タイトルは最後に

月夜野すみれ

タイトルは最後に ー前編ー

       一


 清美が自分の部屋で英語の予習をしているとスマホの着信音が鳴った。

 画面に「霧生きりゅう楸矢しゅうや」と表示されている。


 楸矢さんからだ!


 清美はこの春、念願だった彼氏が出来た。

 高校に入って以来、友人達に次々と彼氏が出来ていき、内気で男性が苦手な親友の霞乃かすみの小夜さよにまで先を越されてしまった。

 だが!

 小夜の彼氏、霧生柊矢とうやには弟がいた。


 神様は、あたしを見捨てなかった!


 小夜が柊矢の弟、楸矢を紹介してくれてようやく清美にも彼氏が出来た。

 楸矢とは明後日デートの約束をしている。


 もしかして都合が悪くなったとか……。


 楸矢は大学に入ってから忙しくなり頻繁ひんぱんり取りは出来なくなっていた。

 二日後に会う約束をしているのに連絡をしてくるなら緊急の要件のはずだ。

 清美は不安を感じながら画面を開いた。

『十二月二十四日、予定空いてる?』


 デートの誘い!?


 楸矢のメッセージに速攻で、

『はい』

 と、いつもは大量に付ける絵文字を入力する暇すらしんで返信した。

 !マークすら付け忘れた。

『行きたい場所ある?』

『今のところは特に』

 そう答えたものの実はある。

 東京は各地でイルミネーションをやっていて、新宿でも何カ所かやっているところがある。

 土曜に中央公園に行く約束をしたのもイルミネーションの電飾を見ながら「きっと夜は綺麗ですよね」と水を向けるつもりでいた。

 しかし、

『うちでパーティでもいい?』

 と言う返信がきた。

 清美はすぐに、

『はい! パーティ大好きです!』

 と返した。

 去年はクリぼっち(両親がいたけど)だったが今年こそは! と、思っていた。

 だからクリスマスはデートしたい。

 したいが……。

 パーティでいと答えたのは楸矢がそれを望んでいるのは間違いないからだ。


 楸矢を紹介してくれた小夜は一年前まで祖父と二人きりで暮らしていた。

 それが去年の秋、その祖父も亡くなり遠縁の親戚である霧生柊矢に引き取られた。

 柊矢自身まだ二十代なのだが成人しているので小夜の未成年後見人になれたらしい。

 その後、柊矢と小夜は付き合い始めた。


 霧生兄弟も楸矢が生まれた直後に両親を失い祖父に育てられた。

 その祖父も楸矢が小学生の時に亡くなってしまい、成人直後の柊矢が楸矢の未成年後見人になり、去年小夜を引き取るまで兄弟二人だけで暮らしていた。

 だから霧生兄弟も小夜と同じく普通の家庭を知らない。


 今年の三月、小夜は清美に普通の家庭では卒業祝いでどういう事をするものなのか聞いてきた。

 清美の話を聞いた小夜は楸矢の卒業祝いにパーティを開き、清美も誘ってくれた。

 その時、柊矢にプレゼントは持ってこないようにと言われてしまった。

 柊矢はまだ二十代とは言っても楸矢と小夜の未成年後見人(楸矢はもう成人したが)をしているせいか子供(というか未成年者)が余計な金を使うのにい顔をしない。

 そこでパーティ用の飾りを持っていって飾り付けたら楸矢はすごく喜んでくれた。

 柊矢も物珍しそうな顔で眺めていたし、小夜も家でもこう言う飾り付けをするのかという表情をしていた。

 つまり三人とも家でお祝いをした事が無かったのだ。

 となると当然家族でのクリスマスパーティも経験も無いと言う事になる。


 小夜から楸矢は料理が出来る女性が好みと聞いた時、楸矢は家事は女性がするものという考えなのかと少し意外だった。

 楸矢は小夜や清美の荷物をさり気なく持ってくれるし、ドアも必ず開けてくれて先に通してくれる。

 欧米でもここまでレディファーストの男性はいないだろうというくらい紳士的だから女性に家事を押し付けたいと思っているようには見えなかったからだ。

 しかし清美が弁当を差し出しながら、

「小夜ほど上手くないんですけど……」

 と言った時、

「気にしないで。前はお母さんに作ってもらったお弁当に憧れてたけどさ、小夜ちゃんがそう言うの作ってくれて念願かなったから、もうこだわりとか無いよ」

 と言う言葉が返ってきた。

 それを聞いて楸矢は家事を女性に任せたいのではないと悟った。

 家庭に対する憧れからくるものだったのだと。

 真似事でいから家庭的な事を経験してみたかったのだ。

 おそらく家庭に対する憧憬しょうけいの念がかなり強いのだろう。


 小夜も口には出さないが普通の家庭への憧れの強さは楸矢に劣らないようだ。

 それで何かと〝普通の家〟ではどういう事をするのか聞いてくるのだ。

 霧生家に引き取られる前は聞いてこなかったのは祖父に遠慮していたからだろう。

 柊矢に対しても自分の希望が言えないのは同じなのだが家族行事は柊矢や楸矢のためでもあるから頼めるようだ。


 楸矢が土曜を待たずに連絡してきたのは家族でパーティをしたいからだ。

 楸矢は清美の前に付き合っていた女性がいるからクリスマスのデートは経験があるだろう。

 大学卒業後には就職して家を出るつもりらしいが、一人暮らしを始めたら家族と祝うクリスマスは結婚するまで出来なくなる。

 何より楸矢は柊矢と小夜に両親を投影しているようだが結婚後の家族は自分が親になるから子供としての立場は経験出来ない。

 あと四回しかないチャンスを逃したらその後はいつ家族で祝えるかわからないし、柊矢の溺愛っぷりを考えると小夜が高校を卒業したらすぐに結婚してしまうかもしれない。

 結婚して子供が出来たら一番年下――小夜も楸矢より年下だが――ではなくなるから残り四回あるかも怪しい。

 デートは家を出た後でも出来る。

 それを考えたらデートなどより家族でパーティをしたいに違いない。

 それでも先に清美の希望を聞いてくれたのだ。


 ま、クリスマスは来年もあるし……。


 しかしインスタのストーリーには彼氏がいる子のデートの報告が流れてくるだろう。

 見なければいいだけなのだが……。

 来年は清美が大学受験だからクリスマスにデート出来るか分からない。

 清美は溜息をいた。


       二


「疲れた……」

 楸矢が心底疲れ切ったという表情で言った。

 雨宮あまみや椿矢しゅんやはそれを苦笑しながら見ていた。

 椿矢が付きっ切りで指導してようやく楸矢の憲法のレポートが仕上がったのだ。

 椿矢は大学で研究助手をしているので学生にレポートの書き方を教えるのは慣れていた。

「いつも頼っちゃってごめん」

 楸矢が謝った。

 椿矢が答えようとした時、幼い子供を連れた夫婦らしき男女が向かいから歩いてきた。

 両親と両手をつないだ子供が両足を持ち上げてぶら下がった。

 母親が笑いながら子供をたしなめた。

 それを見ていた楸矢が、

「あれ、あんたもった事ある?」

 と聞いた。

「あるんじゃないかな」

 椿矢は小さい時からかなり冷めた性格だったから、った事があるとしたら物心付くかどうかの頃くらいだろう。

「面白かった?」

「その時は面白いと思っただろうけど……」

 ちょっとしたおふざけだ。それも子供の。

 思い付いた時にってみる。

 そんなおふざけの時に何を考えたかなど一々覚えていない。

 った事があるかすら覚えてないくらいだ。

「子供ってああ言うの好き?」

「それは子供によるけど……そう言えば榎矢かやはよくってたな」

 榎矢と言うのは椿矢の弟である。

「そっか」

 楸矢はれ違った親子の背中を見ながらつぶやいた。


 椿矢はそんな楸矢を横目で見ていた。

 楸矢もだが、小夜も両親と死に別れたのが二歳の頃だから、ああいう事をした記憶は無いはずだ。

 小夜は居候いそうろうが申し訳ないからと霧生家で家事をしている。

 小夜が料理や弁当を作ってくれたり、楸矢が柊矢に叱られる度にかばってくれる事などを、

「きっとお母さんってこんな感じなんだろうなって思ってさ。小夜ちゃんのお陰でそう言うの、経験出来たんだよね」

 と目を輝かせて語っているのを聞いて楸矢がどれほど家族に憧れていたか痛感した。


 だが小夜にはその経験が出来ない。

 楸矢に「小夜ちゃんも家族だよ」と言われて嬉しそうにしていたらしいが、それだけだ。

 親とはこういうものなのか、と思えるような経験はした事が無いはずだし、この先も無いだろう。

 自分の子供に与える事は出来ても、小夜自身が享受きょうじゅする機会は一生ないに違いない。

 冷めた性格の椿矢でも知り合いがそう言う境遇だと聞くと同情の念がく。


 土曜の午後、清美は楸矢と中央公園を歩いていた。

「あれ、なんだろう」

 植え込みの中に置かれている白い鹿のような動物の置物を見た楸矢が言った。

「クリスマスに合わせてイルミネーションやるんですよ」

「へ~、そうなんだ。ならクリスマスに見に来ない?」

「え、パーティの後ですか? 片付けとかした後だと遅くなるんじゃ……」

 かといって楽しみにしているパーティをデートの為に早く切り上げさせるのも申し訳ない。

「それはイブだよ。クリスマスは二十五日でしょ」

 確かに……。

「じゃ、イブがパーティでクリスマスがデートですね!」

 清美が勇んで言うと、

「うん」

 楸矢が笑顔でうなずいた。


 裕也は描き上げた絵を眺めた。

 この絵は大学の文化祭に出す事になっている。

 荒涼こうりょうとした大地と空に浮かぶ月より大きな白い天体。

 それは物心ついた時からよく見る夢の中の光景だった。

 白い星を見る度によく分からない衝動しょうどうき動かされてき続けてきた。

 焦げ茶色の乾燥してひび割れた大地と白い星、たまに白い星とは別に、月と同じか少し小さいくらいの天体が見える事もある。

 絵を見た人達からは「中二病」と笑われた。

 しかし夢を見る度に「かなければ」という使命感にられてやめられないのだ。


 清美が登校すると小夜が声を掛けてきた。

「買い物?」

 清美が聞き返した。

 小夜から買い物に誘われたのだ。

「うん、クリスマスの飾りとかよく分からなくて……」

「誕生日とかと同じだよ」

 先月の楸矢の誕生日のパーティの時は一人で買いに行って飾り付けていた。

「違うとことか全く無いの?」

「後はリースくらいだと思うけど……」

 おそらく〝普通の家庭〟のクリスマスパーティがしたいのだろう。

 元々キリスト教のお祭りで、キリスト教徒ではない日本人は便乗している――と言うかケーキ店やファーストフード店、玩具メーカーなどの各業界が宣伝して大衆を乗せた――だけだから〝普通〟など無いのだが、全く経験が無いとそれすら分からないようだ。

 好きなようにすればいだけなのだが小夜は〝一般的な家庭〟のクリスマスパーティをしたいのだろう。

 そして、それは楸矢も同じはずだ。

 小夜の性格からして誰か(つまり清美)から「これでいい」と太鼓判たいこばんを押されないと不安なのだろう。

 自分の家でった事が無くても友達の家に遊びに行った事があれば分かりそうなものだが、いくら親友とは言え「小中学生の頃、友達いなかったの?」とは聞けない。

 まぁ聞くまでもなくなかったのだろうが。


 小中学校時代の友達の話、聞いた事ないし……。


 清美が小夜と知り合ったのは高校に入ってからだ。

 清美から積極的に話し掛けたから仲良くなったが、それまで小夜には友達がいなかったし、その後も特別親しくなった相手はいない。

「いいよ、楸矢さんも楽しみにしてるし」

「ありがと」

 小夜がホッとした表情になった。

 それから、

「清美のうちもクリスマスツリー、飾るよね?」

 と訊ねてきた。

「うん」

生木なまきじゃないよね?」

「なまき!?……あ、鉢植えって事?」

「ううん、った木」

「え?」

「柊矢さんが生木のツリーを注文しようとしたんだけど、伐った木って枯れるからクリスマス終わったら捨てちゃうでしょ。それは可哀想だから」


 伐った木のツリーなんて聞いた事ないけど……。

 まさか七夕の笹と間違えてるとか?


「それに、うちの前の道って狭いからトラックが入ってくるの大変だし」

「トラック!?」

「普通の車じゃ運べないでしょ」

 小夜の言葉に清美は絶句した。

 どうやら柊矢は海外の映画に出てくる天井まで届くような大きなツリーを注文しようとしたようだ。

 自宅で自分が用意するという経験が全く無かったため、映画に出てくる物しか思い浮かばなかったらしい。

 清美はアメリカのドラマで主人公が山に伐りに行ってるエピソードを思い出した。


 住んでるのが新宿じゃなかったら山にりに行ってたかもしれないんだ……。


 おじいさんはしば刈りに……。

 お爺さんじゃないけど。


「柊矢さんちの物置にツリーあるんじゃない?」

 霧生兄弟の両親が亡くなったのは柊矢が小学生の時だし、その両親の学生時代は既に平成になっていたのだから当然柊矢が生まれる前からクリスマスは祝っていただろう。

 柊矢達が気付いてないだけで家にツリーがあるはずだ。

 霧生家は一戸建てで小さいが納屋もあるから親が片付けた場所を知らないだけだろう。

「普通は仕舞しまっておいて十二月に出すものだよ。うちもそうだし」

「清美んちは先祖伝来のツリーがあるんだ!」

「いや、伝来じゃないよ。一般家庭が祝うようになったの戦後じゃん」

「でも清美のお祖父さんやお祖母さんも戦後生まれでしょ。三代なら伝来って言わない?」

「そりゃお祖父ちゃんが使ってたのもらってれば言うだろうけど、オーナメントならともかくツリーなんか子供に譲ったりしないよ」

「そっか。あげたら自分が飾れなくなっちゃうよね」


 そうじゃない……。

 これは一から教えないとダメだ……。


 清美は覚悟を決めた。

 楸矢とはクリスマスの晩にデート出来ることになったのだから、イブのパーティは楸矢と小夜が家族でのクリスマスを楽しめるように全力をくそう。

 ドラマに出てくるような天井に届く高さのツリーが霧生家のリビングに置かれているのもちょっと見てみたい気はするが……。

 まぁ、今年は〝一般的な〟クリスマスにしておこう。

 楸矢が、柊矢は小夜に「ゲロ甘」と言っていたから「小夜が喜ぶ」と言ってそそのかせばすぐに巨大なツリーを取り寄せるだろう。


 来年、柊矢さんに言ってみよっと。


「とりあえず、ツリーの事は柊矢さんに納屋を確認してもらってからで遅くないよ」

 新しく買うにしても箱から出して飾るのに一日も掛からない。

「うん、ありがと」

 小夜は素直に頷いた。

「お料理は七面鳥?」

「それは感謝祭。クリスマスはチキンだよ。後は適当にケーキやご馳走ちそう買ってる」

「え!? クリスマスのお料理って買うものなの!?」

「いや、単に面倒だからだよ。今は御節おせちだって買ううち多いし」

「じゃあ、特にこれって言うのはケーキとチキンくらい?」

「そうだね。チキンにしてもファーストフード店が定番化させただけだし」

 その店の本社があるアメリカでは食べないが。

 少なくともファーストフード店で買ったチキンは。

 ファーストフード店で売ってる料理は〝特別な食べ物ごちそう〟ではないからだ。

「だから作るうちもあるよ」

「そっか、じゃあクリスマスのレシピ調べてみる」

「あたしも手伝いたいから簡単なのにして」

「うん」

 小夜の言葉に清美はスマホを取り出すとクリスマス料理のレシピを検索し始めた。


       三


 その晩、従姉から大学の文化祭に来るように圧力をかけられた清美は困って楸矢に電話した。

 従姉が通っているのは美大だ。

 はっきり言って芸術の類には興味が無い。

 しかし楸矢が一緒なら楽しめるだろう。

 楸矢は音大生だから美術も清美よりは理解出来るはずだ。

「文化祭? いいよ」

 楸矢があっさり承諾してくれて清美はホッとした。


 楸矢との約束を取り付けて肩の荷を降ろした清美はパソコンを立ち上げた。

 楸矢へのクリスマスプレゼントが思い付かないので探しているのだ。

 誕生日の時もかなり悩んだ。

 趣味を聞いたら、

「特に無いかなぁ。ずっとプロの音楽家にならなきゃいけないと思い込んでたからフルートの練習ばっかで余裕なかったんだよね」

 と言う答えが返ってきた。


 思い込んでいた、というのは柊矢も楸矢と同じ音大に通っていたのだが育ての親である祖父が亡くなったのが大学一年の時だった。

 それで柊矢は楸矢を育てるために大学を中退した。

 柊矢はかなり才能のあるヴァイオリニストだったにも関わらず、楸矢のために音大をやめプロの音楽家の道を諦めたので自分が代わりにプロにならなければならないと思っていたのだ。

 だが柊矢は楸矢にそんな事は望んでいなかったと知った。

 楸矢自身も柊矢の代わりにプロにならなければという義務感で目指していただけでなりたいと思っていた訳ではない。

 ただそれを知った時には既に音大への入学は決まっていたのでそのまま進学したが卒業したら普通の企業に就職するつもりらしい。


 音大生の彼氏というのは清美も想定していなかったので何を贈れば喜ばれるのか想像も付かなかった。

 しかも忙しくて趣味も無いとなると皆目かいもく見当けんとうが付かない。

 それで誕生日の時は小夜に頼んでパーティのケーキを作らせてもらった。

 と言っても小夜に付きっ切りで指示してもらってなんとか作れたのだが楸矢はすごく喜んでくれた。

 今時ケーキを作る母親はお菓子作りが趣味の人くらいだと思うが楸矢にとっては憧れていた事だから嬉しかったらしい。

 もっとも卒業パーティの時にも小夜がケーキを作っているのだが。

 とは言え毎回手作りケーキでは芸が無い。

 ネットを検索しているとアドベントカレンダーが目に止まった。


 アドベントカレンダーか……。


 アドベントというのは待降節の事でクリスマスまでの準備期間を言う。

 アドベントカレンダーというのは日付が書いてある引き出しの付いたカレンダーで、中に入っているのは基本的にはお菓子だが小物などの場合もある。

 要はクリスマスまでのカウントダウンをしながら、ちょっとしたプレゼントを楽しむものだ。

 日本で流行はやり始めたのは最近だが元々この手の外国の行事は流行はやすたりがあるから定番と言えるのはツリーとケーキくらいだろう。

 そのケーキにも流行りがある。

 普通のショートケーキからブッシュドノエルに移ったが、それも最近はすたれ始めているようだ。

 アドベントカレンダーを好むのは子供と若い女性が主だが、子供の頃に家でクリスマスを楽しんだ事が無いなら、クリスマスを待つ子供の気分を楽しめるものもいかもしれない。

 クリックしかけて指が止まった。


 高い……。


 しかも中身は別売りだ。

 他に無いか検索するとオーナメント形式のアドベントカレンダーが出てきた。

 紙製のシンプルな形ならそれほど高くない。

 当然、中身は別売りだが市販のお菓子なら安くませられる。

 問題はアドベントカレンダーは十二月一日から二十四日まで毎日開けるため二十四個ある。

 待降節は四週間だから本来は二十八個だが、そもそも日本人のほとんどはキリスト教徒では無いから切りの良い十二月一日から始まるものが多いのだ。

 二十四個だと霧生家のツリーが小さかったら飾りきれない可能性がある。

 十二月までまだ何日かあるし小夜に聞いてからにしよ。

 清美はクリスマスの料理を検索し始めた。


 清美と共に美大の文化祭に来た楸矢は一枚の絵の前で足を止めた。

 荒涼とした大地の上に白い大きな天体が浮かんでいた。

「珍しいですね、こんなに大きな月を書くなんて」

「……これ、月じゃないよ」

 楸矢が絵を見詰みつめたまま答えた。

「え?」

 絵画で実物より大きくくのは珍しくない。

 誇張しているわけではなくても注目しているものは脳内補正で大きく感じるからだ。

 だから写真に撮ると予想外に小さくて驚く事も珍しくない。

 だが、これは月ではない。

「これ、ムーシケーだよ」

 ムーシケーって確か楸矢さん達の祖先――ムーシコス――が住んでいた惑星ほしだっけ。

 四千年前、隕石が降りそそぐようになった為、地球へ避難してきたと言っていた。

「ここ」

 楸矢は絵の地平線の左端の白い半円形の小さな山を指した。

「これ、ドラマだよ」

「ドラマ?」

 清美は首をかしげた。

 テレビの話ではないのは明らかだがよく分からない。

 ムーシケーやムーシコスの説明は聞いたものの全く知らない言語の単語の上に長い。

 しかも似ている。

 同じ語源からの派生だかららしいが馴染みがない上に長くて似てるとなると混乱する。

 ただ『ドラマ』という言葉は聞いた事が無い。

 あれば今と同じ疑問を抱いただろうから覚えてるはずだ。

「ドラマって言うのはムーシケーとグラフェーの衛星」

 グラフェーはムーシケーの二重惑星の片割れで巨大隕石の衝突で壊滅かいめつしたと聞いた。

 それなら荒廃していてもおかしくない。

「えいせい……月って事ですか? これは山じゃないんですか?」

「そう、月。地平線から上り始めてるか沈み始めてるから山みたいに見えてるだけ」

 楸矢はそう説明しながら絵を見ていた。

 絵からとても強い想いが伝わってくる。

 だけど……。

 楸矢は考え込んだ。

 どう解釈すればいのか良く分からない。

 ムーシコスはグラフェーには行けないはずだからグラフェーからムーシケーを見る事は出来ない。

 どちらにしろムーシコスが想いを伝える手段はムーシカだから絵では伝わらない。

 となるといたのはグラフェーから来た人間と言う事になるが、ムーシコスにグラフェーの人間の想いは感知出来ないはずだ。

 だとしたらこれはグラフェーから来た人間の想いを感じ取っているのではなく、ムーシケーが何かを伝えてきているのだ。

「文化祭、今日までだよね?」

「はい」

 清美の返事を聞くと楸矢は辺りを見回した。

 楸矢は入口に立っているスタッフらしき女性に歩み寄った。

「すみません、あの絵いた人、いますか?」

 楸矢は絵のタイトルを告げて訊ねた。

「裕也君」

 女性が青年に声を掛けた。

「何?」

 裕也はすぐにやってきた。

 楸矢は女性に礼を言うと、

「あそこに展示してある絵なんだけど……」

 裕也に向き直って訊ねた。

「何か?」

「あの絵、見せたい人がいるんだけど今からじゃ文化祭が終わるまでには来られそうにないから、他の日に見せてもらえないかと思って」

「写真、って送っていいよ」

「写真で分かるかどうか……」

「何が?」

「あの絵に込められた想い」

 裕也は驚いて楸矢を見た。

 分かった人は初めてだ。

「それに、他にもあるでしょ」

「え……?」

「あの惑星ほしの絵、見て・・描いたんでしょ。だとしたら見た・・のは一度だけじゃないよね」

「まさか……君も見た事あるのか!?」

「向こうからは無い」

「向こうってどういう……」

「多分、見せたいって言った人の方が上手く説明出来ると思う」

「分かった」

 楸矢と裕也は連絡先を交換した。


       四


 翌日、楸矢は椿矢を家に呼んだ。

 小夜と柊矢もいる。

 楸矢は美大で見た絵の話をした。

「グラフェー!?」

 椿矢が声を上げた。

 小夜も目を丸くしている。

 柊矢はどうでも良さそうな表情をしていた。

「ムーシケーを地上から見上げてる絵だし、ドラマも見えてるって事はグラフェーから見たって事でしょ。地面に草一本も生えてないし」

「それで? グラフェーからも来てるのは知ってるだろ」

 柊矢が無愛想に言った。

 小夜と歌っているところを呼び出されたので不機嫌なのだ。

 小夜ちゃんとムーシカ……。

 柊兄とうにい、ブレないな……。

「よく分からないけど、ただムーシケーを描いただけじゃないみたいなんだ。俺達はグラフェーの人間じゃないから普通ならただの絵に見えるはずでしょ」

「ムーシケーに関係あるかもしれないって事?」

 椿矢が訊ねた。

「うん」

「そうなるとクレーイス・エコーの役割になるから僕は関係ないと思うけど」

 クレーイス・エコーとはムーシケーの巫女のようなものでムーシケーの意志を実行する――ムーシケーの伝えてきたムーシカを歌う――者を指す。

 ただ、ここは地球よそのほしだ。

 ムーシケーは地球や地球人には干渉しない。

 だからムーシケーが意志を伝えてくることは滅多にない。

 ムーシケーやムーシコスに絡むことが起きた時だけムーシカを伝えてくるだけだ。

「自分を地球人だと思ってる人にグラフェーの説明、俺達に出来ると思う?」

 確かに……。

 柊矢はかしこいが小夜以外の人間には素っ気ない。

 小夜も頭はいが内気な上に男性が苦手だから初対面の相手とは上手く話せない。

 楸矢は賢明けんめいではあるが説明の類は苦手だ。

 何よりこの四人の中で一番ムーシケーに関する知識があるのは一族の言い伝えを訊いていてムーシケーやムーシカの研究もしている椿矢だ。

「分かった、一緒に行くよ」

 椿矢は頷いた。


 翌週の日曜日、裕也の家に楸矢、柊矢、小夜、椿矢の四人が来ていた。

 楸矢は裕也に四人を紹介した。

 裕也は今まで描いた絵を見せた。

 絵を見た瞬間、小夜と柊矢が目を見開いた。

「どう思う?」

 楸矢が三人に訊ねた。

「ごめん、僕にはムーシケーって事しか分からない」

 椿矢が謝った。

「てことは、分かるのはクレーイス・エコーだけなんだな」

 柊矢が言った。

「どういう事だ? ムーシケー? クレー……何?」

 裕也が訊ねると椿矢が白い星を指した。

「これはムーシケーって惑星ほし。この絵はグラフェーって惑星ほしの地上からムーシケーを見上げたもの。こっちの小さいのはムーシケーとグラフェーの衛星のドラマ」

「なんでそんな事が分かるんだ!? アニメか何かに出てきたものなのか?」

「四千年前、君の先祖はグラフェーから、僕達四人の先祖はムーシケーから来たから」

「ここにる全員が宇宙人だって言うのか!?」

 裕也は正気かというように椿矢を見た。

「大昔の先祖がね」

「ここに人が住めるのか?」

 椿矢は数千年前、ムーシケーとグラフェーの外側を回ってる惑星が別の天体とぶつかって砕け、その破片の中でも大きなものがグラフェーに落ちて壊滅かいめつしたと説明した。

 破片が落ちてくるのに気付いたグラフェーとムーシケーは自分達の惑星ほしの人間達を地球に送った。

「送ったってどうやって」

「空間がたまに地球とつながるんだよね。それでムーシコス――あ、ムーシケーの人間の事ね――は地球との間を出来るんだ」

「今も往き来してるのか?」

「基本的には無理。ムーシケーがこばんでるから。例外的に許された人が短時間だけなら行けるだけ」

「さっきから気付いたとか、拒んでるとか意志があるみたいな言い方してるが……」

「ムーシケーは意識があるから」

ムーシケー・・・・・は?」

「グラフェーは衝突しょうとつの時の衝撃しょうげきで意識を失ったみたい」

「みたいってはっきりとは分からないのか?」

「惑星の意志とか普通は分からないでしょ」

 それはそうだ。

「そもそも意志があるなんて最近まで誰も知らなかったくらいだよ」

「なんで分かったんだ?」

「クレーイス・エコーって巫子みこみたいな役割を与えられた人の中にまれに分かる人がいるの。彼女がそう」

 椿矢が小夜に視線を向けた。

「彼女ほどじゃないけど彼らも分かる。だから君の絵に込められてる想いに気付いた」

 椿矢が柊矢と楸矢に目を向けた。

「あんたは分からないのか?」

「うん。ムーシケーの意志も分からないし、君の絵も普通の絵に見える」

 裕也は文化祭で楸矢が「絵に想いが込められている」と言っていたのを思い出した。

 つまりクレーイス・エコーと呼ばれる人達にだけ感じ取れる何かがあるのだ。

「その話をする為にわざわざ見に来たんじゃないんだろ」

「この絵、想いを伝えたくて描いてるんだろ」

 柊矢が言った。

 裕也は黙ってうなずく。

「僕達はグラフェーの人間じゃないから断言は出来ないけど、君はグラフェーのクレーイス・エコー的な人なんじゃないかな」

 椿矢が説明した。

巫子みこって事か?」

 裕也の問いに椿矢が頷いた。

「グラフェーは意識が無いのに選べるの?」

 楸矢が訊ねた。

「この絵、グラフェーの想いをムーシケーに伝えたいんだよね?」

 椿矢が再度確認するように訊ねた。

 小夜が首肯しゅこうする。

「でもグラフェーは今、意識が無いし、そもそも両想いなんだからわざわざく必要ないよね」

 椿矢の言葉に小夜が再度頷いた。

「多分だけど、グラフェーの意識が無いから中途半端な受け取り方しちゃってるんだと思う」

「それで? どうしろって言うんだ」

「別に」

 柊矢が答えた。

「え?」

 裕也は意味が分からず柊矢の顔を見た。

「ムーシケーと関係ないなら俺達にも関係ない」

「いや、関係あるでしょ。君達は絵から想いを感じ取ったんだから」

 椿矢が言った。

「グラフェーの想いならムーシケーはとっくに知ってるし、この絵の事も楸矢が見た時点で知っただろ。用はんだから後は好きなようにすればい」

 柊矢がそう言った時、小夜の胸元が光った。

 柊矢、楸矢、椿矢の視線が小夜に集まった。

 小夜がネックレスクレーイスを服の下から取り出した。

 ムーシケーがムーシカを伝えてきたのだ。

 柊矢と楸矢も分かったらしい。

 椿矢には光しか見えないがムーシカを伝えてきているらしいと言う事は分かった。

「帰るぞ」

 柊矢がきびすを返した。

 小夜と楸矢が裕也に礼を言った。

 楸矢は、

「聞きたいことが合ったら連絡して」

 と言い残して柊矢に続いた。

「なんだったんだ」

 裕也はよく分からないまま首をひねった。


「なんであそこで歌わなかったの?」

 椿矢が訊ねた。

 クレーイスが光ったのならムーシケーがムーシカを伝えてきたと言う事だし、あそこで伝えてきたなら裕也に聞かせろという事だろう。

 ムーシコスならムーシカはどこにいても聴こえるが、裕也はムーシコスでは無いからムーシカは肉声でなければ聴こえない。

「演奏も必要らしい」

 柊矢が答えた。

 ムーシコスには歌手ムーソポイオス演奏家キタリステースがいる。

ムーシカ〟はムーソポイオスが歌った時だけ、〝演奏〟はキタリステースが専用の楽器で演奏した時だけ、その場にないムーシコス全員に聴こえる。

 裕也はムーシコスではないから普通の楽器でもいのかもしれないが、どちらにしろ今は手元に楽器がない。

 一旦家に戻る必要があるのだ。


 数日後の夕方、大学の門を出ると人だかりが出来ていた。

 歌声が聴こえてくる。

 大学の前で路上ライブなんて珍し……。

 声の方に視線を向けて目をいた。

 この前の四人がいた。

 柊矢、楸矢が見慣れない楽器を弾いている。

 そして小夜と椿矢が歌っていた。

 知らない言語の不思議な旋律メロディだったが何故かき付けられて思わず足を止めて聴き入ってしまった。


 椿矢が研究室のドアを開けるのと、学生が本の山を崩したのは同時だった。

 本が辺りに散らばる。

「すみません、すぐ片付けます」

 学生が慌てて本を拾い始めた。

「手伝うよ」

 椿矢もかがんだ。

 本の山の中にアルバムがあったのか写真が何枚も落ちていた。

 そのうちの一枚を拾った。

 教授が家族で撮った写真だ。

「うわ、教授若いですね」

 学生が写真をのぞき込んで言った。

 教授が若い女性と幼い女の子と一緒に写っていた。

 女の子は二歳くらいだろうか。


 確か小夜ちゃんがご両親を亡くしたのがこのくらいの年だったな。


 別の写真は小学校の校門の前にいる女性と女の子の写真だった。

 桜が咲いてるから入学式だろう。

 小夜も両親が健在ならこうやって折に触れて家族写真を撮っていたはずだ。

 小夜の祖父は小夜の母を幼い頃に養子に出した後、事情があって連絡を絶っていた為、小夜の母の写真を持っていなかった。

 その後、小夜の両親が亡くなってから祖父に連絡が来るまで時間が掛かったので祖父が小夜を施設に引き取りに行った時には両親と住んでいたアパートの荷物は全て処分されてしまっていたから写真などは一枚も残っていなかったと言う話だった。

 まだSNSが普及してなかった頃だったのでネット上にも無い。

 だから小夜は写真ですら親の顔を見た事が無かった。

「これ、前世紀の写真ですよね。九十年代に建ったビルが写ってませんから」

「前世紀って……」

 苦笑いしながら答えかけてハッとした。

 そうだ、写真はネットが出来る前からあった。

 SNSが普及する前だったからネット上に無いだけで写真自体を全く撮らないなんて普通の生活をしていれば有り得ない。

 同級生や同僚の写真に写っているものがあるはずだ。

 椿矢は片付けが終わるとパソコンを立ち上げた。

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