。綾さんと出会ったのは、その最中だった。まりんとは親子くらい歳が離れているが、年下のまりんからして見ると綾さんは、頼れるお姉さん的存在である。
「どうして、ここに?」
「女の勘ってやつかしら。妙な胸騒ぎがして……でも良かったわ。こうしてあなたと再会出来て」
優しさと愛情が溢れる微笑みを浮かべてまりんの質問に答えた綾さんは、
「話は聞いていたわ。これからあなたを逃がしてあげる。けれど、私が時間稼ぎが出来るのはせいぜい三十分程度……それまでの間に、冥府役人の彼が張った結界を突破しなさい」
「綾さん……ありがとうございます!」
申し訳ないらや、嬉しいやら……複雑な感情を抱きながら綾さんに感謝をしたまりんは、綾さんの後方まで下がった。
「……これは一体、どういうつもりです?」
瞬時に発動した銀色の結界の中に閉じ込められたエディさんがそう、鋭い口調で綾さんに尋ねる。薄ら笑いを浮かべて、綾さんはやおら返答をした。
「ごめんなさいね。私は、いつだってあのこの味方だから……冥府役人のエディさんには悪いけれど、これから私のエクササイズに付き合ってもらうわよ」
気合い充分の綾さんが気迫に満ちている。それを感じ取ったエディさんがわざとらしく、観念したように返事をする。
「仕方がありませんね……この僕で良ければ喜んでお相手してさしあげます。ただその前に、僕からの質問に答えていただけませんか?自ら張り巡らせた結界の中に僕を閉じ込めたあなたは一体、何者です?」
「魔力と言う名の、特殊能力の使い手よ。本当はこんな力、使いたくなかったのだけど……本気で行かなきゃ、たちまちやられちゃうわ。だから、容赦はしないわよ」
気取った笑みを浮かべて質問をしたエディさんに対し、自信に満ちた笑みを浮かべて返答をした綾さんは凜然とそう告げたのだった。
綾さんから少し離れたところまで後退し、張り巡らされた銀色の結界の外で佇むまりん。タイムリミットは三十分。綾さんが作り出してくれたこの時間を、一分一秒でも無駄にしたくない。いつになく真剣な眼差しでまりんは前方を睨めつけると、駆け足で前進した。
「これから言うことは、僕の独り言だけど……」
銀色の結界の中からエディさんの声が聞こえたのは、まりんがまさに結界のすぐ脇を通り過ぎようとした時だった。
「結界を破ったその瞬間、きみは冥界の中でも厄介な地獄の番人と対戦しなければならなくなる。どこで情報を入手したのか、堕天使がきみに接触したのが彼らにも伝わったようだ。そして彼らはきみのことを、堕天使の仲間だと思っている。僕が張った結界は、きみを地獄まで連れて行こうとする彼らの足止めの役目も担っているんだ。
彼らは冥府が管理をする地獄の番人だけあって、地獄に落ちた
それっきり、銀色の結界の中からエディさんの声が聞こえなくなった。不意に足を止めてエディさんの独り言に耳を傾けていたまりんは再び走り出す。
「さてと……」
先ほど、まりんが投げつけたあるものの側まで駆け寄ったまりんは立ち止まると、頭をフル回転させる。美舘山町で堕天使と再会したところをエディさんに目撃されていた。そのことから、まりんが堕天使と何らかの関係性を持っているとエディさんは考えている。
気掛かりなのはエディさんが、まりんに接触してきたごく普通の
先ほどのエディさんの口振りでは、まりんと堕天使の詳しい関係性までは知らないようだ。が、堕天使そのものがこの世に出現したことは、冥府役所にお勤めのエディさんを含む、冥府全体に知れ渡っているに違いない。
もしそうだとしたら、エディさんに保護された後、冥界にて堕天使との関係性について冥府から取り調べの形で問い質される可能性も……あらゆる可能性を考慮し、エディさんが近くにいる今、堕天の力を使うわけには行かない。なら、この結界を突破するには、堕天の力に変わる力がないと……考えろ、考えろ!
頭の中に流れ込む、死神のシロヤマに出会ったところから今までの記憶を早回しで遡る。そして初対面のエディさんと会話をしたところまで記憶を遡ったところで、まりんははっとした。
『――死神に鎌を振られることもなく、深い怨念により成仏出来ずにこの世を彷徨うエターナルゴーストを保護するのが、僕の仕事なんだ』
そうかっ!
気さくに自己紹介をしたエディさんからヒントを得たまりんは閃いた。
今の私は、ゴーストなんだ。生身の人間じゃない。ということは、私にも使える筈よ。生身の人間じゃ扱えなくて、ゴーストにしか扱えない……霊力ってやつを!
ふぅ……と深呼吸をしたまりん。徐に右手を翳し、アスファルトの路面上に落ちているアクリルキーホルダーに霊力を集中させる。狼のチャームが付いた、わかいいぬいぐるみのような、童話の赤ずきんちゃんの絵柄のアクリルキーホルダーが、ふわりと浮かび上がる。
思った通り、弱いけれど霊力が使えるわ!
予想通りの状況にほくそ笑んだまりん、体の向きを変え、今度は結界に両手を翳す。霊力を失い、自力で浮いていられなくなったアクリルキーホルダーが、ガシャンと音を立てて路面上に落下した。
両手に集中させ、目に見えない透明な壁として聳え立つ結界に霊力を放つも、結界にはヒビひとつとして入らない。エディさんが張った結界は、まりんが思っていた以上に頑丈で、アクリルキーホルダーひとつを動かすほどの微力な霊力では、結界を破るのは容易ではなかった。
霊力が弱すぎる……これじゃ、どんなにがんばったって、結界を破ることは出来ないわ。
一難去ってまた一難。新たな問題に直面したまりんは途方に暮れた。
『結界を破ったその瞬間、きみは冥界の中でも厄介な地獄の番人と対戦しなければならなくなる』
綾さんが張った、銀色の結界の中から聞こえたエディさんの独り言が、まりんの脳裏を掠める。
エディさんの独り言を耳にするまでは、地獄と呼ばれる場所が実在しているなんて知らなかった。それも、冥府が管理をしているだなんて。そんなところの番人が、まりんが堕天使と接触したことを知り、まりんを地獄へ連れて行くためにこの世にやって来た。それを考えると、エディさんが張った結界を破るのが怖くて堪らない。
心底恐怖で全身を震わせたまりんはふと、俯き加減で含み笑いを浮かべた。
今更……なに
危うく恐怖心に呑み込まれそうになっていたところに、まりんは不意に自分自身の立場を思い出したのだ。
いつの間にか、恐怖心から来る全身の震えが止まっていた。すっかり冷静さを取り戻したまりんは奮起すると、いますべきことを考えた。
霊力が弱すぎて使い物にならないとなると……こうなったらもう、覚悟を決めて堕天の力を使うしか……
今、ここで堕天の力を使ったその瞬間、まりんが堕天使と契約をしていることがエディさんにバレて、保護どころの騒ぎではなくなってしまうかもしれない。霊界に行けず、危険人物として地獄に落とされるか冥界の牢獄で幽閉など、最悪の事態を想定しつつもまりんは、堕天の力を使う決意をした。と、その時。
「諦めないで。私も手伝うから」
どこからともなく姿を見せた一人の少女がそう言って、まりんの左隣に佇み、結界に両手を翳した。すると……まりんの霊力だけでは何も変化が起きなかった結界に亀裂が生じたではないか。
「すごい……私の霊力じゃ、結界にヒビひとつ入らなかったのに。ねぇ、一体どんな力を使ったの?」
驚きの表情をして感心の声を上げたまりんの質問に対し、
「魔力って言う名の、特殊能力よ。霊力とは似て非なる力なんだけど……頭でイメージしたものを具現化にしたり、念動力を使って物を動かしたり空を飛べることだって出来ちゃうの」
そう、少女が得意げな笑みを浮かべてまりんの質問に答えた。肩にかかるくらいの、栗色の髪を二つに結わき、学校帰りなのか、襟元に赤いスカーフが結わかれた、グレーの、夏用のセーラー服を着ていた。
そう言えば数日前に聞いたけど、細谷くんも魔力が使えるんだよね。そうか、このこも細谷くんと同じ能力が使えるんだ……うん?
内心、そこまで思ってまりんはふと、腑に落ちない表情をした。
あれこのこ……前に、どこかでみたことがあるような……
「二人だけじゃ大変だろう?俺も手伝うよ」
赤いネクタイを結わいた白シャツにグレーのパンツを着用した、夏用の制服姿の黒髪の少年が気さくにそう言って手伝いを買って出ると、まりんの右隣に立って、二人と同じように両手を前に翳す。少年の力が加わり、結界に生じた亀裂が緩やかに広がって行く。
「あなたも、特殊能力が使えるの?」
「まぁ、特殊能力って言えばそうだけど……俺は、魔法の力が使えるんだ」
右側に顔を向けて平然と尋ねたまりんに少年は、得意げにそう返答をした。
「魔法の力が使えるってことは……分かった!あなた、魔法使いね?」
「正解。俺の他にも、もう一人いるんだぜ。精霊王と契約をする……俺よりも強い魔法使いがな」
「精霊王と契約する……魔法使い?!」
まりんは驚愕した。半年以上も摩訶不思議な体験をしてきているのでもう驚くこともないだろうと思っていたが、ここでまさかの『精霊王』なる言葉を、初対面の少年の口から聞くことになろうとは露程も思わなかった。
「そのことについては後で、状況が落ち着いた時に説明するよ」
妙に冷静沈着の少年が、良く通る澄んだ声でまりんと少年の会話に割って入ると促す。
「とにかく今は、君をここから逃がすために、この結界をなんとかしなければ……」
あらっ!私好みの超美少年じゃないの!!
美少年の出現に、まりんは三人の少年達に見えない角度で顔を傾けるとにやりとしたのだった。
艶のある、黄土色の髪に紫色の目をした、美しい人形のような顔をした少年が、黒髪の少年と同じ制服姿で少女の左隣に立ち、三人と同じように両手を前に翳した、次の瞬間。美少年の力が加わり、結界に生じる亀裂が急速に広がって、やがて硝子が砕けるような音を立てて結界が割れた。
「これで、関門のうちのひとつは突破だ。さぁ、先を急ごう!」
黄土色の髪の少年が、真剣な面持ちでまりんにそう告げた。まりんは無言で頷くと、三人の少年達とともに駆け出した。
結界が、破られたか。
半円形状に広がる銀色の結界の中で、自身が張った結界が破られたことに勘付いたエディさん。
ならば、ここに長居する必要はないな。
前方から攻めてくる綾さんをひらりとかわし、綾さんの背後に回ると、攻撃に特化した
「っ……!」
上から下へ、綾さんが張った銀色の結界が滑るように消えて行く。エディさんに後ろを取られ、不意打ちを食らって倒れかけた綾さんの体を、エディさん本人がしっかりと受け止める。
「すまない……彼女を追いかけるには、こうするしかなかったんだ。三分経てば、動けるようになる」
全身に走る激痛で顔が歪み、痛みに耐える綾さんを気遣いつつも、そっと道端に寄り、近くの電柱を背に綾さんを座らせたエディさん、徐にそう詫びて立ち上がると、体の向きを変えて駆け出す。
「ちょっと……待ちなさい!待ちなさいってば!!」
電柱に寄りかかったまま、自力で動けずに置いてけぼりを食らった綾さんが慌てて待ったをかけたが時既に遅しであった。
「なによ……せめて、怪我の手当くらいして行きなさいよね」
赤ずきんちゃんの彼女を追いかけて、徐々に小さくなって行くエディさんの後ろ姿を見送ることしか出来ず、悔しさがこみ上げてきた綾さんだったが、ぐっと堪えて大人な雰囲気を漂わすと、冷静さを保ったのだった。
「ねぇ、あなた達……一体、どこに向かって走っているの?」
先を行く少年達を追いかける形で住宅地の中を走りながら、そのことを疑問に思い、まりんは尋ねた。
「『グレーテル』って言う名の、喫茶店さ。そこは、私達にとっては強力な味方になってくれる、精霊王の加護がプラスされた強力な“魔法の結界”に覆われている。私としては、このまま何事もなく、安全が保たれる喫茶店へ向かいたいところだが……そう簡単に、思い通りには行かないらしい」
真剣な面持ちで先を走りながら、まりんの問いに答えた黄土色の髪の美少年が不意に立ち止まった。
三人揃って立ち止まる少年達が睨めつける視線の先に、全身黒ずくめの男が二人、眼光鋭くこちらを睨めつけながら仁王立ちしている。
一人は、黒い帽子を被り、帽子と同じ色のトレンチコートを着た男で、真一文字に口を結び、笑みなど一切浮かんでいないその右手には武器となる槍が握られていた。
最後の一人は、黒のライダースジャケットとパンツスタイルのがっちりした体格の男で、口元に薄ら笑いを浮かべてこちら側を睨めつけている。結構な距離があるにも関わらず、彼らが放つ、まるで獲物を射竦めるような、殺伐とした雰囲気がこちらにまで漂っていた。
「な、なにあの人達……?」
「
彼らが放つ、独特の雰囲気に圧倒するまりんに、前方を睨めつけたまま、黄土色の髪の美少年が返答する。
「やつらの目的は、堕天の力の使い手を捜し出し、大魔王のもとへ連れて行くこと。そして私達は、大魔王に連れ去られた君を捜し出して、安全な場所となる喫茶店へ避難させるためにやって来たんだ」
やっぱり私は、大魔王によって拉致されて、絢爛なあの館に閉じ込められていたんだわ。
的確な美少年の返事に、それを再確認したまりんは、にわかに生じたある疑問点をぶつけた。
「さっきも、各々の特殊能力を使って、私を結界の中から救い出してくれたあなた達は一体……何者なの?」
不可解な表情をしながら問い質したまりんの方に顔を向けて、凜々しい笑みを浮かべて美少年は応じる。
「これは失礼。自己紹介が、まだだったね。私は
「退治屋……それじゃ、あなたは……?」
今度は、セーラー服の少女の方に顔を向けながら、まりんは尋ねる。気さくに笑いながらも少女は応じた。
「私は
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