第30話 世界の果てへつづく道

 俺たちは馬を走らせて、王都の方向へ向かっていた。

既に完全に陽は落ちて、辺りは闇に包まれている。

王都へと続く道は、時々、到着が遅くなった辻馬車とすれ違う以外、行き交う者の姿はない。

月明りは白く砂利の道を照らしていたが、頼りにできる明かりも見えなかった。


「おい……っ、心当たりって……なんなんだよ……!」


 馬上から訊ねるとメイナードは、こちらを振り返りもしないまま馬を駆る。


「緊急連絡用の早馬があるっちゃが……!!」


「馬……!?んなもので、シルバーバレットより早く王都につけんのか……!!」


「そりゃ無理ったい」


「ぜんっぜん、だめじゃねえかっ……!」


「けど、シルバーバレットは、ここからの区間に、一度だけ停車する……!線路の切り替えンためにな!」


「それじゃ……」


「尻の皮がめくれるまで、走らせっとや……!!」


 けど、それじゃ馬がバテちまう。

全速で駆けさせるのなんて、さほど長い時間やれることじゃない。

だが他に方法がない。

俺は言われるままに馬を駆けさせた。


「……見えた……!!」


 何が見えたというのか。

メイナードが叫んで街道脇に建つ建物に馬を寄せ、飛び降りる。


「緊急……!!早馬を出してくれ!!次の中継に報せを頼む!!」


 中は奥に厩があるようで、飛び込んだ俺たちに張り番らしい兵士が驚きながらも、馬の用意をしてくれる。

鞍を置かれて引き出された馬に、再び飛び乗り俺たちは疾走した。


 ちらと振り返ると背後の建物から狼煙が上がるのが見えた。

闇夜に鮮やかな黄色い煙が、月光に照らされて天へと立ち上る。


いや……月明りに照らされてるだけじゃない。

その狼煙は、よく見るとそれ自体が発光している。

それがたとえ闇夜であっても、はっきりと見えるように。


 そして、それに応えて前方にも狼煙が上がる。

次へ、次へ、と。

それは街道沿いに点々と繋がっていく。


「……おっ……まえ、これ……権力の……」


「そんための、制服ったい……!」


「後で……まずいことにならねえのかよ……!!」


「なる……!!」


 なるんかいいいい!!

大丈夫なのかよ!!

主に、お前の立場というか色々と!!

だがメイナードは迷いなく真っ直ぐに、馬を走らせる。


「オイが今、守っとるのは……国の盾じゃっど!」


「……!!」


 その言葉で、俺は打たれたように身を固くした。

国の盾。彼ら騎士団が守るものは、国。


「言うたが! ウェストブルック……北の魔女は、こん国の盾じゃ……!騎士が守らんば、どうする……!!」


 クソ騎士。

お前、本当にクソだけど。

そのクソがありがてえ。

俺は歯を食いしばって馬を駆けさせる。

絶対、尻の皮むけてやがる。

痛くてたまんねえ。


 だけど、一秒だって止まってられねえ。

次の中継施設に辿りついて、また馬を乗り換える。

乗ってきた馬は潰れて倒れちまった。

けど、それを労わってやる余裕なんかなかった。


 それを何度も繰り返す。

もう揺られすぎた脳が、まともな判別もつかなくなったころ。


「あそこだ……!!」


 メイナードの声が聞こえて、俺は目を凝らす。

まともに見えない暗い視界に、ぽつりと明かりをとらえた。


「……!!」


 見つけた、それへ向かって馬を走らせる。

小さく見えた明かりは、やがて幾つもの明かりの塊になり、ついにはホームを照らす煌々とした明かりになった。


 駅舎の前で馬を飛び降りる。

膝がガクガクいいやがって、言うことをきかない。

それに鞭打つようにして、ホームに上がった。


「ダーク……!!」


 聞こえたのは、姫さんの声だ。

見えたのは、ずいぶん遠くホームの端から駆け寄る姿だった。

なんでだろうな。

グレネデンの駅でも思ったが、姫さんの声はよく通る。

こんなに遠いのに、ちゃんと届く。俺のとこまで。


 俺とメイナードは間に合ったのだという安堵で、その場に膝をついた。

姫さんの手が、俺の肩を支えようと伸ばされたのを感じる。


「ダーク……!!ダーク……ッ!!」


「手……痛くねえの……」


 今は白い手袋ではなく包帯の巻かれた左手へ、視線だけをやる。


「痛み止めが……そんなことより、あなた……あなた、大丈夫なのですか……!」


「……取り戻してきた……」


 ホルスターの内側にしっかりと固定してあった魔石を、外して差し出す。

姫さんは、それを受け取ると握りしめて顔を伏せた。

その様子を見て、俺はなんだか笑っちまった。


「……なんで泣く」


「あなたが……ッ、命に代えてもなどと言うから……!!」


「悪ぃ……」


 この前は、あんなに見られるのを嫌がったくせに、姫さんは今はぼろぼろに泣く。

変な、こだわり持ってるなあ。

泣いたところなんて、見せたくなかったんじゃねえの。


「ダーク、これを握って」


 姫さんが泣きながら、カードを差し出す。

俺は訳が分からんままに、それを手に取った。

──握る。

目の前に持ってきて、確かめる。


「……シルバーバレットの、切符?」


 なんでだ。俺は自分の分はきちんと持ってるぞ。

そう思ったのが、まともに何かが考えられた最後だった。

俺は墜落するみたいに意識を失った。

夜の底みたいな暗闇に落ちていく。

姫さんの手が、やけに温かかったことだけをはっきりと覚えてる。



 目を覚ましたのは、ベッドの上でだった。

視線を上げると、まだ外が暗いのだろう、カーテンのひかれた窓が見えた。

まだ夜明け前のようだ。

俺は、しばらく茫然としてから、ゆっくりと身体を起こした。


「お目覚めですか」


 そう声をかけてきたのは、ドチビではない方のメイドだった。

随分、久しぶりに見る気がする。

メイド御一行様。


「……」


 寝起きなのも相俟って、俺は常より脳みそが回らない。

なんで、こいつらが、ここにいる。

姫さんは、どうなった。

ドチビは。

メイナードは。


 そもそも俺は、どうなって、ここにいる。

考えたが、どこから訊けばいいのかわからなくて、寝ぼけたツラのままメイドを見遣った。


「あー……」


「ここはシルバーバレットの車内です。王都への到着には、だいぶ時間があります。

 もう少し、おやすみになってください」


「……姫さんは、どしたんだ」


 訊ねるとメイドは、淡々と答えてくれる。

もったいぶったことを言わないのは、ありがたい。


「お休みになっておられます」


「ドチビも?」


「はい」


「メイナードは?」


 この問いにだけは、少し間があいた。

どうも、メイナードが誰なのかが分からなかったらしい。


「……それは、御一緒だった騎士の方の事ですか?」


「そう、クソ騎士……」


 訊き返されて、俺は頷いた。

そう、クソだけど悪い奴じゃなかった騎士だ。


「その方でしたら、きちんと元のシルバーバレットに戻られました」


「そうか。…………元の?」


 ゆっくりと、思考が巡りはじめる。

メイドは、はいと頷いて俺に水の入ったグラスを差し出した。

ああ、水。

ものすごく喉が渇いてたんだ、俺。


「ええ。今、あなたが乗っていらっしゃるのは、臨時便のシルバーバレットではありません。

先行していた、本来のシルバーバレットです」


「は……?どういう手品だ?」


 なんで先行してたやつに、俺たちが乗れる?

俺はグラスを受け取って、一気に水を飲み干す。

おかげで、意識がいくらかクリアになった。


「姫様の御指示で。王都発の、先ほどの停車駅で列車交換した本来の便の切符を買い占め。


 臨時便を出させました」


「……」


 どゆこと。

意味が分からん。

なんか姫さんがまた、とんでもなく金を使ったことだけは分かるんだが。


「それによって、線路の切り替えが行われる駅で、再度の列車交換が行われることになり。

先行の便が停車して臨時便と同じ駅に止まることになったのです。

 そこで姫様方に先行便へ乗り換えていただきました」


「な……」


「切符を、あらためてお持ちになったのを覚えていませんか」


「……覚えてる」


 あれって、先行のに乗り換えるための手続きだったのか。

それでメイド御一行様と合流できたってことか。

とんでもねえよ。

いったい幾ら使ったんだ。

考えたくもねえけど。

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