第20話 薬屋パルモ
わたしは予定通り夜にパルモの薬屋を訪れる。
「営業時間外です」と看板が掲げられたドアをノックすると、しばらくしてパルモが悪意のない顔で開けてくれる。
店の奥へ通され、テーブルへの着席を促された。
「まずはあなたが何者か聞いてもよろしいでしょうか?」
訊ねるパルモの様子に怪しいところはない。謙虚な、今まで見たどの転生者とも違う優し気な雰囲気を纏っている。
「わたしは、リンカ・ネイシ。冒険者をしています。といってもなり立てで、こないだとある賞金首を殺してEランクに上がったばかりの新米ですが」
少し眉を顰めるパルモ。軽々と「殺した」などと口に出されて警戒させてしまったようだ。
「それで、その初心冒険者の方が何用で?」
「こことは違う世界のことを、ご存知でしょうか?」
「もしかして宗教勧誘でしたら、間に合っていますのでお引き取りください」
「もっと単刀直入に申し上げます。あなたは一度別の世界で死んだ経験がおありですね?」
「この世界に伝わる伝説ですね。別の世界で死んだ者が勇者として転生すると。もし私が転生者であるならあなたにとってどうだというのでしょう?」
ここで、「殺します」という訳にもいかないわたしは途方に暮れた。
「よろしければお茶をお出ししますわ」
沈黙が続くとパルモは立ち上がり、数分後にティーカップ二杯をお盆にのせて現れた。
「うちの庭で栽培しているハーブを使ったハーブティーです。お口に合えばよいのですが」
わたしは解毒の魔法など体得していない。
ただ、ティースプーンを銀製に変えることで、この茶の毒の有無を調べることは可能だ。
(ブツブツ……、アルジェンティ)
これでわたし用のスプーンが銀の物に変わった。
そこでガタン!とパルモが立ち上がる。
「今、とてつもなく高度な魔法を使いましたね!?」
「す、すみません。警戒に越したことはなく、つい……」
わたしはしどろもどろになる。あの魔法を見破るとは。ペンデュラムが示す通り、転生者であることは間違いない。
「確信が持てました。リンカさん、あなた、転生者ですね? そんな華奢な体で大物の賞金首を殺せたこともおかしいと思ってました」
「えっと、あー、う、あー。そ、その通りです」
わたしは観念して自分が転生者だと明かした。
「転生者がどうして私をそこまで疑うのですか?」
「分かりました。わたしは転生者の仲間が欲しかったのです。これまで会った転生者は力に溺れる者ばかり。だからあなたもそうか試さずにはいられなかったのです」
仕方ないので嘘をつく。
100%嘘でないことが巧く嘘をつくコツだ。
「旅の仲間のエルフはいますが、彼女は転生者にひどい目に遭わされています。あなたほどの若さでここまでのお店を持てる能力を見て『もしかしたら』と思って」
「つまり、リンカさんの目的は力をひけらかさない、善良な転生者の捜索だったのですね」
「はい……」
善良な転生者、そんな者がいるなら味方に引き入れるのも悪くない。
わたしはパルモが淹れたハーブティーで喉を潤した。銀のスプーンを使うまでもない。毒も何も入っていない。ただの美味しいお茶だ。
「信用しましょう」
わたしがお茶を飲んだからか、転生者だと明かしたからか、パルモは警戒を解いた。
少なくともその時のわたしにはパルモが安心しているように見えた。
「ですが私は一介の薬屋。冒険に出るつもりはありませんし、協力しようにも薬を安く提供することくらいしかできません」
パルモが静かに上品に自分に淹れたハーブティーを飲み干す。
そして、「ふう」と一息つくと、
「では、同じ転生者の誼でうちで薬を買うときは他のお客さんより値引きしましょう。それ以上はもっと仲良くなってからにします」
わたしは聞き逃していたが、ここで初めてパルモは自分が転生者だと認めていた。
「私も転生者にしか倒せないくらいの強力な魔物がいる地方の素材はぜひ欲しいところなのです。それらを優先的に買い取らせてもらう、でどうでしょう?」
「分かりました。仲間というより良い取引相手になるということですね」
「そうです。お互いに悪い話ではないと思います」
わたしはパルモを信頼に値する相手だと認めた。そしてこれからもそうであるといいと思った。
パルモの店から帰り、宿に帰り着き、わたしはすぐに眠りについた。
不思議なほどぐっすりと寝入ってしまい、ミアと再会する夢を見て、寝覚めはよかった。
後で思い返せば、あのときミアの夢を見てあまりに幸せな気分でいたことにもっと疑いを持つべきだった。
なぜなら、その夢はわたしの強い復讐心を和らげるほど穏やかなものだったのだから。
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