第98話 陪審員

ある日、突然、郵便受けにある封筒が届いた。

それは陪審員制度のもので、私が陪審員に選ばれたということだった。


珍しい機会なので、私は参加することにした。


受け持った事件は強盗殺人。

一人暮らしの女性の家に押し入り、女性を襲ったのちに殺害、金品を奪って逃走という内容だった。

被害者の女性は、ちょうど私と同じ年だった。


私は犯人に物凄い憎悪を抱いたことは、今でも覚えている。


犯人にアリバイはなく、動機も状況証拠もそろっているようだった。

争点になったのは2つ。

凶器と女性を襲ったかどうかだった。


犯人は被害者と顔見知りであり、密かに思いを寄せていたのだという。


遺体の服は脱がされてはいたが、犯人の体液等は一切付着していなかった。

そして、凶器はアイスピックのようなものとされていたが、凶器自体は見つかっていない。


犯人は全否定して無罪を主張していた。


私はありえないと思った。

襲ったかどうかや凶器が何だとか、どうでもいい。

だって、被害者は亡くなっているんだから。


私は必死に他の陪審員を説得した。


そのかいあって、犯人の男は有罪となり、死刑判決が言い渡された。


それから数年後。


私はこのことをすっかり忘れていた。

仕事に追われ、それどころではなかったのだ。


週末。

次の日が休みということもあって、居酒屋に寄った。

私は雑多な居酒屋の雰囲気が好きなので、時々、こうして飲みに行くのである。


お酒が進んでいる中、ふと、テレビで私が掛け持った事件の犯人が死刑執行されたニュースが流れていた。

それを見て、つい、私は「あ、あの人、死刑執行されたんだ。よかった」とつぶやいてしまった。


すると、隣にいた女性が不思議そうにこちらを見てきた。


そこで私は、陪審員をやったことを話した。

珍しい体験なので、その女性も結構、私の話に食いついてきた。


「この事件って、押し入り強盗ですよね?」

「そうですそうです。被害者が私と同じ年で……」

「ひどい男ですよね。ドライバーで刺し殺すなんて。捕まってよかったですよ」

「私も有罪にできて、ホッとしました」


その女性とは意気投合して、結構な時間、一緒にお酒を飲んだ。


私は久しぶりに楽しい時間を過ごせた。


終わり。













■解説

居酒屋で会った女性は、なぜか凶器が「ドライバー」と知っている。

そして、事件の内容では、女性の服は脱がされていたが、体液等は一切なかった。

つまり、犯人は男性ではなく、居酒屋で出会った女性になる。

語り部は無実の男性を有罪にし、死刑に追い込んでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る