第20話 眠らない街の夜明け
駅へと向かう方向──明かりの多く灯る方へと走り出す。
狭い路地はどう走っても、人の気配は分かりやすい。
周囲があわただしくなるのが、肌に伝わった。
やっぱり他にも仲間がいやがるな。
気付けば空は明けはじめ、金色が藍色を消していく。
明るくなっていくそのせいで、地上の明かりは鮮やかさを失っていった。
──もう、夜明けだ。
しばらく走ると、姫さんが小さく呻いて俺の背中で身じろぎをした。
「気が付いたか、姫さん」
訊くと、幾度か首を振ってから、はい、と短い答えが返る。
「……降りて、走れそうか?」
その問いかけにも、少しだけ間が開いて、はい、と強い答えがあった。
ドチビは周囲を警戒しながら、心配そうにちらちらと姫さんを見上げる。
俺は、立ち止まって姫さんを下ろす。
一度だけふらついたものの、姫さんはすぐ気丈に顔を上げた。
「……大事ありません。行きましょう」
「駅に向かう。発車時刻に間に合わせる」
「はい」
俺が手を引くと、姫さんは何とか走り出した。
さすがに駅までの長い距離を背負って走るのは無理があったんで、助かる。
爺さんは思った以上に体力があるみたいで、先行してくれる。
そして俺たちは駅へと続く大きな通りに出た。
そこは夜明け前に帰宅を急ぐ人の群れでごった返していた。
俺たちは人の流れに逆行する形で、駅へと向かう。
道の先、開けた視界に駅が見えた。
ここまで来れば、後は一気に駆け抜けるだけだ。
そう思ってほっと息を抜きかけた時だった。
「その娘──その娘、スリだ……!!捕まえてくれ!!」
突然、路地から飛び出してきた男が喚いた。
ぎょっとして振り向くと、人波をかき分けて幾人かの男が追ってくる。
姫さんを指さして、周囲に訴えた。
「スリだ……!!捕まえてくれ!!捕まえてくれたら礼をはずむ!!」
くそ、奴らあくまで姫さんの足止めをするつもりか。
叫び声に反応し、何事かと野次馬たちが、こちらを見ようと足を止めた。
おかげで前を塞がれることになって、なかなか進めない。
「どけ……!!スリなんかいねえよ、出鱈目だ!!」
払いのけようとしても、次から次に人の壁が現れる。
まさか、ここで発砲するわけにもいかない。
奴らにしてみれば、嘘でもなんでも足止めができればいいんだから、性質が悪い。
ともすれば、姫さんが人垣に呑まれそうになる。
つかんだ手を離さないようにするだけで、精一杯だ。
畜生、こいつらなんだってこう物見高いんだよ。
ドチビはドチビらしく、やはり人の塊に揉まれて見失いそうになる。
まずい、と思った。
このままじゃ間に合わない。
その時──。
「この小童ども……!!このゴールドマンの邪魔をするか……!!」
突然あがった怒鳴り声に、集まっていた群衆がざわりと揺れた。
「……ゴールドマン?」
「あのゴールドマンなの?」
「本物……!?」
「そういや今、シルバーバレットが停車してるって……」
わっ、と人波が割れる。
どこにいるかわからないゴールドマンの姿を求めて、人々が右往左往する。
俺たちからは奴らの意識はそれたが、今度は爺さんが標的だ。
俺は引き寄せた姫さんの身体を庇うことくらいしかできない。
「ダーク……!ミスターが……」
姫さんが、息も切れ切れに訴える。
なんとかついてきていたドチビが、その姫さんにすがりついた。
「危険です、姫様、お早く……」
「ドチビ、姫さんを連れて先行しろ!!」
俺が姫さんの身体を押しやると、一瞬、戸惑ったように固まったドチビは、すぐに頷いた。
「こちらへ、姫様……!!ここにいては、私たちは邪魔になります!!」
姫さんは、ドチビの言うことにハッとしたように頷いた。
二人は、すぐに身を翻す。
俺は爺さんのいる方を振り返った。
「……っ!!」
見捨てられる訳がねえ。
俺は目の前を塞ぐ人の波を、蹴りで倒す。
どきそうもない連中を、掻き分けるようにして進む。
集団ってのは、怖いもんなんだと初めて気づいた。
連中は自分たちの周囲で何が起こっていても、わかってない。
しかも、自分たちが置かれている状況にも頓着しないんだ。
「爺さん……!!」
人波に揉みくちゃにされている、見知ったコートがちらりと見えた。
このままじゃ、踏み殺されかねない。
ぞっとして俺は、それへ必死に手を伸ばす。
ゴールドマンの、年の割にはしっかりと筋肉のついた重い身体を、腕を、つかんだ。
倒れて人の下敷きになったら、俺も危ない。
俺は爺さんの身体をかばいながら、人の間を進んだ。
「……すまんな」
呟くように爺さんが言う。
どこか、怪我をしたのか歩みが遅い。
人々は、まだゴールドマンを探している。
金塊の在り処でも聞き出すつもりかよ。
この騒ぎの中でそんな真似、出来るわけがねえだろ。
思うが、あっちだ、ここにいる、とそこかしこで声が上がる。
興奮しきって、訳が分からなくなってんじゃねえか。
壁のような人の群れの圧迫に、俺は爺さんを庇いながら必死に前へ進むことだけを考える。
前へ、前へ、弾丸みてえに。
そして、不意にその圧迫が弱くなった。
「……!?」
思わず顔を上げる。
俺たちの前を塞ぐ人波を、道を作るように掻き分けてくれる数人の背中が見えた。
あれは……。
「……もう、抜ける。しっかり」
「ミスター、こちらです」
……騎士ども。なんでここにいる。
「ダーク、あと少しで人の囲みを抜ける。急げ」
「クソ騎士……」
いや、今はメイナードって呼んでおこう。
心の声の方が駄々洩れたが、どさくさだから気にしないでいい。
「なんで、お前ら……」
「我々は、ミスターゴールドマンとは長い付き合いだよ。
仕事以外だって助けない筈がないだろ」
言って騎士たちは、怪我をしたゴールドマンを庇って歩く。
人波が切れて視界が開けた先には、姫さんとドチビが待ってるのが見えた。
俺は、抜けた瞬間、思わず後ろを振り返った。
そして、爺さんに向けられた銃口を見つける。
まさか、と思うのと金塊に目が眩んでいる相手の狂気じみた様子に咄嗟に銃に手を伸ばす。
が、その俺を掠めるように銃声が響いた。
しん、とその一発で辺りが静まり返る。
まだ銃を構えたままのドチビが、威圧するように群衆をにらんでいる。
爺さんを撃とうとしていた男は、銃を弾き飛ばされて、みっともなく尻もちをついていた。
「……姫様」
「許可します。邪魔立てするものがあれば、すべて薙ぎ払いなさい」
二発目の銃声。
威嚇のそれは、男が取り落とした銃をさらに弾丸の勢いで飛ばす。
つか、この距離で当てるのか。
ほんとに、すさまじい腕だな。
そして、なんておっかねえお嬢ちゃんたちだ。
世界一、頼もしいわ。
静まり返った群衆は、それ以上は誰一人動かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます