第5話 分岐点
都市国家ラウルには動揺が広がっていた。
既に避難民が近くまで来ており、受け入れるか否かで判断が割れているらしい。
街の様子から戦争があったことは明白で、
「残党狩りの最中だそうです、姉御」
情報収集から戻ったクロウが言わずとも、勝敗が決したことは読み解ける。勇者の奴、本当にアルタニア国を仕留めたのか。
「こりゃお勉強って状況じゃありません。どうします、姉御」
姉御としてはだね……と、冗談を言っている場合ではない。もう腹は決めている。
「そうね、アルタニアには物質が必要だろう」
「そりゃまあ。残党共に送ってやりますか。時間ぐらいは稼げるでしょう」
「いや」
と応じ更に続ける。
「アルタニアに直接届ける。面拝まないとね」
言葉を受け取ったクロウの顔が、驚きと戸惑いに塗れる。
「レイ、覚悟はいいね」
「もちろん」
「もう止まらない。それでいいんだね」
「当然さ」
呆れるほど泰然としている。ほんと、いつまでも子供と思っていたのに。
「お、お嬢が行くとこじゃありません」
会話の輪から外され、クロウの設定が乱れている。どこのお嬢なのだ。まあ聖王国だけど。慌てふためくクロウに静かに告げる。
「お前は帰っていい」
「お、お嬢なんでです?」
「国に帰るんだ、お前にも家族はいるだろう」
「いやよく知ってますよね」
「知ってる」
「じゃなんで!?」
当然家族がいるからだ。次男坊は大事な予備で、これ以上付き合わせられない。長男が対勇者戦線に放り込まれたら、彼にも機会が巡ってくるかもしれないのだし。
「あたし達は行くよ」
「馬車どうすんです?」
「適当に御者を探すさ」
「ダメです、付き合いますよ」
「いいのかい?」
「よかないですよ。けど、置いて帰ったとなったら親分に殺される」
確かに。父上も兄も許してはおかないだろう。
「好きにしな」
らしく振る舞い一路アルタニアを目指す。
道中何があるか分からない。不安を紛らわせる為、一応手紙を出しておこう。匂わせれば向こうだって気づくはずだ。
ーーアルタニアは山脈地帯にある、山岳国家ともいうべき存在だ。
峻険な地理的要因を生かし、大陸の東西を繋ぐ街道機能も有していた。それが今や死んだらしい。
街道を行けばその往来で判断がつく。
死んだ目をした人々が、ラウルに向かい群れを成している。
もう全てが決定事項に思えた。
私達は街道を逆流するよう静かに進むしかない。
山岳地帯への入り口、関所は機能しておらず、雑多な人々を避けねばならない。
「難しいですぜ、こりゃあ無理がある。止まったら物盗りに遭うのは目に見えてるし、どうします?」
「進んで。きっと大丈夫。ね、レイ」
「うん、進もう」
「知りませんよ……」
私だって知らない。こんな国来たこともないし、こんな悲惨な光景初めて目にする。
けれど今や、戻る方が困難に思えるのだから仕方ない。
ーー関所を無理やり通ろうとした時だ。
「どこの誰だ」
見知らぬ男に声をかけられた。
「どこの誰かと訊いている」
兵士の形をした彼は、殺気立っていた。
「ただの行商だ。物が入り用だと思ってな」
この状況で行商と言い通すのは無理だろう。クロウを制し荷馬車から顔を覗かせる。
正直勇気は必要だったが、私にしか出来ない。
「
この符丁で通じて欲しい。願いが通じたのか、男は驚きいった表情をした後、
「お待たせしました。このような状況で、迎いにも上がれず申し訳ありませぬ」
「いえ、問題ありません。案内していただけますか」
「しばしお待ちを。すぐに空けます」
男がそう言って立ち去ると、街道に道が出来た。
クロウが固まったのは言うまでもない。
――こうして私達は、勇者が占拠したアルタニアの城へと入った。
本当にもう後戻りは出来ない。
城門が閉まり跳ね橋が上がるのを眺めた時、嫌というほど実感することになった。
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