正しい勇者の倒し方
冷田和布
序章
第1話 勇者、倒します
長い長い大理石の廊下を、私は一心不乱に、そして足早に進んでいた。
理由は単純。追われているからだ。
別に悪いことをしたわけではない。
むしろ何かしでかすとすればこれからだ。
追っ手たちはつまり、そのこれからしでかす“何か”を止めようと躍起になっているわけだ。
阻止されるわけにはいかない。
なにせこれは、私の人生に関わる問題なのだから──
「姫様! お待ちください!」
よく通る声が私を呼び止める。
もちろん足を止めてなんかやらない。むしろこれまで以上に大股で引き離しにかかった。
ところが追っ手こと私の側付きメイドたちは長いスカートの裾をつまみ上げながら、上品に、それでいてもの凄いスピードで向かってくる。
さすがは王族の側仕えを務める者たちだ。
常に楚々とした振る舞いを貫き、忙しく働きながらも白いエプロンドレスにはシミ一つ無い。いざとなれば主を守るために戦うこともあるので、並みの兵士じゃ足下にも及ばないほどの猛者揃いでもある。
きっとあの清楚なメイド服の下にはガチムチの筋肉がおさまっているのだろう。私が様々な罠と虚言を駆使して時間を稼いだというのに、ご覧の通り彼女たちは息も乱さず追いついてきた。
実に頼もしく厄介なメイドたちだ。
そんなわけで案の定あっさり追いついてきたメイドは私の半歩後ろまで追いつくと速度を合わせて歩き始めた。
「この先の立ち入りは禁止されております。たとえ姫様であろうとも──」
「そんなこと知っているわ」
私はすました顔で答えた。さりげなく歩く速度を早めてみたけどメイドたちはしっかりついてくる。
“奥の手”を使うことも考えたが、今この場で使ってしまうのも勿体ないので諦めた。アレは本当に大事な場面までとっておこう。
「こんなことをしては陛下に叱られますよ」
それは殺し文句だった。
いつもなら私に相当効く。だけど今日ばかりは狼狽えてやるわけにはいかなかった。
私にも覚悟があるのだ。
だからこう返してあげた。
「お父さまは……もういないわ」
「え……」
私の言葉にメイドたちは思わず息を飲む。
この地を治める『魔王』たるお父様は、この先にはいない。
だから娘の私が代理として出席するのだ。
魔界六氏族が一堂に会し、魔族の未来を決めるこの地で最も偉大な会合──氏族議会。
そこで、重大な提案を長たちにしなければならない。
「魔王フリエオールの名代として来ました。開けてちょうだい」
扉を守る衛兵たちが思わず顔を見合わせる。
彼らには会議が終わるまでの間、いかなる者も中には入れてはならないという命令が下されている。
だけど、その相手が魔王の娘で、おまけに議長である魔王の名代を名乗っているとなると話はややこしくなる。
私はそんな困惑する衛兵の隙をついて扉を蹴破り──してみたがビクともしなかったので普通に扉を押し開けて会議の場に躍り出た。
「姫様……?」
会議の出席者たちは、私の姿を見て一様に驚いた顔をしていた。
思わず席を立ったりお茶を噴き出したり、それぞれリアクションが違っていてちょっと面白い。
笑いそうになったけど私はつとめて平静を装いながら議長席に向かった。
これからする“とある宣言”のためには威厳が大事なのだから。
部屋の最奥に置かれたひときわ豪奢な椅子の前に立つと、私はすぅっと一度息を吸いこむ。そして高らかに宣言した。
「魔王の名代としてここに提案します……戦争です! 人間を滅ぼすのです!」
みんなして『唖然』という言葉がしっくりくるようなそんな顔をしていた。
おかしいな。もっとこう拍手喝采とかあるかと思ってたのに。
「待て待てアリステルよ。戦をするのはまあいい。だが、どうしていきなり攻め込むという話になる」
最初に声をあげたのは竜人族というトカゲ……じゃなくて竜と人間の合いの子みたいな種族の代表だった。
さすが先々代の魔王の頃から会議のメンバーだけあって落ち着いている。顔は怖いけど。
「和平条約が結ばれておよそ二十年。平和に見えても人間どもは結託し我々との戦争の準備を着実に進めています。いずれこの大陸南部に攻め込むつもりでしょう。まあ、その程度のことはさして問題ではありません。人間は我ら魔族に比べればはるかに脆弱な生き物ですから……」
私はそこでいったん言葉を区切る。
はじめは緩やかに、簡単な話からスタートする。あえて皆が当たり前に知っているであろうことを口にするのも手だ。それで、こちらの話を聞く態勢に持っていく。これがプレゼンのコツだとどこかのビジネス書で読んだことがある。
ビジネス書に書いてあったことはおおむね友好だったようで、長たちは乱入した私を咎めるのも忘れて次に何を言うのか身構えてしまっている。
注がれる視線を一身に浴びながら私は核心に触れる言葉を口にする。
「しかし、そんな人間の中にも、決して無視できない存在が現れました。そう……『勇者』と呼ばれる者たちです!」
長たちも『勇者』という単語には身構えるものがあったのだろう。表情を険しくしたのが二人……いや、三人。とくに動じてないのが一人。あと寝てるのが一人。……いや、起きろ。起きて私の話を聞け。
「勇者は魔族に匹敵する身体能力と魔法の力を持っています! やつらのような存在が増えれば魔族と人間の均衡が破られるのも決して遠い未来の出来事ではない! ゆえに、そうなる前にこちらから打って出るのです! 人類根絶やし! 世界征服! みんな幸せ! さあ、今こそ魔族の栄光のため立ち上がりましょう!」
どうだ! と言わんばかりにふんぞり返る私。
ところがみんなの反応はいまいちだった。
「あれ? みんな戦うの大好きでしょ? おろかでぜいじゃくなにんげんどもなんて、こうポイポイってやっつけちゃおうよ」
「いや、そんなことより──」
沈黙が広がる中、別の出席者が声をあげた。
獣人族と呼ばれる人たちの長だ。獣人っていうのは要するにケモ耳ケモ尻尾な人たちだ。
今立ち上がった長も立派な猫科の耳と尻尾を持った美女だった。
「なぜ姫様がこの場にいる? 魔王陛下はいったいどこにおられるのだ?」
「言ったでしょう。私が魔王の名代だって。だってお父様はもう……」
「な……!? 陛下の身に何が!?」
驚くケモ耳おねーさま。相変わらず素直だなー。
よーし。このまま押し切っちゃおー。
「そうね、先に言うべきだったわね。残念だけどお父様は……今代の魔王陛下は死んでしまったわ!」
「生きておるわ!」
私の一世一代の名演技にツッコミをいれたのは、当の魔王さまだった。
髪は乱れ息は上がり、服はボロボロだ。部屋に入れないメイドたちが必死に身だしなみを整えようと追いすがっているのが泣かせる。
「お、お父様どうしてここに!? ちゃんとトドメは刺し……じゃなくて、身動きとれないようにふん縛っておいたはずなのに!」
「父の息の根を止めようとするんじゃない!」
至極ごもっともなツッコミを返しながら、お父さま──今代の魔王陛下はつかつかと私のもとに歩み寄ると首根っこを掴んで持ち上げた。
「いやー! はなしてー! お父様のえっち! DV! 家庭内暴力!」
「どこでそんな言葉を覚えてくるのだ! だいたい、家庭内暴力はおまえの方だろう!」
いや、まったくもってその通りなのだけど私にも事情があるのだ。
しかしそんな説明をお父様が聞いてくれるはずもなく……。
「今日の会議は中止だ。日を改めることとする」
「「はっ……!」」
「いやー! 人類滅ぼすのー! 戦争なのー!」
長たちが一斉に跪くのを尻目に、私はお父様に連行されていくのだった。
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