第56話 遭難
僕は小さい頃から山登りが好きで、よく父親に付き合ってもらって、一緒に登山をしていた。
高校の時は友達を誘って、登っていたくらいだ。
とは言っても、ガチガチにストイックな登山じゃなくて、ゆっくりと楽しめる低めの山ばかり登っていた。
道なんかもしっかりとした、遭難なんてまずすることのないような山ばかりだ。
だから、友達も誘えたし、長く続く趣味にもできた。
大学に入ると、山岳部というのがあったので、さっそく入部することにした。
考えてみると、それが間違いの元だった。
大学のサークルなんて、女子とかと楽しくやるものなんていう固定概念があったのだけど、山岳部はまるでその想像と違っていた。
女子なんか一人もいない。
山登りもガチガチのストイックモード。
山登りの装備も一式揃わされて、月に一回は登山に連れていかれた。
楽しむなんて余裕はない。
いつもついていくので必死だった。
登っている間も、なんで僕はこんな厳しい訓練のようなことをさせられているんだろう?と疑問に思うことも多かった。
だけど、そこに転機が訪れる。
ガチガチの山岳部のメンバーが卒業していったのだ。
で、残った部員は僕と同じように、緩い登山が好きってタイプだけだった。
僕たちはすぐに登山部から名前をワンダーフォーゲル部に変更し、登山を楽しむサークルにしようと決めた。
その甲斐もあり、女子も数人入って来て、まさに登山を緩く楽しむサークルになった。
それから数ヶ月後が経った頃。
いきなり、山岳部の部長だった人が様子を見に来た。
いきなりのブチ切れ。
その場で、僕たちを殴り飛ばし、それを見た女子たちは泣き始める始末。
もちろん、次の日、女子たちは全員、退会していった。
山岳部の元部長の怒りは留まることを知らず、合宿だと言い始め、月に一回、ガチの山登りに連れていかれる羽目になった。
僕たちはひたすら元部長の怒りが静まるのを待ち、山岳部に来なくなるように祈り続けた。
だが、その祈りも虚しく、冬が訪れても元部長は僕たちを冬山へ、合宿と称して連れ出していた。
そして、その年の年末。
元部長が、山岳部のときでも登らなかった山に挑戦すると言い出した。
なんとか止めてもらうと説得したが、それがかえって逆効果になり、結局、行く羽目となった。
本格的な冬山はまさに地獄だった。
装備をそろえてあるとは言っても、快適なわけではない。
ギリギリ生きてられるといった感じだ。
勢いで決めたこともあり、最悪な事に元部長は天気を調べずに登り始めた。
まあ、僕たちも調べなかったから同罪なんだけど。
あのとき、調べていたら悪天候を理由に止められたかもしれない。
でも、まあ、今となっては結果オーライだ。
山の4合目くらいまで来た頃だっただろうか。
急に、元部長が焦り始めた。
いつの間にか、ルートを外れていたらしい。
僕たちは完全に元部長を信じていた……というか、ついて行くので必死で、ルートのことなんて気にしていられなかった。
ウロウロと歩き回り、あたりが暗くなってきた頃、最悪な事に吹雪始めた。
あわや、こんな場所でビバークか、と思ったが、メンバーの一人が遠くにある小屋を発見した。
それは小屋というか、倉庫に近かった。
作りが雑で、かろうじてドアが付いているが、隙間から風が入ってくる。
当然、暖房の器具なんかはない。
だけど、テントよりはまだマシだということで、元部長はここで一晩を明かすと指示した。
もちろん、反対する人はいなかった。
というか、そんな元気もなかった。
簡単な食事を取り、あとはひたすら朝が来るまで待つこととなる。
だが、予想外にこの小屋は酷かった。
隙間風と一緒に雪が入って来る。
体感的には、外とあまり変わらなかったのではないだろうか。
夜の12時が回った頃、元部長はガタガタと震えながら、「寝たら死ぬ」と言い出した。
確かに、死んでもおかしくないくらい寒かった。
しかし、僕たちは登山の疲れもあり、気を抜くと眠ってしまいそうだった。
そこで、元部長が「スクエアをするぞ」と言い出した。
スクエアとは有名なアレだ。
四隅に人を配置して、一人が隅に行って、隅にいる人を起こす。
そして、起こしに来た人はその場に留まり、起こされた人は次の隅に行ってそこにいる人を起こす。
これを繰り返して、眠るのを防ごうというものだ。
今、ここにいるメンバーは元部長を含めて全部で4人。
奇しくも、スクエアの話と同じ状況だ。
スクエアの話では謎の1人が現れて、スクエアが成功するという話なのだが、それを期待するわけにはいかない。
そう。スクエアをやるには「5人」必要なのだ。
そこで元部長は「三角形でやるぞ」と言い出した。
四隅を使うのではなく、部屋を斜めに横切ることで人を配置するのを3点にする。
こうすることで、4人でもスクエアが出来るというわけだ。
まあ、三角形だとスクエアじゃないんだが。
小屋の真ん中にランタンを置くことで、その明かりを目印に、対角線上に移動するというわけだ。
幸い、小屋はそこまで大きくないので、ランタンの明かりで四隅までぼんやりだが、見える。
4人によるスクエアが始まった。
なん十周しただろうか?
とにかく、脳死で順番が来れば次の場所にいく。
それだけを考えていた。
そして、ようやく朝を迎えることに成功した。
運が良いことに、僕たちはすぐに救助された。
メンバーの一人が、親に登山のことを詳細に話していたそうだ。
というより、いきたくないと愚痴を言っていたらしい。
その日のうちに連絡すると言っていたのに、連絡がなかったのですぐに救助を呼んでくれたそうだ。
命拾いをした。
だが、一つだけ、不幸なことが起こった。
それは元部長が朝になると凍死していたのだ。
検死結果によると、元部長は深夜の2時にはもう亡くなっていたらしい。
では、僕たちがやっていたスクエアはなぜ成功したのか。
元先輩がいなければ、スクエアは成功しないはずだ。
もしかしたら、スクエアの話と同様に、あの場に幽霊がいたのかもしれない。
終わり。
■解説
まず、登山のメンバーは全員、元部長のことを嫌っていた。
次に、語り部は途中で今回のことを「今となっては結果オーライ」だと言っている。
そして、メンバーたちが一晩を越した小屋は小さく、部屋の中央に置いたランタンで、四隅がぼんやりとでも見えると発言している。
ということは、3人が、スクエアをしているのに、元部長が死んでいることに気付かないわけはない。
(倒れているのが見えるはずである)
つまり、3人は共謀して、元部長を起こさなかったと考えられる。
元部長の場所を外し、3点ではなく2点でスクエアをやって夜を明かしたのである。
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