第5話 閣議決定

「次に、対魔案件について、申し上げます。まもなく試練の時が来る、との神託が下りました。これは、降臨の儀において帰還した勇者より、昨日もたらされたものです。それをうけまして、御前会議にて協議した結果、これまでに経験したことのないほどの魔族による武力行使に対して最大級の警戒をすべき、との結論に達しました。本件につきましては、後程、宰相から御発言があります。次に――」


 来た。今日の山場だ。


「勇者案件について、申し上げます。まず、配布資料といたしまして、『勇者身体検査報告』があります。この資料のとおり、勇者には前世の記憶が無い、ということが判明しております。したがいまして、前世にて所持していたスキルが全て使用不可、となっております。さらに、異世界には我々にとって馴染みのある魔法系統が一つも存在しない、との証言を、勇者より頂きました――」


 勇者が異世界にて修得した魔法について、系統は暗黒魔法とある。詳細はまるごと黒塗りされていて読めない。


「基本戦闘に関わるスキル及び魔法を修得していない、という点において、勇者は非常に脆弱な状態にあります。これをうけまして、勇者には可及的速やかに、最低限の基礎訓練を受けていただく必要があり、その詳細について、御決定をお願いいたします。まず、軍部大臣」

「勇者の身体特性から考えますと、武芸に関するスキルを身につけるには、少なくとも数ヶ月を要する見込みです。魔法につきましては、すでに多数の異世界由来の魔法を修得されている実績を考慮いたしますと――」


 ぼやっとしていた勇者の表情が引き締まった。良かった。このままでは進行に支障が出るかもしれないところだった。


「初歩的な攻撃魔法であれば、遅くとも一週間以内には修得できると予想されます。以上をふまえた上で、勇者の意思を確認させていただきたいと思っております」


 いくぞ勇者――頼む! ちゃんと進行してくれ。


「それでは、勇者」

「は、はい――」


 ゴー!


「えーと、体を動かすのが苦手ってワケではないんですけど、剣を持って振り回したりしたことはなくて、すぐに慣れることができるか自信がありません。魔法はいろいろ興味があるのでやってみたいです」

「それでは、魔法を中心に訓練の計画を立てる、という方向でよろしいでしょうか」

『異議無し!』


 イエス! あとはこの案件さえまとまれば、流れを止めるものはもはや何も無いはずだ。


「訓練内容及び日程について、御発言はございますか――文部大臣」

「最早開始日から一週間の期限を区切って一通りの魔法系統に触れていただくのが良いでしょう。内容につきましては、専門のチームを組織してそちらで詳細を詰めさせることで、必要に応じて柔軟に軌道修正を行えるものと期待します。武芸につきましては、少なくとも最低限の護身術を身につける必要があることは確定として、それ以上については判断しかねます」

「ほかに御発言はございますか――宰相」

「勇者には考えうる限り最良の護衛をつけ、パーティーとして行動をしていただく予定となっておる。パーティー結成にはおそらく十日ほどの猶予が必要である。結成後であれば、武芸魔法ともにパーティーにおいて面倒を見ることが可能じゃ」

「ほかに御発言はございますか――」


 よし。


「無いようですので、まとめさせていただきます。文部大臣の案で、武芸については最低限の護身術にとどめる、これでよろしいでしょうか」

『異議無し!』


 勇者案件クリア! 次の案件はーっと……




「以上をもちまして、閣議を終了いたします」


 ぃよっしゃー! 今日の進行もパーフェクト! 念願の百連勝まであと三つだ! そろそろ祝いの準備でも始めるか、レッツパーティー!!


「ふーやっと終わったぁー」

「おつかれさん、よう頑張って耐えたのう」

「ほっほっ」


 勇者、よかったぜ。今日のMVPはお前にやろう! 感動した!


「これで勇者殿にも仕事ができたのー。おめでとさん」

「さっそく明日から魔法の訓練が始まるんですね。楽しみだなぁー」

「いや、明日は休みじゃよ」

「えっ? そんなノンビリできないみたいなノリじゃなかったでしたっけ?」

「明日は安息日といって、神に感謝する日じゃからの。しっかり感謝せんと神罰が下るぞ」

「神罰っていったって……感謝してる間に魔族が攻めてきたらどうするんですか?」

「安息日には誰も攻めてこんよ。モンスターでさえ、おとなしくしておる。皆、神の前では平等なのじゃろうな」

「毎日安息日にしちゃえば、すぐにでも平和になるんじゃ……」


 その発想は無かった。明日、願ってみようか。

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