第12話 江ノ島デート①
五月晴れした土曜日の午後。
僕が塔子さんにデートしてもらった場所がどこかわかる人はいるだろうか――?
ヒント1――相模湾を一望できる
ヒント2――“しらす丼”と“たこ
ヒント3――神社と灯台がある
きっと、もうお分かりですよね。
そう、正解は“江ノ島”だ。
ここがド陰キャのオジサンと元レディース総長向けのモデルデートコースかどうかはわからないけれど、僕と塔子さんがやって来たのは――
落ち込んだ大人も、泣く子も笑う。
夢のワンダーランドだった。
藤沢駅で待ち合わせをして、
江ノ電に乗って2人でゴトゴト……。
江ノ島駅を降りたら商店街を抜けて海岸沿いへ。
その先に広がっていたのは――
みんな大好き湘南の海。
青春の代名詞のようなアオハルスポット。
海は光る砂を撒き散らしかのように銀色に輝き、雲一つ無い空はペンキで塗ったような綺麗な青色で、潮の香りを運ぶ風はどこまでも爽やかだった。
「素敵ですよね。異世界へ繋がる入り口みたいで」
塔子さんを感嘆させたのは片瀬海岸と江の島を結ぶ江の島弁天橋を歩いていると見えてきた青銅の鳥居。
その先に真っ直ぐ伸びていたのが仲見世通りで、賑やかな参道にはお土産屋さんなどが所狭しと軒を連ねていた。
顔よりも大きな“たこ煎餅”。
焦げた醤油と磯の香り。
食べ物の誘惑もたくさん。
そんな魔の手は、僕の隣を歩いてくれていた人にも忍び寄っていたんだ。
「あっ、どうしよう……体が勝手に動いちゃう……」
塔子さんが突然ふらふらと道の端へ。
塔子さんを吸い寄せていた犯人はソフトクリーム屋さんだった。
まさか、地球の重力に逆らえる程の引力が存在するなんて……。
「塔子さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです。今すぐ、この子たちを助けだしてあげないと……」
(助けだしたところで、あなたが食べてしまうのでは?)
少しだけモヤモヤした僕の目の前で――
塔子さんは“湘南ゴールドソフト”がポップに描かれた店先のスタンド看板から離れられなくなっていた。
その背中は、まるで「食えぬなら、食えるまで待とう、ソフトクリーム」そう語っているようだった。
結局、塔子さんの圧力? で“湘南ゴールドソフト”を食べることにしたまでは良かったんだけれど、問題はその後。
注文したソフトクリームの数だった。
なんとなんと、買ったのは“湘南ゴールドソフト”を1つだけ……。
つまり、2人でシェアすることになってしまったんだ。
これが僕にとっては大問題だったんだ。
もちろん嫌だったわけじゃない。
むしろ嬉しすぎた。
あの頃、妄想に明け暮れていた14歳の僕に伝えてやりたい。
お前の夢はちゃんと叶うぞ! と……。
お店が軒を連ねる仲見世通りの端に寄って、2人で立ち食い。
まさかの間接キス……。
僕のデレデレにとろけてしまった顔は、
どちらがソフトクリームか判別できないほどだったろう。
ただ、世の中そんなに甘くはない。
こんな幸せ垂れ流し状態の僕を神様、仏様は許してくれたって江ノ島にいた子供は許してくれなかった。
僕の目の前を通り過ぎざまに言った子供の一言を僕は聞き逃さなかった。
「ねぇねぇ、ママ。あのおじさんリトマス試験紙みたいだね」
どうやら僕の顔は赤くもなっていたみたいで……まさか理科の実験器具になってしまうとは……。
「航太さん、スゴイ! 湘南ゴールドの酸味に反応しちゃったんですね!」
そんなわけあるか!
塔子さんは意外と天然みたいだった。
僕の顔がソフトクリームみたいになっていたのも、赤くなっていたのも全部、塔子さんのせいなのに……。
何はともあれ、ソフトクリームで元気エネルギーをチャージした僕たちは再び、仲見世通りを歩いていた。
スイーツに目がないことが発覚した塔子さんは美味しそうな物を売ってる店を通り過ぎる度に“スイーツ引力”に吸い込まれそうになりながらも
「私、改名した方が良いですよね……“塔子”から“糖子”に」
そう言って笑っていたっけ。
そうなってくると、
僕も“朝倉リトマス航太”にミドルネームを入れなくちゃいけなくなるんだけれど。
二人で仲良く改名した後には、
今度はちょっとした分岐点が待っていた。
それは、どうやって江ノ島の頂上を目指すのかということだ。
数百段はありそうな石段を歩いて上るのか。
それとも、“江ノ島エスカー”と呼ばれるエスカレーターを使用して楽チンプレイを選ぶのか。
近頃、会社の健康診断で引っ掛かる項目が増えてきた僕は正直なところ、少しだけ“江ノ島エスカー”寄りだったけれど、塔子さんに
「もちろん、歩いて上りますよね!?」
まるで星を宿したようなキラキラの笑顔で言われてしまったら、僕ができる返事は――
“はい”か“YES”
どちらかで答えるしかなかった。
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